第百七十二話 止まった時間とパンツスティール②

 怪盗パンツスティール現るっ!


 帝都を震撼させる事件に、新聞各社の紙面には「怪盗パンツスティール」の見出しが躍り、ゴシップ誌もあることないことを騒ぎ立てる。


 街を行く女性が突然パンツだけを剥ぎ取られ、衣服は元通りにされていると言う怪事件が頻発した。服を脱がされたわけでもないのに一瞬の内に穿いているパンツだけを抜き取られてしまうのだ。

 治安維持をしている兵士や騎士団も、この怪現象に頭を悩ましている。一体誰が、なんの目的で、どのようにして、女性の下着だけを剥ぎ取るのか、まるでわからなかった。

 被害はそれだけなのだが、やはり自分の気が付かない内に下着を取られてしまうなんていい気分ではない。


 帝都の女性だけを狙った悪辣非道な犯罪者を追いかけて、オルデリミーナ達も日夜奔走していた。


「はぁぁぁぁ、まったくもって不可解な事件だ。犯人の尻尾を掴むことがまるでできない」


 コンビニにやってくると大きな溜息を吐きながら栄養ドリンクを手に取るオルデリミーナ。会計もせずに蓋を開けるとその場で一気に飲み干してまた溜息を吐く。

エミールが空き瓶を持ってレジにやってくると、困り顔で俺に尋ねてきた。


「最近ずっとあんな調子なんです。肉体の疲労よりも、精神的な疲労が大きいようで心配です」

「そ、そうか、おまえも気苦労が絶えないなエミール」


 俺はエミールから栄養ドリンクの空き瓶を受け取ると会計を済ませるのだが、はっきり言って超気まずかった。


「それもこれもあの怪盗の所為です。女性の下着ばかりを狙って、一体何が目的なのでしょうか?」


 たぶん、娯楽目的だと思う。


「さ、さぁな……。なんにしてもとんだ変態野郎だ」

「被害にあった女性の中には精神的に参ってしまって外出できなくなってしまった方もいるんですよ。本当に酷い話です」


 うわぁ……。なんか大事になってるどうしよう……。


 俺は動揺しているのを悟られまいとエミールと視線を合わせないようにするのだが、それがかえって不自然だったらしく疑いの目を向けられる。


「べんりさん。なにか知っているんですか?」

「し、知らないよ?」

「本当ですか?」


 エミールはじっと俺の顔を覗きこんでくるのだが平静を装う。たぶん装えてないけど。しばらく俺のことを睨み付けてたエミールだが、溜息を一つ零すとお願いをしてきた。


「まあいいです。べんりさんも、もし冒険者達からなにか情報を得たら騎士団に報せてくださいね」

「賞金掛けてるんだろ? 有力情報を冒険者が漏らすわけないだろ」

「なんでもいいからお願いします。きっと姫殿下も喜びますから」


 そりゃあまあ、犯人に繋がる手掛かりが見つかれば喜ぶだろうけどさ。俺はオルデリミーナの方へ向き直ると、また勝手に栄養ドリンクを飲んでいた。一日に何本も飲むと死ぬぞ。



 その夜。



「メームちゃん。ちょっとそこに座りなさい、お話があります」

「もうすわってるよ。なに?」


 バックヤードの椅子に座り週刊誌を読んでいるメームちゃんに向かって俺は、本を置くように言うと説教を始めた。


「時間を止めて、女の人のパンツを盗むのはもうやめなさい」

「なんで?」

「それは窃盗と言う立派な犯罪だからです」


 俺の言葉に、よくわからない。と言った表情で首を傾げるメームちゃん。この子ははっきり言って、善悪の境が本気でよくわかっていないことがままあるのだ。

 まあ普段は4歳児のそれなので、今回のことについてもちょっとした悪戯程度のつもりで本人は楽しんでいるだけなのだが、これだけ話しが大きくなってしまった以上、大人である俺がしっかり教育しなければならない。


「メームちゃんに面白半分でパンツを取られた人はとても悲しい気持ちになっています」

「どうして?」

「パンツを取られたからですっ!」


 なんか理由になっていないな。くそぉ、相手がメームちゃんだとどうしても甘くなってしまう。これがソフィリーナだったら問答無用で、てめえのパンツも今ここで剥ぎ取ってやろうか、被害者の気持ちを存分に味わえやおらあああっ! ってできるんだがな。


「メームちゃんは自分の知らない内にパンツを取られたらどうする?」

「めーむはもともとはいてないし」


 そう言ってスカートを捲り上げて俺に見せてくるメームちゃん。


 あら綺麗。なるほど、それなら取られる心配もないね。と言うかこの状況は非常に不味くないですか?


 その瞬間、これは本能だろうか? 俺は背後から凄まじい殺気を感じて横へと飛びのいた。振り返ると俺の居た場所の床に大きな亀裂が入っている。そして目の前には鬼の形相をしたリサが鼻血をダラダラと流しながら立っていた。


「べんり……おまえ……よもやメイちゃんに対してそんな卑猥なことをすることはないと信じていたのに、やはりおまえも世の男どもと変わりない、変態ロリコン野郎だったのかあああっ!」

「お、落ち着けリサっ! これは違うんだっ! 話せばわかる」

「わからいでかああああああっ! おまえは未成熟の果実を熟す前に摘んでしまう鬼畜外道っ! おまえには良いものを見せて貰った感謝と共に、二度とそんな不埒な考えが浮かばぬようここで私が初めてを奪ってやるううううっ!」


 なに言ってんだこいつっ!? 言ってることが支離滅裂なんだが? て言うかマジで目が怖ええええ、完璧にやばいもんやってる目だよこれ!


 叫びながら俺に飛び掛かってくるリサであったがその刹那。俺の前で空中に浮いたまま止まってしまう。


「一体……なにが起こったんだ?」


 わけがわからず呆けていると、俺は自分の右手が誰かに握られているのを感じた。


「べんり? 動けるの?」


 驚いた様子で俺のことを見上げるメームちゃんの反応に俺も驚き、そしてメームちゃんの能力の新たな使い方を知るのであった。




 つづく。

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