第百七十三話 止まった時間とパンツスティール③

 メームちゃんと手を繋いでいる時だけ、時間の止まった世界で自由に動くことができるとわかった。

 時間が止まっている感覚というのはとても不思議なもので、一見いつもと一緒に見える風景もどこか変わって見える。人間は時間の変化を視覚や聴覚触覚以外の、なにか第六感のようなもので感じとっているのかもしれない。


 メームちゃんはこんな不思議な世界で遊んでいたのか。なぜだか俺も妙に愉快な気持ちになり心が躍る。いつもは一人だけの世界で俺と一緒に居ることができてメームちゃんも嬉しそうであった。


「べんりっ! どうする! なにするっ!? ひゃーはああああああっ!」

「そうだなっ? なにこれめっちゃテンションあがるっ! とりあえずあれだっ! パンツを盗もうっ!」


 俺はリサのスカートの中に頭を突っ込むとパンツを剥ぎとってやった。そしてメームちゃんと二人で温泉の所までリサを運ぶと時間停止を解除する。


 ザッパーンっ!


「ぶはあああっ! 熱っ! あつっ……あ……ちょうどいい湯加減。パンツの中までびしょ濡れよ」


 そう言うとリサはスカートを捲ってみせるのだが、突如真っ赤になり肩までお湯に浸かった。


「な、なななななっ!? 見ましたか?」

「いつも頼まなくても脱ぎ出す奴が、なにを今さら恥ずかしがってんだよ」

「見たんですねっ! なんと言う羞恥っ! なんと言う屈辱っ! あぁ、リサはもうお嫁にいけましぇぇぇぇええええんっ!」


 リサは温泉から飛び出すと両手で顔を覆いながら走り去ってしまった。黒いレースのパンツを握りしめながら俺は思った。


 これ、超楽しい。


「べんりっ! つぎはちじょうにいこうっ!」

「おうっ! この能力で地上の女どもを羞恥のどん底におとしいれ……」


 ハっ! なにを……なにを言っているんだ俺は? これではまるで、人間界を侵略せんとする悪の魔王そのものではないか。時間の止まった世界があまりにも楽しすぎて危うく羽目を外しすぎてしまうところであった。


 俺はメームちゃんの頭を撫でてやると優しく微笑みかける。


「メームちゃんはすごいな。こんなとんでもない能力を使って、こんなに楽しいところで遊んでたのか」

「うん。べんりといっしょにこれてうれしい」

「俺も嬉しいよ。折角二人で遊べるようになったんだから、パンツを盗むのはこれでおしまい。もっと楽しいことをしない?」


 そう言うとメームちゃんは不思議そうな顔をして「たのしいことって?」と聞いてくる。

とりあえず下着ドロを止めさせる為にそうは言ったものの、時間の止まった世界でどうやって遊べばいいのか。


「そうだメームちゃん。確かこのダンジョンの奥深くの所に、マグマが流れている場所がこないだ発見されたよね?」

「うん。あつくてちかよれない。あそこにいけるのはどらごんくらい」

「時間が止まっていれば近寄れないかな?」


 俺の言葉にメームちゃんは、ぱぁっと笑うと俺の手を引いて駆け出すのであった。

 魔法昇降箱エレベーターを使いダンジョンの奥深くまで行くと、まるで滝のような轟音が響いてくる。

 メームちゃんが時間を停止すると先へ進んで行く、いつもならここら辺りから凄まじい熱気を感じてとても近寄れない場所であったがそれを感じない。


 奥へ進むと目の前に広がるのは真っ赤なマグマの大瀑布。とても色鮮やかで、固まっていると言うか止まっているマグマの流れが見えておもしろかった。


「これ、触っても大丈夫なのかな?」

「だいじょうぶだよ」


 いつの間にかメームちゃんはマグマの中に手を突っ込んでいた。

 なんていう強いハートの持ち主なんだ。止まっているけど触ったらめっちゃ熱い可能性もあるって考えないのだろうか。て言うかここまで近づいて熱さを感じないんだからその可能性は低いけれども。

 俺は恐る恐るマグマに触れてみる。熱くも冷たくも感じない、感触のない液体に手を浸しているような妙な気分になった。


「こんなに神秘的ですごいところだったんだね」

「うん。だいしぜんのしんぴ。めーむはこころをあらわれた。もうひとのパンツはとらない」

「そうして貰えると俺も助かるよ」


 さて、次はどうしようか。俺は視線を落としてメームちゃんのことを見るのだが、なんだかとても疲れた様子でメームちゃんはウトウトし始めていた。


「疲れちゃった?」

「うん。ねむい……」

「じゃあ戻ろうか」

「う……ん……」


 あ、やばい。

 

 そう思った瞬間、メームちゃんは眠りに落ち繋いでいた手を離してしまった。

 そして目の前が真っ暗になる。上も下も右も左もまるでわからない。何も見えない、何も聞こえない、何も感じない。


 何もない世界に突如放り込まれたような感覚になり、俺は恐ろしくなって叫び声を上げるのだが、その自分の声さえ聞こえない。


 恐ろしい恐ろしい恐ろしい。


 これが無になると言う事なのだろうか? 思考だけが残り、なにもない世界にたった一人で、こんなに恐ろしいことがあるだろうか?


 時間の止まった空間に一人取り残された俺は、どうすることもできずにただ怯えることしかできないのであった。



 つづく。

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