第2話 泥棒を信用するな
ソドム星系ゴモラ。ふるさとの星ガイアから17万8千光年離れたところに私たちは飛んできた。星の周りをぐるりと隕石が囲み、宇宙の警察組織であるスペースパトロールですらなかなか近寄れない天然の要害である。
「ぶつけないでよ」
私の言葉に彼女はニコッと笑った。
「誰に言ってるのよ。この程度問題ないわ」
船はアリシアの操舵で隕石の間を器用に抜けて行く。いちおう、不測の事態に備えて隕石破壊用のミサイル発射ボタンに手を掛けてはいるが、アリシアの操舵技術は群を抜いて高い。この曲がりくねった隕石迷路も問題なく……。その時、対物接近警報が鳴った。目の前には巨大隕石左右も隕石。完全に袋小路だ。
「あーあ、これ無理だわ。セシル、一発お願いね」
アリシアがそう言ってニコッと笑う。その笑みが怖い。
「全く、せっかくあんたの操舵技術褒めていたのに……」
私は即座にコンソールに飛びつき、目の前の巨大隕石をロックオンした。
「褒めてたって誰に?」
怪訝な表情で聞くアリシアに私は答えた。
「読者様よ。ほいっと!!」
私はミサイルを発射した。あらゆるものを吹き飛ばすブラスト弾頭だ。昔は生身で使っていたようだが、この時代では考えられない。一瞬で亜光速まで加速したミサイルは、狙い違わず隕石を破壊した。通常弾頭でこれをやると破片が飛び散ってかえって面倒な事になるが、ブラスト弾頭なら消滅させるので問題ない。
「また、高い弾頭使ったわね」
アリシアがぽつりとつぶやく。
「お金で命は買えません~だ。粉砕するわけにはいかないでしょ」
私はアリシアに返した。
「あのでっかいやつさえ処理してくれれば、あとはどうとでもなったのに……」
「じゃあ、今度は撃つ前に言ってくれる?」
……全く、いつもこれだ。
「さて、見えてきたわよ。ゴモラが」
ようやく隕石帯を抜け、その星の姿が見えてきた。ここから見ると全体が薄気味悪い緑色に覆われ、あまり着陸したくない星である。
「着陸ビーコン受信。いくわよ」
アリシアがポツリとつぶやいた。
「へいへい、仕事仕事」
私は万一に備えて武器管制システムのコンソールを弄る。今の所、接近してくるものはない。
「接近物なし。アリシア、IFFの識別コード設定間違ってないわよね」
IFFとは敵味方識別装置のこと。なにしろここは「犯罪者の惑星」と呼ばれている星である。面倒くさい事はごめんだ。私がアリシアに確認したのは意味がある。過去に何度も間違えてエラい目に遭っているからだ……。
ピー!!
まるでタイミングを読んでいたかのように、遠距離レーダーに無数の光点が現れた。
「……アリシア」
「あっ、前に使ったスペースパトロール艦のコードになってる。再設定しなきゃ」
ほらやった。またやった。やはりやった!!
ゴモラから出撃したと思われる艦隊は……1万とんで286。ちょっとした正規宇宙軍艦隊なみの数である。艦隊はあっという間に中距離レーダーのレンジに入る。ここまで来ると、艦種など詳細な情報が取れるようになるのだが……。
「うわぁ、戦艦だけで5000……数で潰す気ね。よりによってスペースパトロールのコードとは……」
私は思わず頭を抱えてしまった。言うまでもないが、犯罪者の星最大の敵はスペースパトロールである。向こうがどう見ているか知らないが、こちらは……。
ロックオンされた事を示す警報がコックピットを満たした。
「やっぱりやる気か。ならば、やられる前にやる!!」
私はこの船が搭載している全ての武装をオープンにした。敵は1万ちょいの大所帯。しかし、こちらは同時に5000の目標を攻撃する事が可能に改造してある。
「IFF設定完了。遅かったかしら?」
なにかこの状況を喜ぶように、アリアシアがいう。
「もう遅いわぁ!!」
雄叫びと共に、わたしはトリガーボタンに指を叩き付けた。瞬間、凄まじい音が船内に響き渡る。
「敵艦隊からの攻撃を検知。シールドで防御。レーザーと思われる」
なんだかやたら楽しそうにいうアリアシア。あのねぇ……。私はレーダーで敵艦隊の様子を確認する。およそ半数に減った艦隊は反転してゴモラに引き返すようだ。どんどん遠ざかって行く。
「追撃は?」
アリシアが楽しそうに聞く。
「なし!!」
私は一言で返した。
「あっそ、つまんないの」
本気で残念そうにいうアリシアに、私は心の底から思った。相棒を間違えたと。
「それより、とっとと仕事を済ませましょう」
とりあえず声を落ち着け、私はアリシアに言った。
「はーい、とっとと片付けます」
やたら元気に言って、アリシアは船を着陸ポイントへと向けた。
……全く、手が焼ける相棒だこと。
こうして、私たちはゴモラの大気圏内に突入していったのだった。
惑星ゴモラの大気組成は母なる大地「ガイア」とほぼ一緒。重力も同じ。そんなわけで、特別な装備なしで歩けるのだが……私たちはそれ以前の問題だった。
「あのさ、わざとやってないよね?」
私はジト目でアリシアに聞いた。
「まさか、戦闘以外に興味ないし……」
至極つまらなそうにアリシアが船を飛ばす。着陸ビーコンが発信されている地点は近いのだが、深い森以外何も見えてこない。
それにしても、戦闘以外にって……。
「この辺りのはずなんだけどなぁ」
感知しているビーコンの発信音が小刻みになって来ている事を考えると、アリシアがわざと引っ張っているという可能性はない。
すると、正面の船外モニタに突然大邸宅が現れた。ビーコンもそこから発信されている。アリシアは邸宅の宇宙船着陸パットに船を下ろした。
「はい、お着き~」
私は念のため銃を確認してから、船内の後部デッキに向かった。続くアリシアも同じように後部デッキに出る。
そして、外へと通じるドアを開けた。途端に高湿度のもわっとした空気が押し寄せてくる。決して美味しい空気とは言えない。
「よう、来たか。待ちくたびれたぞ」
まるでカエルを大きくしたかのような、生粋のゴモラ人が出迎えた。
「待たせたわね。これが約束の『王朝時代のネックレス』よ」
おおよそこのカエルには似合いそうもないが、私は船から下りてアメジストで出来たネックレスを手渡した。
「確かに。ちょっと待ってくれ。真贋鑑定をさせてもらう。気を悪くするだろうが、この手のものは偽物が多くてな……」
言うが早く、カエルの親分は傍らに待機していたカエルが持っていた電子レンジみたいな機械にネックレスを入れる。そして数分後、機械の上に付いていたランプが緑に点灯した。
「確かに本物だ。これは後金だがキャッシュでいいのか?」
カエルがそう言ってアタッシュケースを5個積み上げた。
「泥棒稼業はいつもニコニコ現金払いよ。また機会があったら呼んでね」
アリシアとリレー方式でアタッシュケースを船内に積み込むと、私は船内に戻りドアを閉める。そして、船は発進したあっという間に対圏外に出ると、私は思わず笑ってしまった。
「どうしたの?」
隕石帯に突入し、慎重に船を操りながらアリシアが聞く。
「目の前に本物があったのに、偽物だって気がついていないでやんの」
私は首から下げたネックレスを掲げて見せた。
「あーまたやったのね……」
アリシアがため息をついた。泥棒を信じちゃいけないよっと。私はオリジナルを盗んだあと、それっぽく見えるガラス玉で偽物を作ったのだ。もちろん、そのままじゃバレるので、企業秘密の魔法で軽く加工して簡易検査程度では絶対に見破れないようにしてある。
「さーて、今夜はパーっといきますか!!」
アリシアの腕で易々と隕石帯を抜けた私たちは、適当な場所に転移航行したのだった。
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