第二百十五話 終わる日常と終わりの始まり①
目を覚ました時、ソフィリーナは既に俺達の元から去った後だった。
ぽっぴんは身の丈ほどもある大きなリュックを背負うと俺の方を見る。あの小さな体でよくそんだけの荷物を持てるもんだ。
「それでは行ってきますべんりさん」
「ああ、ローリンとオルデリミーナによろしくなぽっぴん」
「がってんしょうちのすけです。なのでべんりさんはゆっくり休んでいてください」
親指を立て笑顔で答えるぽっぴん。今回のことを伝えにローリンとオルデリミーナの元へ誰か使いを出そうとした所、自分が行くと買って出たのだ。
ぽっぴんのことを見送ると俺は建物の中へと戻る。長い回廊を真っ直ぐ進み大きな扉の前、魔王の間を横切るとその奥、突き当りにある小さなドアをノックする。
中から「どうぞ」と聞こえたので俺はドアを開けると一礼して中に入った。
「ぽっぴんぷりんさんは行かれたのですね?」
「はい。リリアルミールさん」
「こんな時に、なんの力にもなれず本当に申し訳ありません」
「なにを言っているんですか。リリアルミールさんは何も心配しないで、今はその身体を治すことだけを考えてください」
俺の言葉に悲しそうに目を伏せるリリアルミールさん。そうは言っても何も考えないなんてことができるわけがないことは、俺も重々わかっている。それでも今は、人間と魔族の架け橋になってくれたリリアルミールさんに、何かがあることだけは避けたい。だからそう言わずにはいられなかった。
俺が意識を取り戻す前に姿を消したのはソフィリーナだけではなかった。メームちゃんも周りが止めるのを聞かず飛び出して行ったと言うのだ。魔王の鎧を手に単身魔界へと乗り込んだメームちゃんは、竜王と一騎打ちをするつもりだ。獣王が後を追って行ったと言うがはっきり言って心許ないことこの上ない。リリアルミールさんが心配するのは当然である。
寝室から出ると俺は元来た回廊を戻る。ふと視線を先にやると、そこにはビゲイニアが立っていた。そのままゆっくり進み横に並び立つとビゲイニアが口を開く。
「俺はここを動くわけにはいかない。リリアルミール様の身に何かがあれば……」
「わかってるよ」
「前聖戦を戦い抜いた生き残りであり、魔族を統率すべし大神官でありながら、なにもかもすべてをおまえに任せねばならないことを、私はいつも忸怩たる思いでいる」
「おまえはいつも一人で魔族のこと全部、背負いすぎなんだよ。いいから俺に任せとけって」
「すまない……べんり」
目は合わせなかった。ただそれだけ話すと俺は振り返らず回廊を進む。魔王の城から出ると俺は軽く背伸びをして空を見あげた。
ダンジョンの中なのに空が見える。いつ来てもおかしな場所だなと思うのだが、その青空がとても綺麗で、どこまでも遠く透き通る青に吸い込まれそうな気分になる。
「べんり、もういいのか?」
「ああ、クリューシュ」
「もう後戻りはできないぞ?」
「ああ、わかってるよクリューシュ」
そうだ、もう後戻りはできない。それでも、いい加減俺も前に進まないと駄目なんだ。この異世界での1年以上にも及ぶ生活は楽しかった、本当に色んな事があって、色んな人達と巡り合えて、毎日が俺には眩しいくらい色鮮やかで、終わりになんてしたくはないけれど。
でも、ここは俺の居るべき本当の世界じゃないんだ。俺は、俺の居た元の世界で、本当の自分を取り戻さなくちゃいけない。その為に、これから最後の戦いに赴かなくちゃならないんだ。
俺は覚悟を決めると顔を上げクリューシュに告げる。
「行こうクリューシュ。魔界へ、そして竜王に会って、そんでもって神様をぶっとばしてすべてに決着をつけようっ!」
俺とクリューシュは、魔闘神が放ったデビル・メイ・エクスクラメイションによってできた、魔王十二宮の第十そして第十一宮の間にある空間の歪みを目指すのであった。
アモンのファドウキラとの戦いの後、俺は気を失ってしまい何があったのかは後から聞かされて知った。
まず、俺の身に起こったこと。あれは、紅の騎士アマンダが受けた竜の呪いと同じものだ。クリューシュの血によって竜力転身の呪いをかけられた俺は、魔族以上の力と魔力を手に入れたらしい。竜王の娘であり、純粋種と呼ばれるレジェンドドラゴンのクリューシュの血に加わり、時の歯車の影響をモロに受けている俺は普通の竜力転身よりも、もっとすごい力を手にすることができたと言うのだが、はっきり言って実感はない。
魔星72体とは悪魔が竜力転身したもので、魔闘神以上の強力な力を有するのは、もともと強力な力を持つ悪魔が竜の呪いの力を手にしたからだとか。
そして、あの後どうなったのかと言うと、事態はとんでもない方向へと動いたと言うのだ。
俺の攻撃で深手を負いながらもアモンはなんとか立ち上がり、尚も戦闘を続けようとした。それをぽっぴんとメームちゃんが迎え撃とうとしたその時、思いもよらない第三者が介入してきた。
ソフィリーナが口にしたその名に誰もが震撼したと言う。
「時の管理神、クロノスフィア・クロスディーン……」
ユカリスティーネを従えて現れた正真正銘の神の姿を前に、その場に居た誰もが息を飲み、立ち尽くし、動くことができなかったという……。
つづく。
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