12月24日
ちらちらと中途半端に雪が舞っている。
積もるほどでもなければ視界を覆い尽くすほどでもない。ホワイトクリスマスイブというには、ちょっと寂しい雪量だ。
そんな中、僕は防寒着を着込んで街をうろうろしていた。
クリスマスイブイベントの設営バイトは、思ったより日給が良かった。
これならノルマぶんを超えたお金で日岡さんへのプレゼントが買えるな、と呑気に構えていたのだが、ラインで「どんなプレゼントがいいかな?」と聞いて僅か10秒で返ってきた返事を見て、僕は狼狽した。
『雨宮くんのセンスに任せまふ』
『期待しているわ』
彼女のラインには基本的にスタンプや顔文字といった概念が存在せず、非常に冷たい印象を受けることが多いのだが。
『任せまふ』ときた。
これはかなり、彼女のテンションが上がっていると考えられる。割といつも冷静なイメージのある彼女が、ここまで可愛らしい誤字をするなんて、相当舞い上がっているに違いない。
だからこそ。僕のプレゼントをすごく楽しみにしてくれているからこそ、僕は冷や汗をかいていた。ひどく焦っていた。他の人に贈るものどころか、自分用の品物さえ満足に購入したことのない僕が、女の子に気の利いたプレゼントができるのだろうかと。
「おすすめとかってありますか?」
「……いま入院中の彼女にプレゼントしたいんですけど」
「センスいいのありますか」
午後4時から色々な店を回って、的外れな質問を店員さんに繰り返して、僕なりにいろいろと考えて。
僕はようやく、彼女へのプレゼントを見定めた。
#
「来てくれてありがとうと言いたいところだけれど、遅いわよ雨宮くん。あと1時間もしないうちに面会時間が終わってしまうじゃない」
「……面目ない」
膝に手をつき、肩で息をする僕を見ても、日岡さんは厳しかった。
とはいえ、僕が手に持っている紙袋を見ると、穏やかな笑顔を浮かべてくれた。
日岡さんが勧めてくれたペットボトルの水を飲みながら、椅子に座って、日岡さんに紙袋を差し出す。
「メリークリスマス。センスなかったら、ごめんね」
「せいぜい笑ってあげます」
自意識過剰かもしれないけれど、日岡さんは僕から受け取った紙袋を、きらきらした目で開けて、中身のラッピング包装をきれいに解いた。
かさかさ、ごそごそという音が、僕にとっては審判のカウントダウンだ。
ラッピングから出てきた品物を見て、彼女は一瞬驚いたように目を見開いた。しかし、すぐにいつもの人を小馬鹿にした笑顔を見せて、
「雨宮くん。まさかあなたが、こんなにトンチの利いたジョークを披露してくれるだなんてね」
プレゼントの1つ、チェックブラウスを自分の体に合わせながら、彼女は少し失望しているようだった。
「ご丁寧に合わせのパンツもあるみたいだけれど。雨宮くん、あなたは事故で下半身不随になった少年にサッカーボールを贈る感じの、趣味のいい男性だったのかしら。いやん、ますますスキになっちゃいそう」
「そこまで性格ネジ曲がってないよ、君じゃないんだから。一緒にカタログ入ってたでしょ、それ見てよ」
紙袋から薄い冊子を取り出した日岡さんは、やっと僕の意図を理解してくれたらしかった。
この服は、『ユニバーサル・ファッション』といい、着替えに介助が必要だったり入院中で満足に着替えができなかったりする人のための、簡単に着ることのできる衣服である。
笑みを固めて、じわじわと目に涙を溜めている日岡さんを見て、何故だか僕まで泣きそうになってくる。
「……日岡さん、前にさ。今は満足に服も着られない、とか言ってたから。女の子だし、病人服だけじゃ気も滅入るんじゃないかなって」
「………………」
「僕に任せてくれればまた買いに行くけれど、買ってくるのは服だけだからね? ほら、アレだよ。君のアクセサリーは僕1人で十分だからさ……」
「……ふふ。今ので台無しね」
頭が沸騰する。クリスマスだからと、無駄に張り切ったのが間違いだった。
上品に目の端を拭った日岡さんは、じいっと、プレゼントの服を見てから、僕に向かってそれを差し出した。
それがどういう意味か図りかね、首を傾げていると、日岡さんは真っ直ぐな瞳でこう言った。
「着せて」
「……急に大胆なこと言わないでよ。心臓が飛び出るかと」
「あら惜しかったわね。一気に借金帳消しにできるチャンスだったじゃない」
着せて、というのは冗談でもからかいでもなかったらしく、彼女は近くを通った主治医に許可をもらうと、おもむろに服を脱ぎ始めた。
視線が、彼女のやせ細った柔肌に釘付けになる。あっという間に彼女は、病室のベッドの上で、下着姿になった。
「今は家族もいないから、雨宮君にやってもらうしかないの」
「ナースさんとかに頼めば……」
「大丈夫よ。雨宮くんのこと信じてるから」
「そんなこと言ったって……」
「……これ以上言わせるつもり?」
言わせられるわけがなかった。
僕は自分に、これも含めて彼女へのプレゼントなのだと言い聞かせ、彼女の体から汗を拭きとりつつ、買ってきた服を着せた。対する彼女はまったく動揺する素振りなく、服のタグを切ったりしていた。
「……下も?」
「もちろん」
彼女は僕を信じてくれている。
付き合うのは、退院してから。
だから、できるだけ直視しないようにして、僕は彼女に服を着せ終わった。
優しい黄色を基調としたチェックのブラウスと、ベッドに座ったままでも履けるように設計されたゆったりめのパンツは、彼女によく似合っている。
「どう?」
「……可愛い」
「こういうときは似合っているとか言うものよ。いきなり可愛いだなんて、雨宮くんは本当に語彙力が乏しいのね」
少し頬を紅くしながら、日岡さんは笑顔で、僕のおでこをつっついた。
そして、穏やかな笑顔が、僕の眼前に近付いてくる。
「……1度だけ。クリスマスプレゼントとして、先行体験させてあげましょう」
聖夜の前夜。
僕たちの唇が重なり合う。
僕は、おそらく地球上の誰よりも、貴重で嬉しいクリスマスプレゼントを受け取ったのだった。
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