第百二十七話 希望と言う名の船に乗り⑤

 ソフィリーナの部屋の中へ転がり込むと、ユカリスティーネと協力してドアの前に調度品を積み重ねてバリケードを作った。

 外からドンドンと戸を叩く音が室内に響く、その度にドアが軋んでいる。

そう長くはもたないだろうと俺とユカリスティーネは目を合わせると、ソフィリーナを起こそうとするのだった。




「ほら~、ソフィリーナ~、美味しいお菓子ですよー、私が一人で食べちゃいますよー、いいでんすか~?」


 普段着のままベッドで横になっているソフィリーナ。ユカリスティーネはお菓子の袋をソフィリーナの顔の横でガサガサと鳴らしながら言うのだが、うめき声をあげるだけで効果はない。そんなことで起きるくらいなら毎朝苦労はしないぜ。


「甘いですねユカリスティーネさんっ!」

「え? まだ食べてませんよ?」

「お菓子の感想じゃねえよ」


 なんだよ、天然かよこの子。だんだん印象変わってきたぜまったく。


 よし、次は俺の番だ。こいつの起こし方はこの一年間で嫌というほど学習したからな。


 俺はユカリスティーネの前に行き口元に笑みを浮かべると、両手をワキワキと動かして見せる。ユカリスティーネはそんな俺のことを、お菓子をポリポリと食べながら不思議そうな顔をして見ていた。呑気に菓子食ってんじゃねえ。


「ユカリスティーネさん、こいつを起こすには物理的な手段が一番です。今から私がそれを実証してご覧に入れましょうっ!」


 そう言うと俺はソフィリーナの腋に手を突っ込んでこちょこちょとこしょぐり始めた。


「おらおらおらおらーっ! いつもだったらこれで起きるだろうがあっ! とっとと起きやがれこの駄女神があああああっ!」


 それをユカリスティーネは茫然としながら見つめていた。セクハラまがいのこの行為であるが、はっきり言って俺はこいつにこれをやっている時に劣情を催したことは一度もない。なぜなら大抵この技にいくまでの間に、俺の怒りは頂点に達しているからだ。

 むしろ憎さ余って二の腕の肉を抓りあげてやりたくなるが、痛くするのはかわいそうだからくすぐるだけに留めてやっているんだ。


 しばらく続けるのだが、いつもだったら飛び起きるのにまったく反応がなかった。


「おかしい……いつもだったらこれで一発なんだが……」

「べんりさん……そう言いながらお姉ちゃんのおっぱい揉んでません?」


 ユカリスティーネが疑わしい目で俺のことを睨み付けてくる。揉んでませんよ? なに言ってんですか? ちょっと触れちゃっただけで別に揉んではいないですからね?

 それにしてもやはり変だ。もしかしてこいつも魔術の影響で眠りに落ちているのかもしれない、だったらパワビタンを飲ませればすぐに起きるはずだ。

 俺はパワビタンを飲ませようとするのだが、ユカリスティーネが相変わらず俺のことをなにか疑わしい目で見てくるのでお願いすることにした。

 しかしパワビタンの瓶を口元に持って行ってもソフィリーナは寝ながら抵抗して飲んでくれない。


「お姉ちゃん、お願い口を開けて。一口でいいからこれを飲んで」

「ん~……う~ん、うぅぅぅ~」


 ちゃんと飲み下してくれないと効果がないのでなんとか口の中に含ませたいのだが、ソフィリーナはジタバタと暴れて嫌がっている。


 なんなんだよこいつ、本当は起きてんじゃねえのか?


 そしてユカリスティーネが口の中に瓶をねじ込もうとしたその瞬間。


「うっせえええええええええええっ!」


 ソフィリーナの右拳が顔面にめり込むと、ユカリスティーネは鼻血を噴水のように噴き出しながらその場に頽れた。


 うわぁぁぁ……妹のことKOしやがったこいつ、マジでありえねえわぁ。


 床に転がるパワビタンの瓶を見つめながら俺はげんなりするのであるが、そんなことをやっている間にバリケードがギシギシと軋み始めた。


「やばいっ! このままじゃあゾンビの群れが部屋に雪崩れ込んでくる。おいっソフィリーナっ! 起きろよっ! 起きて女神の力であいつらをなんとかしろよっ!」


 身体を揺さぶるのだが当然起きない。ちきしょう、どうする? どうすればいいっ!?


 木製のドアがバキバキと音を立てて開き始めている、蝶番が壊れたのだろう。もっと大きな家具でバリケードをと思うのだが俺一人の力じゃ無理だ。


 くそっ、くそっ、こうなったら、あれをやるしかないっ!


 俺は覚悟を決めると床に転がっているパワビタンの瓶を拾い上げて中を覗き込む。


「こんだけか……」


 そう呟いて、俺はそのパワビタンを自分の口に含んだ。





 大きな音を立てて崩れるバリケード、ドアが内側へ倒れるとゾンビ共がわらわらと中へ雪崩れ込んできた。



「よくも……よくも私のかわいい妹をこんな姿にしてくれたわね……」



 両腕でユカリスティーネを抱えてベッドの上に立ちゾンビ達を見下ろすソフィリーナ。意外に力あるんだなこいつ、お姫様抱っこって結構できないもんだからな。


 ソフィリーナはベッドから降りてユカリスティーネを俺に預けると、ゆっくりとゾンビ達の前へと歩み出る。


「亡者共よ。すぐにその苦しみから解放してあげるわ。ゴッデス・スパークリング・ラブシャインっ!!」


 ソフィリーナの身体から眩い光が溢れる。その神々しさに俺はつい見惚れてしまった。

 ゾンビ達はその光を浴びると邪気が抜けたのか、まるで糸の切れた操り人形の様にその場に頽れるのであった。




 つづく。

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