第二百四十七話 俺は妄想する、世界がとことん自分に甘いチートハーレム異世界ファンタジーを

 真っ白な、なにもない空白の世界。空に浮いているのか、水の上に浮いているのか、どちらかはわからないがその真っ白な空間の中を俺は揺蕩いながら微睡みの中にいた。

 これは夢か現実か? これまで見ていたことはすべて夢だったのだろうか? そう思えるほどに非現実的な白昼夢のような出来事、そんな風に思えてきた。


―― なにをもって現実とする? なにをもって夢とする? ――


 またその質問か、ずっと前にもこんなことがあったような気がする。


 おまえは誰なんだ? いや、わかっている。


―― おまえは何者だ? ――




「俺は、おまえだ」




 ぽっぴんが言っていた。世界の成り立ちとは認識することによって初めて生じるものであると、そして最後にこう締め括ってもいた。


 妄想さえ捗ればそれは現実の世界になる。


 だったら、この世界を作り出したのは俺自身に他ならない。俺は今こうしてこの真っ白な世界を認識しているのだ。俺が認識したことによって、この世界は初めて俺の中で生まれたものなのだ。だからこれは俺の世界、この真っ白な空間は俺の生み出した世界なんだ。

 どんな色にだって塗り替えられる。どんな形にも、どんな感触にも、臭いにも、味にも。耳を澄ませば潮騒が聞こえ、腕を広げれば風を感じることだって出来る。


 気が付けば目の前に広がる空と海。その透き通るような蒼に境界線はなく、どこまでもどこまでも広がる美しい世界。空が海が太陽が、これは俺自身が生み出したもの、こんなにも美しい世界をこの俺が生み出すことができるなんて、世界はどこまでも辛く厳しく残酷であったけれど、それと同じくらいにどこまでも優しかった。



「俺なんかには、勿体ないくらいに上出来な世界だった」



 そう呟く。


 ソフィリーナが居て、ローリンが居て、ぽっぴんが居て、メームちゃんが居て。


 オルデリミーナにリサに獣王。リリアルミールさん。シータさん。ビゲイニアやインポテック魔族の面々。ユカリスティーネ、A25、マーク2……ティアラちゃん。


 色んな人に出会ったなぁ。今ではあの異世界で出会った人達の方が、元居た世界の知り合いよりも懐かしく思える。そう思えるくらいに楽しい時間を過ごした。


 でも、そんな夢の様な時間も終わりだ。俺は、俺の為に作り出したそんな世界にお別れしなくてはならない。


 どんなに辛くても、どんなに苦しくても、人は現実から目を背けて生きて行くことなんてできはしないんだ。

 どんなにかっこ悪くたって、どんなに惨めだって、そんな自分に真正面から向き合って受け入れてあげた時、きっとまた新しい世界みらいが開けるんだと思う。だから、帰ろう。もう一度あの時の俺と、今度こそ真剣に向き合って生きていかなくちゃいけないんだ。



 もう、俺は充分に世界に愛されたのだから。



 ありがとう。







  テレテレテレンテ♪ テレテレテン♪


 入口の方から聞こえるメロディーが深夜の来客を告げる。俺は床清掃の為にかけていたポリッシャーを止めるとレジへと向かった。

 時刻は深夜3時12分、終電が終わって約二時間。これくらいの時間になると来客もほぼなくなり、床清掃や、クイックフードの機械内の清掃などを始めるのだが、ブラックバイトよろしくワンオペだとたった一人の来客でも結構めんどうだったりする。

 コンビニアルバイトの深夜勤とは意外にやることが多い。

 清掃が一段落着くころには様々な商品の入荷が始まる。チルド食品、弁当はもちろん。

 パンや菓子類、カップ麺や飲料、冷凍食品、新聞の朝刊などが次から次へと搬入されてくるので、それを検品、品出ししなくてはならないのだ。

 細かい話になると、菓子やパンなどには一個ずつラベラーで値札を貼らなくてはならないし、屋外の窓清掃や掃き掃除、ゴミも出しに行かないといけないし、はっきり言ってやることはてんこ盛りだ。


 ちっ、めんどくせえな。なんでこんな時間に出歩いてんだよ。家帰って寝ろよ。


 俺は心の中で毒づくと来店した客を確認した。

 黒のスーツを着た女性……OLか、二十代前半から中盤くらいだろうか? まあ若い姉ちゃんだ。



 OLは栄養ドリンクコーナーに行くとウコンドリンクを手に取りレジへと向かう。すぐにレジに向かおうとするのだが、OLは振り返ると大股でずんずんと俺の方へと近寄って来た。


 な、なんだ? え? 俺なんかしたっけ? レジに待機してなかったのがまずかったか? いやいや、そんなことくらいで怒るなよ。あんたがレジに行ったのを確認して俺もすぐにレジに向かおうとしたじゃないか?


 ビビッているとOLは俺の胸倉を掴みあげて自分に引き寄せる。


「ひっ! ごめんなさ……むぶっ」


 OLの唇が俺の唇に重なった瞬間に俺は叫ぶのであった。


「なぜそこでキスっ!」

「うっさいわねっ! さっきからなんかモノローグで、俺の世界がどうのこうのとかっ! どんなに辛くても生きていかなくちゃいけないんだとか、なんかもう恥ずかしくて聞いてられなかったのよっ!」

「だからなんでそれでキスなんだよっ!?」

「知らないわよっ! べんりくんの生み出した世界の私がそういう設定なんでしょ、この変態キモオタ野郎っ!」


 あああああああっ! もうわけがわからんっ、なんで俺の妄想がソフィリーナとキスなんだっ! もうっ、ぜんっぜんっ、わからねえええええっ!


「いいから早く妄想を捗らせなさいよっ! あんたの欲望渦巻く世界を妄想によって生み出せば、なんだって出来るんでしょっ!?」

「えぇぇぇ、なんだよそれぇ。俺、死んだんじゃなかったのかよぉ? もうわけがわかんないよぉ」

「だから、それが摂理越えの力なんでしょ? べんりくんは今、世界の摂理の枠外に居る、謂わば規格外の存在なのよ。だから、なんだって出来るんだから、早く元の世界に戻るわよっ!」


 元の……世界……。


 そうだ、もうどこが元居た世界だったかなんてどうでもいい。あいつらと一緒に居た世界こそが、俺の本当の世界なんだ。


 俺にだけとことん甘々で、辛い事なんか、苦しい事なんか全然なくて、俺にだけ都合のいい世界でなにが悪いっ! そうだっ! だったらハーレムにしてやる。皆が俺の嫁、のハーレム異世界にしてやる。手始めにこいつのことを手籠めにしてやるぜえええっ!


 俺はソフィリーナを抱き寄せてもう一度キスをしようと顔を近づけるのだが。



「調子に乗ってんじゃねえええええっ!」



 思いっきりグーでぶっ飛ばされるのであった。



 つづく。

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