第6話 ドック船

「本当にここなの?」

 アリシアが不信感も露わに問いかけてきた。

「間違いないわ。指定の座標はここよ」

 さっきメッセージで送られて来た座標を再確認。間違いない。

「この辺りって治安よくないし、私は早く済ませたいなぁ……」

 アリシアが本気で嫌そうに言う。そう、ここはこの銀河の端の端だ。こんな辺境に誰もいないと思ったら大間違い。スペース・パトロールの警備が薄い事もあって、絶好の犯罪者の隠れ家となっている。

「そういえば、あんたの方にある大岩。さっきもなかったっけ?」

 隕石群というほどではないが、この辺りは岩が多い。しかし、さっきからどうも1つの大岩が私たちについて回っている気がするのだ。

「そう、気がつかなかったけど?」

 アリシアは小首をかしげてそう言った。

「試してみるか……。武装コントロールオープン。レーダーロックオン!!」

 それはあっという間だった。右舷にぴったり張り付いていた大岩が見る間に1隻の小型ドック船に変わった。

「ビンゴ!!」

 私は思わず叫んでしまった。

「偽装……やるじゃない」

 自分で見破れなかった悔しさか、アリシアが怖い顔でつぶやくと同時に、ピーという警告音が流れた。問題ない。これはトラクター・ビームがロックしたことを示すものだ。

「全エンジンシャットダウン」

 私はコンソールパネルを叩き、全エンジンを停止させた。牽引中という事もあるが、これは事故防止も兼ねての処置である。誰も大型艦用エンジン3発でローストにされたくはないだろう。

「それにしても、ちょっとヤバかったわね。もう少し時間が掛かっていたら、全ジェネレーターが死んでたわ」

 アリシアには言っていないが、生き残っていた3番と4番ジェネレータのステータスは正常であれば青だが危険を示す黄色表示になっていた。膨大な負荷を掛けていたエンジンを止めたので、もう大丈夫だろう。

「えっ、そうなの? 早く言ってよぉ」

 アリシアがブーブー文句を言う。

「言ったらあなた取り乱すでしょうが……」

 私が返すと、アリシアは黙ってしまった。そのままスロットルをオフにする。

 ……フッ、虚しい勝利ね。

 私たちがバカやっている間にも船の向きが変わり、私たちの船はドック船の内部にゆっくりと収まっていく。そして、ドッグに収まった事を示す軽い衝撃が来た。ちなみに、ドッグ船とは主に宇宙空間で故障した船の回収や修理を目的とした船である。後部モニターを見ると宇宙との隔壁が閉まって行く。

「アリシア、到着よ。お疲れさん」

 外部気圧をチェックしながら、私はアリシアに言った。

「はい、お疲れさま」

 彼女はニコリと笑った。その間に0だった外部気圧がゆっくりと上昇していく。一気に加圧しない理由は、収容した船を壊さないためである。

『おう、久々だな』

 無線に野太い声が飛び込んできた。

「こら、オッサン。偽装してつけ回すなんて、顔に似合わない茶目っ気見せてるんじゃないわよ!!」

 私は無線で怒鳴る。

『お前こそ攻撃照準レーダー照射するなんていう、純情可憐で乙女チックな事やったじゃねぇか。お互い様だ』

 そう言って私と無線の向こうで笑い声を上げる。

「……私、付いてけない」

 アリシアが頭を抱えてしまったが、まあ、この程度の挨拶で参っていたら、このオッサンとは付き合えない。

「アリシア、まだ修行が足りないわね。……って、そうか。アリシアは初対面だったわね」

 簡単な時系列でいうと、私がこの船を略奪、ここで魔改造、アリシアとタッグを組んで現在に至るという形になる。詳しく話すと長くなるのでまたね。

「外部1気圧。全システム並びに電源シャットダウン。さて行くわよ」

 非常用電源の照明に照らされた通路を辿り、私たちは船から下りたのだった。


「おう、さっきも言ったが久々だな。おっ、そっちの嬢ちゃんは彼女か?」

 船から降りると、いかにも技術屋という感じのオッサンが出迎えてくれた。

「彼女じゃないわよ。残念だけど仕事のパートナー」

 オッサンの茶化しには乗らない。私は平然と答えた。ちなみに、アリシアは背後で顔を赤くしてモジモジしている……っておい!!

「わかっとるわい。全く面白みがないのう」

 オッサンは残念そうにつぶやいた。

「私が欲しいのは面白みじゃなくて見積もり。今回派手にやっちゃったからね」

 私は仕事モードに切り替えてオッサンと会話を始めた。

「修理もやるがついでにEG1もう1発積んでみないか? ちょっとした流れ物拾ってな」

 ……おいおい。

「今でさえオーバーパワーなのにもう1発積んだら、バラバラになるか 宇宙最速になっちゃうわよ」

 私はそう突っ返したのだが……。

「なに、わしの技術で悪いようにはせん。EG1なんて積める船は他に知らんからな」

 ……まあ、いいか。このオッサンがこういう時は間違いない。

「分かった。じゃあ、見積もり出たら教えて。アリアシア、上にラウンジがあるから……って、どうしたの?」

 なんかまだモジモジやっているアリシアに、私は声を掛けた。

「だ…て……なんだもん」

 アリシアが何か言ったが、雑音が多すぎて聞き取れない。

「もっとデカい声で!!」

 私は怒鳴った。こういうのが1番イラッとくる。

「だってセシルの事が好きなの。恋人同士になれないのは分かってるけど、好きなの!!」

 それはまさに魂の雄叫びだった。私は頭の中が真っ白になった。

「こりゃすげぇ、告白シーンか。こんな面白い事ねぇや!!」

 オッサンが腹を抱えて笑っているが、私はそれどころじゃない。

「あ、アリシア、よく落ち着いて。ほら、あのオッサンにヤラれただけよ。ねっ、いいから上に行きましょう」

 グズグズ泣き始めてしまったアリシアを強引に引っ張って、私はドックの上にあるちょっとしたラウンジに登ったのだった。

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