第百七十五話 竜殺しの異名を持つ女①

 こっぴどく叱られた。そんな破廉恥なことをしていたなんて知らなかったと、もうそれは物凄い剣幕でリリアルミールさんに怒られた。

 いつもニコニコ、ほんわかしたイメージのリリアルミールさんが鬼の形相になって、普段とのギャップとも相まってマジで怖かった。メームちゃんなんてもう恐ろしさのあまり震えながら涙と鼻水を流して、ごめんなさいごめんなさいと大号泣であった。


「もう絶対にそんな危険なことをしちゃだめですよっ!」

「うぁぁぁああんごべんなざあぃぃぃいい。あああああああん」

「はい。すいません……」


 メームちゃんはしばらくぐずっていたのだが、泣き疲れると眠ってしまった。すやすやと寝息を立てるメームちゃんの寝顔を見てリリアルミールさん優しく頬を撫でる。


「べんりさん」

「なんですか?」

「メイムノームのことを、よろしくお願いしますね」


 その言葉に俺は胸を締め付けられる。折角、時の歯車を取り出すことができたと思ったのに、また戻ってしまったと聞いた時のリリアルミールさんの落胆した表情を今でもはっきり覚えている。仕方のない事だったとはいえ、どうして自分の娘がいつまでもそんな目にあわなくてはならないのかと、その気持ちを思い量るだけで俺は申し訳ない気持ちになってしまう。

 ぽっぴんの開発した物質転移装置はもう使えない。なんでも、動かす為の燃料が超貴重なライトノヴァクリスタルとかいうものらしいのだ。ぽっぴんが言うには、幻のモンスター、クリスタルドラゴンが100年に一度吐き出す、体内で生成した胆石らしいのだが自分は元々持っていたけれど、ドラゴンがどこに生息しているかわからないのでもう二度と手に入れることは不可能であると言うのだ。

 なにかそれの代わりになるような物があればいいのだが、現状はそれに当たる物がないのだから仕方がない。


 俺はリリアルミールさんに頭を下げるとコンビニに戻るのであった。




「ただいまぁ」

「あ、おかえりなさいべんりさん。よっ、ほっ。むむぅ……これは難しいですねぇ」


 そう言うとぽっぴんは、レジ内の椅子に腰掛けてローリンから借りたスマホでゲームを続ける。俺、一週間ぶりに帰ってきたはずなんだけど反応それだけ?


 バックヤードに入って行くと昼間だってのにソフィリーナがまだ寝ていた。どうやら昨夜も徹夜で飲んでいたらしい。洗濯機が回っているのにA25とマーク2の姿が見当たらないのでその間に買い出しにでも行っているのだろう。


 なんなのこれ? 皆冷たい。全然俺のこと心配する様子もないし、探してすらいなくね? て言うか、もしかして居なくなっていたことにすら気が付いてないんじゃね? 嘘だろ? 一週間も行方不明だったんだぞ?


 扉の向こうから「糞ゲーがあああああっ!」と言うぽっぴんの叫び声が聞こえると、俺は色んな意味で泣きたくなるのであった。




 次の日の朝。俺は早起きすると出かける準備をする。着替えを終えてバックヤードから出るとA25に声をかけられた。


「べんりさんおはようございます。こんな朝早くからどちらに行かれるのですか?」

「おはようA25。ちょっと冒険者ギルドの集会所に行って来るよ」

「そんなところへなんの用事ですか?」


 怪訝顔で聞いてくるA25に俺は「情報収集だよ」とだけ言い残し、昼前には帰って来るからと言ってコンビニを後にした。


 地上へ上がるとまだ日の出前、空が薄っすらと明るくなり始め朝焼けがとても綺麗であった。

 俺は軽く伸びをして深呼吸をすると冒険者達の集う場所へと向かうのであった。



 OPEN:10:30



「くそったれがあああああっ! なんだよっ! 荒くれ共が集まる場末の飲み屋みたいなとこだと思ってたのに、24時間輩どもが飲んだくれてると思ってたのにいっ! ていうか開店遅くね? しかも16:30に閉まるのかよ? もっと働けよばかやろう!」


 集会所のドアに掛けられている板に書いてある時間を見て、俺は朝っぱらから大声で叫ぶのであった。


 仕方がないので入口横の階段で体育座りしながら待っていると誰かがやってくる。

 フードのついたローブを頭からすっぽりと被った小柄なそいつは、集会所の前までやってくると怒声をあげた。


「くそったりゃああああああっ! 屈強な冒険者達の癖になにちゃんと夜寝て朝起きてんだよっ!? 健康か? 健康ブームなのかあああっ!? て言うかせめて17時まで働けよぉぉぉぉ」


 すごい、これと同じ光景をさっき見た様な気がするよ俺は。


 その人物は頭を抱えながらドアに向かって罵声を浴びせ続けているのだが、「ちっ」と舌打ちすると振り返り俺の存在に気が付く。


「あんた。ここが開くの待ってるのかい?」

「え? えぇ、まあ」

「こんな朝早くに来て開いてるわけないだろ。馬鹿な奴だな」


 え? あなたも時間間違えて来ちゃった感じでしたよね? なに偉そうに言ってんの?


 そいつはフードを取ると俺のことを見下ろしながら偉そうに自己紹介を始めた。


「あたしはここいら辺りじゃちょいと有名な。ドラゴンハンターのルゥルゥ・ルンダ・ルンルンって言うんだ。よろしくなっ!」


 エメラルドグリーンのショートカットの髪を揺らし、ボーイッシュな感じの少女がにかっと笑うと八重歯が見えた。



「変な名前」



 つづく。

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