第百七十四話 止まった時間とパンツスティール④
このなにもない世界にどれくらい居るのだろうか? 10分? 1時間? ひょっとして10日? もしかしたらもう何年もずっとここに居るのかもしれない。
俺はもうとっくにおかしくなっていて、どれくらいの時をすごしたのかもわからないようになってしまっているのかもしれない。
今こうして思考を巡らしているのも、数年ぶりのことのように感じる。そしてまた俺は考えることをやめ、死ぬこともできずにこの無の世界で長い長い眠りについてしまうのだろう。
思い返してみれば20と余年、平凡な家庭に生まれ平凡に育っていった俺は、極々普通に進学して大学に行き、就職に失敗してアルバイトで収入を得るという。この先の人生になんの希望も見いだせない生活を送っていた。
そんな俺が1年とちょっと前、ひょんなことからこの異世界にやってきてからと言うもの、本当に目まぐるしくも楽しい生活を送って来た。
スライムを火炎放射器で焼いたり、女子高生の聖騎士様に出会い、変な賢者の所為で爆発事件の容疑者にもされた。魔族なんていうファンタジー設定全開の奴らと戦って、その女王に結婚を迫られたり、アイドルプロデュースして未来に行ったり過去に行ったり、超古代文明の亡霊とも戦った。
そんな感じで普通じゃ決して味わえない体験をしてきた。色んな事があった。大変なことが多かった気もするけれど、同じくらい楽しいこともあった。
たった1年、俺の人生の中で20分の1にも満たない期間の中で、最高に輝いた時間を俺は過ごしてきたと思う。
それもこれも、あの駄女神が……なんだっけ? 女神が失くした物……。それが、原因で……めーむ……メームちゃん。
俺は薄れ行く記憶の中にメームちゃんのことを思い出す。
初めて出会ったのはコンビニであった。勝手にプリンを食べ始めて悪びれもせずおいしいと言った。
俺のおでこにチューをして、婚約の呪いをかけた所為で魔族と戦う羽目になった。
それもこれもメームちゃんは10何年も前の俺の言葉を信じて、必ず会えると信じて待っていたから。俺と会うために何年も何年もその胸に時の歯車を宿して……。
「メ……ム……メームちゃん」
確かに俺はその名を口にした。その時、確かに聞こえたのだ。メームちゃんの俺を呼ぶ声が。
―― うぁぁぁあああん、あああああん、べんりぃぃぃいいっ! ああああん ――
メームちゃんが泣いている。俺のことを探して、俺の名前を呼びながら探している声が聞こえる。
―― ああああん、めーむをひとりにしないでえええっ! うあああああん ――
メームちゃん俺はここだ。ここにいるから。頼む、見つけてくれ、俺のことを見つけてくれっ! メームちゃんっ!
強く願ったその時、目の前が突如明るくなる。その眩しさに俺は目を瞑ってしまうのだが、なにかが飛びついてきた感触を体に感じると、ぎゅうっと強く抱きしめられた。
「べんりっ! べんりべんりべんりっ! 我だ、メイムノームだっ! もう何年も何年も、ずっとこの世界でおまえを探し続けていたのだ。やっと会えた……やっと……うぅぅ、うぁぁぁああああ」
メームちゃんは涙を流しながら子供のように泣きじゃくる。俺もメームちゃんのことをぎゅっと抱きしめてあげた。
「いつも待たせてごめん。メームちゃん」
「ぅぅぅ。魔族が長寿だとは言っても、時の流れはおまえらとなんら変わりないのだ。おまえと離れている時間は寂しくて、会いたくて、ずっとずっと探し続けて、待ち続けて。もう二度と、二度と我の前から居なくならないでくれ……お願いだべんり」
俺はメームちゃんの頭をゆっくり撫でてやると優しく微笑む。
「一緒に帰ろうメームちゃん」
メームちゃんも俺に微笑み返すと、時が再び動き始めるのであった。
目を覚ますと俺はベッドに寝かされていた。耳元で誰かの寝息が聞こえる。そちらを向くとメームちゃんがすやすやと眠っていた。
いつものメームちゃんだ。よかった無事に戻って来れたんだ。ここはどこだろう?
すると逆の方からも誰かの寝息が聞こえる。そちらの方を見ると、なぜかリリアルミールさんも一緒に寝ていた。
なにこれ?
魔王母娘に挟まれながら俺は、なにがどうなっているのかわけがわからずしばらくそのまま思考が停止してしまうのであった。
「と言うわけで、メイちゃんとべんりさん。二人がダンジョンで倒れているところをブッチャーが見つけて連れてきてくれたのですよ」
ブッチャー? 誰だっけそれ? なんかそんな奴いた様な気がするけど思い出せない。まあいいか。
俺が正気に戻りリリアルミールさんを叩き起こすと、呑気に欠伸しながら起きたのだが、同時にメームちゃんも起きて一悶着した後に説明をしてもらった。
なんでも俺とメームちゃんは1週間ほど行方不明になっていたらしく、あのマグマのあった場所からかなり離れた場所で発見されたらしい。特に外傷や衰弱した様子もなかったけれど、念のため医者に見てもらった直後らしかった。
「ほんとうになんともないのですか?」
「大丈夫ですよ。痛いところもないし、気分が悪いってこともないです」
「メイちゃんは?」
「めーむもへいき」
俺達が元気であるとわかると、リリアルミールさんはほっとした表情になる。そしてニコニコしているのだがなんだか目が笑っていない。
俺とメームちゃんは固唾を飲みリリアルミールさんのことを見ているのだが、ニコニコしたまま恐ろしい気配を放つとリリルミールさんは俺達に告げる。
「それじゃあ、今までなにをしていたのかママに説明してもらおうかしら?」
つづく。
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