12月15日

「来てくれてありがとう雨宮くん。なんだか久しぶりね」

「そうだね……2回くらい来たんだけど、両方とも会えなくて」

「ホルモンのCD、ありがとう。建前上は感謝しておくわ」

「そういうことを口に出さないほうがいいよ。元からいない友達が負の数になるよ」

「私なんかのためにお金を使うのなら、はやく借金を返しなさいということよ。私の病気が治っても、今度は借金で生活苦だなんて、たまったものではないわ」


 久々に饒舌な日岡さんを見られて、僕はニヤついていたかもしれない。いつもより気持ちの悪い顔だったかもしれない。

 ベッド横の机には、お見舞いのりんごやお菓子を押しのけるように、ロック(ヘビーだかメタルだか分からないけれど……)なCDパッケージとノートパソコンが置かれていた。

 ここから取り込んで、スマホに入れたらしい。


「日岡さんが、こういう系の音楽を好きだったって。ちょっと意外だね」

「あら。どんな曲聴いてそう?」

「ザード」

「病人というだけで決めつけているでしょう雨宮くん。別に難病患者みんながみんな『負けないで』に勇気づけられているというわけではないのよ雨宮くん」


 『千の風になって』を言わなかっただけマシと思ってもらいたい。


「じゃあ、僕は? どんな曲聴いてそう?」

「無趣味そう」

「即答でいちばん傷付く答えを言わないでくれるかな」

「うーん。しいて言うなら筋少」

「……たまに聴くから、正解っちゃ正解なのかな」


 趣味にお金をかけていられないのが実のところなので、本当は最初の答えが最も正解に近いのだが。それを認めるのは寂しすぎる。

 にしても、僕は筋少を聴いてそうだと思われているのか。どの曲を思い浮かべてそう答えたのだろうか。蜘蛛の糸とかだったら、微妙に複雑だぞ。

 日岡さんは、どこからか小さい鍵を取り出すと、ベッドに備え付けてある物入れの一番上の棚、そのカギを開いて、財布を取り出した。


「ねえ日岡くん。CDついでに、少し頼まれてくれないかしら」

「買い物?」

「ええ。といっても、珍しいものだから、今のところはお金を持っていてもらうだけでいいわ」

「珍しいって……レアもののアクセサリーとか?」

「まあ、そんなところよ。はい、これお金ね」


 僕の手の上に、1万円が置かれる。

 日雇いで直接もらう日当よりも、ずっと重い1枚だった。


「その商品が出回り次第、連絡するから」

「ん、分かった」

「……それと。本当に困ったら、そのお金を使ってね」


 お金を財布の中にしまう僕の手が止まる。

 視線を上げると、彼女はまっすぐ僕の目を見て、微笑んでいた。

 この1万円の意味がやっと分かって、僕は、彼女に気を遣わせてしまった情けなさを噛みしめる。


「ああ……。ありがとう」


 そう言うのが精いっぱいだった。

 たぶん彼女は、僕に何も頼むつもりはない。

 彼女はいつも言っていた。

 「あなたは何故ここに来るの。そんな暇があるなら働けばよいものを」と。

 「私なんかのためにお金を使うのなら、はやく借金を返しなさい」と。

 時折申し訳なさそうな顔をしたり、疲れている日にはさりげなく早く家に帰そうとしたり、僕はいつも彼女に、小さい気を遣わせていた。

 だからたぶん、優しく微笑んだ日岡さんがくれた、このお金は……。


「……ごめんね」

「頼んだのはこっちよ。何を謝っているのかしらこの人は」

「…………うん、ありがとう」

「何を感謝しているのかしらこの人は、気持ち悪い。もうそろそろ昨日の検査の結果を伝えに先生が来るから、帰ってもらえるかしら」


 静かに泣く僕の頭を撫でながら、日岡さんは最後まで優しく、僕を病室から追い出した。

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