第二百十四話 竜の姫君と呪われし力⑥

 どういうことだ? ソフィリーナが俺達のことを騙しているってことなのか? 何の為にそんなことをする必要があるんだ?


 俺は腕の痛みを堪えながらよろよろと立ち上がりアモンのことを睨み付けた。


「でたらめ言ってんじゃねえ、そうやって俺達の動揺を誘って仲間割れでも狙ってるのかてめえ」

「動揺を誘う? 俺が? 圧倒的な実力差のある俺に、そんなことをする必要などあるまいっ! これは紛れもない事実だ。神々とは昔からそうだ。勝つためにはどんなことだってする、騙し欺き操り見下す、自分達以外の存在はすべて下等な存在だと思っているのだっ!」


 何を馬鹿なとソフィリーナを見るのだが、俯いたまま俺とは目を合わせてくれない。


 そんな馬鹿な。じゃあ、俺がこの異世界に来たのも全部、最初から仕組まれていたことなのか? 聖戦を起こして全てを無に帰す為に、ソフィリーナもそれを知っていて。


 愕然とする俺達を後目にアモンはクリューシュに問いかける。


「クリューシュナ、もういいだろう? この人間達には決しておまえの期待に応えることはできない」


 クリューシュの期待? なんだ? なんの話をしている。


「神話の時代よりある。異能を手に入れし人間による“神殺し”の伝説。そんなものは全てまやかしだっ! 神に対抗できるのは我々ドラゴンだけっ! 純粋種たるドラゴンの血を引くおまえがなぜそれを理解できないっ!」


 クリューシュのことを指差しながら怒りに震えるアモン。そんな姿を見つめながらクリューシュは顔色一つ変えずに言い放つ。


「そうとは限らんぞファドウキラ。この男は、べんりは時の歯車の力の影響により、神でさえも行う事のできない、時間の超越を何度も行ってきた。この男の潜在能力を、竜王の血を引く私の力で引き出すことができたのなら。いや……やって貰わねばならない“神殺し程度”のこと、やってのけて貰わねば困るのだっ!」

「それが我々ドラゴン達にとって仇成すことになったとしてもかあっ!」

「黙れえっ! 悪魔から邪竜へと転身したきさまごときがこの私に純粋種言葉するかあっ!」


 クリューシュは俺の前に一瞬で移動すると、目の前で自分の腕に齧りついた。


「な、なにをしてんだクリューシュ?」

「竜力転身。力が欲しいのだろうべんり? ならばくれてやるっ、時を超越せしものよっ!」


 腕から流れ出る血を俺に浴びせると、クリューシュは何かを呟きだした。それはまるで耳鳴りの様に、キーンと頭の奥まで響く音色は、破けてしまうのではないかと思う程に鼓膜を振るわせた。


「我が血を持って姿を変えよ。そして目の前の敵を葬り去れっ!」


 クリューシュの言葉に反応するように、俺は自分の身体に力が宿るのを感じた。それはまるで力の濁流、体中を制御できない何かがのたうち回るようなそんな感覚。少しでも気を緩めれば、その力の濁流に全てが飲み込まれて自分が自分でなくなってしまうような。そんな感覚であった。


「くっ、ドラゴンの扱う高速言語。一体べんりくんになにをしたの?」

「女神よ。黙って見ていろ、ここからが見物だ。べんりが神をも屠ることのできる力を得ることができるか否かっ! すぐにわかるっ!」


 わけがわからなかった。頭の中に流れるのは、ただただ力を求める欲望だけ、皆を救うために、守る為に、俺は力を求めて、目の前のアモンを倒す力をっ!


 その瞬間、エネルギーの塊が失った俺の右腕の形を成した。


「肉体の再構築……信じられない魔力ですっ!」


 ぽっぴんがなにか驚いているようだがよくわからない。俺は、アモンを見据えると、この力をぶつけてやる標的が見つかったような気がして、無意識の内に飛びかかっていた。


「くうっ、なんだこの力は? 竜王の娘の血だからとて、竜力転身がここまでの力を与えるものなのかっ!?」


 俺の拳がアモンのことを打ちつけ叩きのめす。アモンの拳も俺のことを打ち据えるのだがまるで痛みを感じない。と言うよりも、俺自身の意識はどこか別にあるような。この戦いを、俺の意識だけが俯瞰して見ているようなそんな感覚になる。


 渾身の右ストレートで殴り飛ばすと、壁面に衝突して膝を突くアモンはそのまま前のめりに倒れた。


 それと同時に俺もうつ伏せに倒れ込むとそのまま意識を失うのであった。





―― んり……。べんり……くん。べんりくん。 ――


 なんだよ? ソフィリーナかよ? おまえ、そんな所でなにしてんだよ?


 辺りは真っ白で眩しくて、ソフィリーナの輪郭もぼやけてしまって、今自分がどこにいるのかもよくわからなかった。


―― ごめんねべんりくん。わたしはもう、あなた達とは一緒にいられない ――


 なに言ってんだよ? また家出すんのか? こないだのでわかっただろ? おまえに一人暮らしは無理だって。


―― んーん。ごめんね。ローリンにも謝っておいて、今までずっと黙っていてごめんって ――


 なにを謝るんだよ? 黙っていてってなんだよ?


―― さようならべんりくん ――


 おいっ! 待てよソフィリーナっ! どこに行くんだよっ!


 光の向こうに消えていくソフィリーナに向かって手を伸ばすのだが、どんどんと遠ざかって行くその背中に俺は追いつくことができなくて、これでもうソフィリーナとはお別れになってしまうと、そんな風にどこかでわかってしまうのが辛くて。一生懸命手を伸ばしても届かなくて。



 ソフィリーナは俺達の前から去って行ったんだという事実だけが俺の手元には残った。




 つづく。

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