12月16日

「……胸を貸してくれないかしら」


 病室に入ってベッドの隣に座ると、日岡さんからいつもの挨拶はなく、代わりに寄越されたのは、酷く震えた声だった。

 どうかしたの、と聞く暇もなかった。

 がばっ、と、僕の胸に日岡さんの頭が飛び込んでくる。両腕が僕の頼りない首筋をまわって、カッターシャツに皺が残るほどに、強く背中を掴まれる。

 日岡さんの髪からは、汗の匂いがした。


「………………」

「………………」


 声を殺してしやくり上げる日岡さんに、僕は何も聞かなかった。聞けなかったのだとは、言いたくない。

 僕も彼女の背中に手を回し、いいよ、とか、大丈夫だよ、とか、曖昧な慰めの言葉といっしょにさすってあげた。


 気付けば1時間が経っていた。

 まだ日岡さんは泣いていたけれど、僕は次のノルマのために働かなくてはいけない。

 気にしないでと無理に笑う日岡さんに、何度もしつこく頭を下げて、僕は病室を出た。


 この日の前日、僕が帰ったあとに、日岡さんは余命1ヶ月を宣告されていたのだった。

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