第二百二十話 魔界に吹く風①

「ここが……魔界か」


 眼下に広がるのは広大な森と、その先には草原も見える。空は蒼くどこまでも広がり、透き通った空気がとても美味しかった。


「なんかイメージしてたのと全然違うな。魔界」

「一体どんな場所を想像していたのだ?」


 いや魔界なんて言うもんだからもっとこうさ、ペンペン草も生えないような死んだ大地で、辺りは岩だらけ空もなんだか薄暗く空気もどんよりした場所なのかと思ってたんだけどね。


 俺のイメージを聞いてクリューシュは呆れ顔で答える。


「そんな場所で生活なんてできるわけがないだろう」

「まあそうなんだけどさ。漫画とかだとよくある設定じゃん、だから美しい地上を皆狙ってるみたいな」


 魔界と言っても、地上とあまり大差ない。というか、次元の違う場所にある別の世界なんだからそりゃそうなんだけどね。

 じゃあなんでドラゴン達はあっちの世界を取り戻したがっているのかと言うと、クリューシュ曰く、追い出された故郷を取り戻したいと思うのは当たり前だろうと言う事であった。

 まあ今となっては神々を相手に喧嘩する、バトルフィールドみたいになっている感は否めないけどね。


 とりあえずこの話は俺達人間にはもう理解できない程の因縁深い話になるので、はっきり言って落としどころはないと思うんだけど。気の遠くなるほど長い年月をかけて積み重ねてきた恨みつらみなら、同じ時間をかけてそのわだかまりを解いて行くしかないだろう。俺達人間と違って、ドラゴンや神達にとってはそれほど長い時間でもないっぽいし。


「で。これから俺達はどこを目指せばいいんだ?」

「決まっている。このまま真っ直ぐ竜王の城を目指す」

「竜王って、おまえの親父さんなんだろ? 本当にいいのかよ?」


 俺の問い掛けに、「かまわん、ぶっ飛ばせ」と答えるクリューシュはどこか楽しそうでもあった。一体この父娘に何があったのかは知らないが、内輪揉めに利用されているような気がしないでもないので、なんだか釈然としないなぁ。


「私はもう、うんざりしているんだ。子供の頃から聞かされ続けている神々に対する恨みつらみ。そして人間達に対する差別意識。生まれる前の知らない自虐史観の所為で、若い世代の竜族達は鬱屈した歴史観を植え付けられてきたのだ」


 あー、なんかその気持ちわかるわぁ。まあなんのことかはお察しってことで。


竜族われわれもいい加減、未来まえを向いて進んで行くべきなのだ。でなければ、私達には明るい未来などない。この先本当に滅んでしまうのは我々ドラゴンかもしれないと、私は常々考えてきた。若い世代のドラゴン達にも私の考えに賛同してくれる者は多い」


 なるほどね。つまりは、新しい世代のドラゴン達の考えを、保守的なドラゴン達が認めてくれないとそういうわけだな。


「親父さんと、お兄さんはクリューシュの考えに反対しているってことか」

「そういうことだ。たとえ血を分けた肉親同士で殺し合うことになろうとも、私は私の考えを曲げるつもりはない。それがドラゴンと言うものだ」

「おまえもおまえで頑固だな。まあ、親兄弟と殺し合うって感覚は理解できないけれど、俺の元居た世界でも、大昔には往々にしていそういう時代があったことだし、それに対してはなにも言わないけどさ」


 俺が真面目なトーンになるとクリューシュは真剣な表情になり俺の話に耳を傾ける。


「俺はもう、この戦いで誰かが死ぬのは嫌だ。でも、ここから先の戦い、そんな甘い考えで勝つことはできないこともわかっている。だから……」


 そこまで言って俺は声を詰まらせる。クリューシュも黙って俺の一言一言に頷いてくれる。


「この戦いで命を落としていった奴らのことを絶対に忘れないでほしい。それは味方だけじゃなく敵であってもだ。そして、俺の命で最後にしてほしい。俺の命と引きかえにクロノスフィアの野郎をぶっ倒したら、こんなことはこれでおしまいだ。リリアルミールさんと一緒に、クリューシュ、おまえが、皆が仲良く平和に暮らせる世界を作って欲しい」


 クリューシュは「わかった」と、ただ一言だけ返事をした。それ以上の言葉はいらないと、全ての犠牲と罪を背負っていく覚悟はできているという強い意志をその胸に宿して。



「おまえ達、いい加減シリアスぶるのはそこまでにしてとっとと行くですよ」

「まったく、そんな難しく考えることはないのです。倒すべき悪は時の管理神クロノスフィア。ただそれだけのことです。これだからドラゴンは単細胞なのです」


 双子天使が辟易した様子で俺達のことを見ている。ミルルフィアムは相変わらずクリューシュと仲が悪い感じだ。これ最後までこんな感じで行くのかな? 疲れるわまったく。


 そんな感じで急かされて、クリューシュはイライラしながらも竜王の城までの道案内をするのであった。


 クリューシュを先頭に俺達は後をついていくのだが、恐らくはこの先の道中、このままなにもなく済むなんてことはないだろう。先刻倒した魔星達は先遣隊の可能性も高い、奴らが戻らないとなったら敵の襲撃を予想するはずだ。

 それと先に魔界に来ている魔闘神やメームちゃん達の動きも気になる。俺はこの先の厳しい戦いを想像して、気を引き締めるのであった。


「ところで、べんり」

「ん? どうしたメルルシャイム?」


 そんなことを考えながら進んでいたらメルルシャイムが俺に話しかけてくる。メルルシャイムは前方を指差しながら俺に告げた。


「あいつらを全部倒さないと先に進めなそうなんですが?」


 メルルシャイムの指差す先には数十人の兵士達が待ち構えていた。


 え? あれって? 残りの魔星達全員集まってんじゃね?



 つづく。

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