第二百十一話 竜の姫君と呪われし力③

「ぜ……ぜんぜん気が付かなかったわ……」


 眉を顰めながら呟くソフィリーナ。なんでだよ? おまえがローリンをこの異世界に送り込んだんじゃないのか? その時に気が付かなかったのかよ女神の癖に、呆れながらソフィリーナに突っ込みを入れるのだが、眉間に皺を寄せながらソフィリーナは「そうだったけ?」と惚ける。


「だいたい皆勘違いしてるけどね。神だからと言って、べつに天使より偉いわけじゃないんだからね」

「え? そうなの?」

「そうよっ! 神の使いみたいに言われてるけど、天使達あいつらはわたし達とはまた違った、別の次元の神様みたいなもんなの!」


 よくわからないけど、とにかくソフィリーナは神様だからってそんなに偉いわけじゃないってことだけはわかった。


 とにかくローリンが天使、しかも大天使がこの異世界に転生してきた存在だってことはわかった。まあクリューシュがそう言っているだけなのだが、それで合点がいったので良しとしよう。


 その話は置いといて、俺は一歩前に踏み出すとクリューシュに向かって問いかけた。


「それで、おまえは何が目的なんだ? あの茶番は俺に近づく為の演技だったんだろ?」


 クリューシュは俺の質問に不敵な笑みで返す。そしてゆっくりと口を開いた。


「いや、あれは本当に腹が減っていただけだ。おまえに出会ったのは本当に偶然だよ偶然」

「はあ? いやだっておまえ。はああ?」

「いやぁ。この体になるとなぜか異様に腹が減るもんで、今もすでにかなり空腹なんだけど」


 そう言うとクリューシュのお腹から爆音が響いた。照れくさそうに腹をさすり頭を掻くクリューシュであったが、なんだかそのせいで緊張した空気も一気に解れた。そして敵だと思っていたクリューシュは特にそういうわけでもなく、俺達に近づいたのは別の事情からだと言うので話を聞くことにする。


「さて、すでに皆知っているだろうけど。今、人間と魔族、そして竜族との間で大きな戦いが起きている。なぜだと思う?」

「なぜって? クリューシュそれは……なんで?」


 そう言えばなんで戦争が起きているのかよくわからないままだった。ローリンの聖剣が盗まれて、それを取り戻す為に地下ダンジョンに行ったらドラゴンが現れて、なんとか命からがら帰ってきたら、地上では北の大陸から魔族と人間の混成軍が攻めてきていて。帝国と大きな戦争になると思ってたら、なんやかんや色々あって今は別の勢力を相手に戦っていると言うのだからわけがわからない。


 俺がクリューシュの問い掛けに答えられるずにいると、メームちゃんが代わりに答えた。


「どらごんがせめてきたから」

「メタモマギ、おっと、この言い方をするとべんりが怒るんだったな。魔王の娘らしい答えだ」


 メームちゃんの応えにクリューシュは笑う。なにが、“らしい”なのかわからなかったが、クリューシュは直後、氷の様に冷たい目をすると俺達に告げた。


「そもそも、この地上はドラゴンのものだった。天界には神が、魔界には悪魔が、そしてこの地上は我々竜族が支配する土地だったんだ。それを奪ったのが人間だ」


 人間がこの地上を奪った? 俺はクリューシュの言葉を思い出す。



―― だって、人間はいつもそうやって奪ってきただろ? ――



 あれは、そのことなのだろうか? 俺は何も言い返せずにクリューシュの話を聞いていたのだが、それに反論したのはソフィリーナであった。


「そんな、なんの根拠もないことを。この地上はかつて神々が管理していたものよ。それを人間達に託したのは神の意思。決してあなた達のものではないわ」

「ソフィリーナ。古き友よ。おまえはそうやって言い続けてもう三万年にもなるな、相変わらず強情な娘だ」


 え? 今なんて? 三万年? え? 嘘だろ……。クリューシュの言葉に目が点になる俺とぽっぴん。そして俺達は顔を見合わせるとソフィリーナに詰め寄った。


「聞きましたかべんりさん? どうりであの見た目にしてはババア臭いなって思ってたんですよっ!」

「ああ、やべえぞぽっぴん。て言うかソフィリーナ、おまえ本当は何歳なんだよっ!? 三万年って、え? 超ばばあじゃんっ!」


 ばばあ、ババアと連呼する俺達にソフィリーナは俯きぷるぷると震えている。そして顔を上げると俺の顔を思いっきり引っ叩いた。


「うっせええええっ! ババアじゃねえよっ! 女神はね、あんたら人間とは時の流れが根本から違うのよっ! だからわたしはいつだってぴちぴちの二十代なのよっ!」


 俺の胸倉を掴み上げながら往復ビンタを喰らわせてくるソフィリーナのことを止めるのに、無駄な時間を費やすのであった。


「で、クリスタルドラゴン……クリューシュだっけ? なんでまた竜族が人間と戦争してるのよ? もういい加減あんな無駄な争いはしないって決めたんじゃなかったの?」


 ソフィリーナの質問にクリューシュが顔を上げ答えようとしたその時、ダンジョンの奥から声が響いた。



「その問いには俺が答えよう、クリューシュナルミルオラっ!」



 大声でそう言いながら現れた男のことを険しい顔で睨みつけながら。クリューシュは声を漏らした。


「ファド……アモンのファドウキラか……」


 男の纏う超攻撃的な気配に、強敵が現れたと全員が臨戦態勢に入るのであった。



 つづく。

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