第二百二十八話 魔界の空は蒼かった。

 エクスカリボーンEXとぐるぐるロッドTRYNEXT。


 シンドラントの開発した二つの魔導兵器ギアム。現在、レギンス帝国にはその兵器の開発技術は残ってはいない。ローリンとぽっぴんの手にする武器を、ティアラちゃんは「失われし魔導兵器ロストギアム」と呼んでいた。

 火竜の力の前に絶体絶命の俺達、そこへ突如まるで過去から転送されてきたかのように現れた二つの強化アタッチメントパーツ。これは、1000万年という時間跳躍を繰り返し、現在過去未来の概念さえも超越したティアラちゃんが、俺達に残してくれた置き土産だと俺はそう思った。


「エクスカリボーンEX。フルパワー・エクスターミネート」

「ぐるぐるロッドTRYNEXT。サンライト・バイタライゼイション」


 アタッチメントパーツがエンジンに火が入ったかのように爆音を鳴らす。ギアが回転するかのような高速音を鳴らし始めると、二つのギアムも淡く輝きだした。


 同時に火竜も最強の一撃を放つ準備ができたようだ。お互いがお互いの力を試し合うのを楽しみにしているかのよう。

 ローリン、ポッピン、そして火竜の姿になったレイドエルシュナの三人は口元に笑みを浮かべると、同時に必殺技を繰り出した。



 火竜が最大火力で放った火炎のブレス。それをエクスカリーボンEXの一撃が貫くと火竜の左の翼を撃ち抜いた。雄叫びを上げる火竜に、さらにぽっぴんの魔法が襲い掛かる。右上半身側で爆発が起こると、火竜の右腕を吹き飛ばした。

 大きなダメージを受けると、火竜は咆哮しながら地面へと落下する。そのまま全身が紅蓮の炎に包まれると、人型へと戻るのであった。


「兄上……」

「ク……クリューシュナ……。これが、これがおまえの求めた未来なのか?」


 傷ついた兄を見下ろすクリューシュの金色の瞳は悲しげに揺れる。レイドエルシュナは苦痛に顔を歪めながらもなお、攻撃的な視線を実の妹へと向けていた。


「この力はいずれ、我々竜族へも仇成すことになるぞ……。神を倒したあとに人間どもは必ず手の平を返すっ! 我々ドラゴンのことも滅ぼさんとその刃を向けてくるぞおおっ!」


 もはや悲鳴であった。いや、慟哭だ。俺にはそれがレイドエルシュナの魂の叫びのように聞こえた。

 俺達の元居た世界では古今東西の神話の中で、ドラゴンとは神聖な存在でありながら、人間に害を為す悪いモンスターとも描かれてきた。

 それを神々から力を得た勇者が退治する英雄譚。人々は悪いドラゴンを倒す人間のヒーローに憧れ称賛するそんな物語。

 異世界でもそんなことがあったのかもしれない、二十と余年しか生きていない俺には到底理解できない。そんな因縁があったのかもしれない。

 それでも俺は、目の前で傷つき血を流し倒れるレイドエルシュナの姿を見て、どうしてこんな思いをしてまでこんな馬鹿な戦いをしなくちゃいけないんだと、心底嫌になった。もうこれ以上、地上が誰のものだとか、積年の恨みだとか、神だとか竜だとか悪魔だとか魔族だとか人間だとか、そんなことの為に誰かが傷つき倒れ死んでいくのなんて、もう見たくなかったんだ。


「兄上……」


 先に口を開いたのはクリューシュであった。レイドエルシュナの傍らに膝を突くと頬に手を当て涙を流す。


「それでも……私は、誰にも死んでほしくはなかった。それは、お兄ちゃんも一緒だよ」


 覆い被さるようにレイドエルシュナに抱きつくと声を上げて泣くクリューシュ。その姿を見てレイドエルシュナはそっと瞳を閉じると何も言わずに、残った左腕で妹の頭を撫でてやるのであった。



「というわけで、そ~こま~でじゃ~~~~~~」



 俺達の背後から突如聞こえてくる声に振り返ると、そこにはヨボヨボのじいさんがメルルシャイムとミルルフィアムに手を引かれて歩いていた。

 じいさんは「おーっとあぶな~い」と言いながらわざとらしく石に躓くと、ふらふらとミルルフィアムにしな垂れかかりおっぱいにタッチ。その瞬間ミルルフィアムの拳が顔面にめり込み鼻血を噴き出しながら宙を舞い地面へと落ちるのであった。


 なんだあのセクハラスケベじじいは、と思っていると驚きの声を上げたのはドラゴン兄妹であった。



「お、お父様っ!?」

「親父! てめえ……」



 え? お父様? え? 親父? ってことは……。え? マジで?


 エロじじいは鼻血を服の袖で拭いながら立ち上がると「ふぉっふぉっふぉ」と笑いながら、二人の元に歩み寄る。そしてクリューシュの頭を優しく撫でてやると微笑みながら言った。


「優しい娘クリューシュナ。おまえのその、誰に対しても分け隔てなく与えられる愛は、これからの未来に必要な物なのかもしれんのぉ。そしてレイドエルシュナ」


 レイドエルシュナは不貞腐れるようにじじいから視線を逸らしてそっぽを向く。


「おまえも、その優しさを。竜族達を思う気持ちをもう少し、別の者達へ向けることができればこんなことにはならなかったかもしれない。すまなかったのぉ。それもこれも、すべて儂の育て方が悪かったのかもしれん」


 レイドエルシュナは「ちっ……」と舌打ちをすると立ち上がる。そしてアモンのことを見ると悪びれずに言い放った。


「俺は後悔などしていないぞ。俺もおまえ達も、互いに利用し合い、隙あらば出し抜こうとわかった上でのことだった筈だ。だから俺は決して、バエルとバルバトスを葬ったことを後悔などはしないっ! おまえもだアモンっ! この先おまえが俺の前に立ちはだかると言うのであれば、俺はおまえのことも全力で叩きのめすまでだっ!」


 レイドエルシュナはアモンの目を見つめ決して逸らさなかった。それだけ言うと、残った右の翼を広げヨロヨロと飛び去るのであった。


 アモンはレイドエルシュナの飛び去った空をじっと見つめながらボソリと呟く。



「俺はもう二度と、竜力転身は使わん……」



 そう言うと悪魔の翼を広げるアモン。


 レイドエルシュナとアモン。二人の宿敵が消えた魔界の空は、どこまでも透き通るように蒼かった。




 つづく。

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