4月26日

 この手紙を読んでいる頃には以下略。


 親愛なる雨宮くん。

 あなたはきっと、私が死んだらずっとメソメソ泣いていることでしょう。

 私は幽霊とか千の風とかになってあなたを見守ってるけれど、メソメソしてる野郎なんて見てもつまらないから。あなたを立ち直らせるために、この手帳を託しました。

 そして、私の想いを残すためにです。


 あなたの借金が完済された理由、もう分かったかしら?


 私の15センチの意味も、もう分かっているかしらね?


 いつか雨宮くんに、冗談で、私の兄に頼めば臓器と交換でお金をもらえると言いましたね。

 あれは本当です。兄は、そういう仕事をしています。世界の希望である私とは大違いね。


 ……私の心臓と肺は、病気に蝕まれていたけれど、膵臓は綺麗だったの。

 15センチの宝石。

 私の膵臓は、ある女の子に渡ったらしいわ。そうして受け取った512万円を、兄を通じて、あなたの借金の返済に充てたの。


 厚かましいようだけど雨宮くん。

 あなたは、私のおかげでこれから自由です。

 だから、あなたは私の想いを受け継いで、私の願いを叶えなければなりません。


 自由に、幸せに生きなさい。


 私は病気で、あなたは借金で、これまで自由な人生なんて全く縁のないものだったわね。

 2人一緒になって、初めて一人前に生きられるみたいね。

 私もあなたも決定的に欠陥があって、だけど、私の臓器とあなたの命で、初めて『1』になる。


 愛しています、雨宮くん。

 だけど、私のことを忘れられないなんて寝言を言わずに、早く新しい恋人を見つけなさい。

 それは自由に生きるとは程遠いのだから。


 ……だらだらと書いてしまいそうです。

 人生最後に記す文字を、そろそろ決めなくてはいけないわね。


 あいらぶゆー、雨宮くん♡


#


 風が吹いている。

 未だに、このお墓の前に立つと、日岡さんが「来てくれてありがとう」と言ってくれる気がした。


 そう簡単に傷は癒えないけれど、それでも僕は、新しいページへ進まなくてはならない。

 自由に生きる。

 母と父が、借金取りから隠して必死に貯めてくれた僅かな資金で、僕は大学に進んだ。

 こつこつと勉強はしていた。日岡さんのことは関係ないといえば嘘になるが……医大に入った。


「……自由に楽しくやってるよ、日岡さん」


 君の15センチが、僕の命を、人生を救ってくれた。僕はそれに報いたい。

 僕と一緒に『1』になってくれた君に。


「……雨宮くん、ですか?」


 お墓の前にキンセンカの花束とCDを置いたとき、そんな声を聞いた。

 幻聴ではない。振り向くと、中学生くらいの女の子が、僕よりも高価そうな花束を持って立っていた。


「……君は?」

「日岡さんから臓器提供を受けた藤野ふじのです」

「ああ。そうか、君が……」


 日岡さんは、今も生き続ける。

 僕の人生を救って、彼女の命を救った、その想いは、僕たちの中でいつまでも。

 藤野さんは、僕の隣に立つと、花束をそっと下ろした。たくさんの花に囲まれて、日岡さんが喜んでいればいいな。


「…………私の中に、日岡さんがいるみたいで。あなたを見た瞬間……ちょっと話に聞いたくらいなのに、直感で、雨宮さんって」

「へえ……日岡さんが取り憑いていたりしてね」

「あんまりつまらないことを言うと口を縫い合わせてもらうわよ雨宮くん」


 藤野さんは、目を丸くした。

 僕も驚いたが……それより先に、笑いが出た。


「えっと、こんなこと言うつもりなくて……」

「日岡さんのイタズラかもね」

「…………ホントに、まだ生きているのかもしれませんね」


 15センチの臓器の中に、まだ日岡さんの、あの意地悪で、センスがなくて、優しくて、可愛い人格は、生きているのかもしれない。


 死んだら全て消えるわけじゃないの。

 想いは残るでしょう?


「……そうだよな」



 親愛なる日岡さん。


 僕も君を愛している。

 きっと、自由に、楽しく生きてみせる。


 だから……今だけは。

 君のために泣くことを許してはくれないだろうか。



 日岡さんのお墓の前で、2人の『1』が、静かに彼女のための涙を流した。

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