第百二十八話 希望と言う名の船に乗り⑥
ソフィリーナは荷物の中からパワビタンを取り出すと気を失っているユカリスティーネに飲ませる。すぐに意識を取り戻したユカリスティーネはしばらく呆けていたのだが、事態を飲み込むとソフィリーナに抱きつくのであった。
「おねえちゃああああああああんっ! うぁぁぁあああああん」
「よしよし。怖かったわねユカリス、もう大丈夫よ。お姉ちゃんが傍にいるからもう心配ないわ」
泣きじゃくるユカリスティーネの背中を擦り、頭を撫でてやるソフィリーナ。
やっぱり姉妹なんだな。しっかりしている様に見えて姉には甘えたいユカリスティーネ。ここぞと言う時には頼りになる、そして妹のことを優しく包んであげるソフィリーナ。良い姉妹じゃないか。そう思うのだが。
「お姉ちゃん、おねえちゃ……ソフィリーナ……あんたの所為でとんでもない目にあったわ。いえ、現在進行形であってるところよ」
「え? なに? ユカリス? ちょっと……いだだだだだだっ!」
ユカリスティーネはソフィリーナの腰に両手を回すとギリギリと締め上げて鯖折りを喰らわせる。
「ちょっ! ユカリス、タンマっ! ギブギブギブウウウウっ!」
「うるさいこの馬鹿ソフィ! 駄女神っ! あんたが馬鹿なこと仕出かした所為で私までこんな異世界に飛ばされたんだからねっ! あんなうだつのあがらなそうな男の面倒まで見させられて、あいついっつも私のことエロい目で嘗め回す様に見てきてキモかったんだから!」
え? 内心そんなこと思ってたの? ひどいっ!
もうソフィリーナには聞こえていない。ユカリスティーネの背中をタップしていた手もいつの間にかぐでんと垂れ下がり、泡を吹きながら気を失っているのであった。
「先ほどは取り乱して心にもないことを言ってしまい、本当にすいませんでした」
深々と頭を下げて謝るユカリスティーネであるが、あれが本性なんだろうなと思うとそんな姿でさえも醒めた目で見てしまう俺であった。
「あーべつにいいですよべつにーきにしてないですからー」
「ちょっとべんりさんっ! ちゃんとこっちを見て話してくださいっ! なんか台詞が棒ですよ? もっと感情を籠めて、ねえっ? 聞いているんですか? 置いてかないでくださいいいいっ!」
再びパワビタンで回復したソフィリーナと俺は、床に唾を吐くとユカリスティーネのことは無視して他の奴らを起こしに向かうのであった。
「ところでべんりくん? ユカリスの説明を聞く限り、どうやって私にパワビタンを飲ませたの?」
「あっ! それは私も気になってました」
ソフィリーナが怪訝顔で聞いてくる横で興味津々なユカリスティーネ、まああんだけやってぶん殴られて気を失ったんだから、俺の使ったトリックを知りたいっちゃ知りたいだろうが。
「あー……まあ、企業秘密だ」
「なによそれー、変なことしてないでしょうね?」
変な事ではないと思うけど。まあなんにしてもバレたら殺されるかもしれないので絶対に言えない。俺は適当に誤魔化すと早くローリン達と合流するように二人に言う。二人は不満気な顔をするのだが、ソフィリーナが唇を指でなぞって一瞬笑ったような気がしたのはまあ気のせいだろう。
ローリンの部屋は同じフロアの少し離れた角部屋にある。ソフィリーナが魔術で操られた乗客や船員達は全員浄化したのでこのフロアはほぼ安全だろう。
「女神であるこの私に黒魔術で挑もうだなんていい度胸じゃないっ!」
珍しく活躍できたもんだから上機嫌のソフィリーナ。まあ確かに今回ばかりは役に立っているし心強くも感じている。
しかし、敵の正体がわからない以上油断はできない。というかやっぱり俺達が狙いなんだよな? と言う事は、黒幕はティアラちゃん? ぽっぴんに会いに来いって言っておきながらこんな妨害をするなんてまったくもって意味不明だ。
すると、上から爆発音の様な大きな音が鳴り響き、ズズンと船体に響くとゆらゆらと揺れた。
「じ、地震ですか?」
「いやいや、海の上ですから。それにしても、なにかが爆発しような感じでした。確認しに行った方がいいかもしれません」
俺は手すりから身を乗り出して上を見上げるのだがよくわからない。
そんな俺を見て不安な表情をするユカリスティーネ。危険かもしれないが今この船上で正常なのは俺達しか居ないかもしれないのだ。もし万が一船体にダメージがあり、それこそ転覆するようなものであったら、まあそんなことになっていたら俺らが行ったところでなにもできないだろうけれど。とにかく何があったのかこの目で確かめる必要がある。
ローリンを起こすのは後回しにして俺達はデッキへ向かうことにした。
デッキに駆け上がるとなにか爆発があったような形跡はあるものの、船体にはそれほど深いダメージもないようなので一安心、辺りを見回していると背後から声をかけられた。
「べんりか? どうやら無事のようだな」
振り返るとそこには月明りに照らされたメームちゃん、と言うかメイムノームの姿があった。
「メームちゃん、ここでなにして……!?」
メイムノームの右手に提げられている人の頭のようなものに俺は気がつき絶句する。
「魔王の娘である我を黒魔術で操ろうなどとはいい度胸ではあるが相手が悪かったな」
そう言いながら頭を放り投げるのだがそれは、夕飯の時に会ったエルフの一人であった。
よく見ると剥がれ落ちた皮膚と、首の切り口から機械のようなものが見えている。
「これは……」
「あの時ティアラが連れていた黒ずくめの二人組と似たようなカラクリ人形だな。こんな
メームちゃんは不快感を露わにすると小さく舌打ちした。
もう一人はメームちゃんの一撃で完全に消滅したらしい。それにしてもたった一人で敵を見つけ出して戦い、勝利しているなんて、流石メームちゃんだと俺とユカリスティーネは感心するのだが。
「むぅぅぅぅうううううう。むううううううううううううううううっ!」
ソフィリーナはなんだか頬を膨らませて、涙目になりながら悔しそうにしているのであった。
つづく。
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