第百十四話 ロングウェイ・マイホーム⑤

 俺の顔を見ながらきょとんしているソフィリーナ。なにを言われたのか理解していない様子だったのだが、すぐに険しい表情になり俺を睨みつけて言い返してきた。


「なにそれ、なんかの嫌味? 異世界に転生させてくれてどうもありがとうって、おかげで人生が無茶苦茶になったとでも言いたいわけ?」

「おまえどんだけひねくれてんだよ。普通に感謝の言葉だよ」


 俺は素直に言ったつもりなのだが、ソフィリーナにとっては馬鹿にされたと思ったらしい。まあ普段からこいつに文句を言う時は、おまえの所為で皆がとばっちりを受けたって非難しているからな、急にありがとうとか言われても困惑するのは当然と言えば当然か。


「もういいわよ……放っておいてよわたしの事なんか……」


 そう言うとソフィリーナは立ち去ろうとするのだが、俺は手を掴んでそれを止める。


「待てよ。ちゃんと最後まで聞けよ」

「なにを聞けってのよ……」

「だから、俺がおまえに感謝してるってことをだな」

「いいかげんにしてよっ! そんなわけないじゃないっ!」


 ソフィリーナは俺の手を振り解くと、こちらを向いて声を荒げる。


「わたしの事を恨んでるんでしょ!? 本当は憎くてしょうがないんでしょっ! 普段は態度には見せないけど、あんたもローリンも、自分の生活を無茶苦茶にしたわたしのことが、憎くて憎くてしょうがないんでしょっ! そうに決まってるっ!! だからわたしは……居られるわけないじゃない……平気な顔してあんた達と一緒に居ることなんて、わたしには耐えられない」


 いやいやいや。今までの生活態度からは微塵もそんなのは感じられなかったんですが? 本当に申し訳ないって思ってるんだったら真面目に働いて見せるもんなんじゃないの? おまえ、明らかにこっちの世界に来てから楽しようとばっかりしてたじゃねえかよ。


 まあいい。それを言いだしたらキリがないからな。今日はそんなことを言いに来たんじゃない。


「まあなんつうか、おまえが俺達と一緒に居るのがつらいって気持ちはわからなくもないが、俺もローリンもおまえを恨んでいるなんてことはない。それだけは本当だ」


 ソフィリーナは俯いたまま黙って俺の話を聞いている。


「そりゃ、遊んでばっかで店を手伝わないことにはムカついてるけど、それは別におまえの所為で異世界転移させられたこととは関係ないだろ?」


 俺はゆっくりとソフィリーナの頭の上に手をポンっと乗せると微笑んで見せた。


「おまえがコンビニを出て行ってからさ、なんだか急につまらなくなった」


 その言葉にソフィリーナは驚きの表情を見せて顔を上げる。俺は再びベンチに座ると自嘲気味に笑い話を続けた。


「あれからぽっぴんともギクシャクし始めて、あいつ今はコンビニ休んでローリンちに居るんだぜ。そんでもって、なんだか俺もやる気がでねーもんだから、店もほとんど休業してる状態だ」

「え? なんでよ?」

「なんでだろーな? なんかあっちの世界で一人で夜勤をやらされてた頃と同じ気持ちになってさ。結局、おまえが居なくなったら、バラバラになっちゃったよ俺達」

「それって……そんな、どうせそうやってわたしのことを煽てて、二人と仲直りしようとしてるだけでしょ」


 ソフィリーナは上目遣いでこちらを見ながら、なにやら期待しているような視線を送ってくる。まったくもってわかりやすい奴だ。こいつってこんなにも他人に甘えてくる感じだったっけ? まあいいや。


「おまえに感謝してるってのは、この異世界に来ることによって俺はやっとまともな人生を送れてんじゃないかなって思ったから。毎日毎日死んだように暮らしていたあの頃と違って、俺はお前達のおかげでようやくちゃんと生きてるって実感を持てるようになったんだ。だから、ありがとうソフィリーナ、この異世界に連れてきてくれて。ありがとう、俺達と一緒に居てくれて」


 我ながら恥ずかしい事を言っている。おそらく顔も真っ赤になっていることだろう。だけど、俺が言い終るよりも先にソフィリーナは涙をポロポロと流し始めていた。

 そして、大声を出しながらまるで子供のように泣くのであった。


「うあ~ん。うあ~ん。ばかあああああっ! なんでそんなことを今頃言うのよっ! サボってもいいんだったら最初からこんなことしなかったのに! うあ~んっ!」


 いや、サボってもいいなんて言ってねえからな。そこは反省してちゃんと働けよ。

 こいつなんもわかってねえな。俺のあの感動的な言葉を、サボってても文句は言わねえよって解釈しやがった。


「ふえ~ん。もっと普段からそうやって感謝の気持ちを態度で示してくれてれば。なによこれ、わたし家出損じゃない! 毎日あのババアに怒られながら働いて、一人ぼっちの家に帰って寂しい思いしてたのが無駄じゃないのよばかぁぁぁぁああああっ!」


 あー、なんだろう。やっぱこいつ帰ってこなくていいやマジで。


 そう思っていると噴水の向こうから歩いてくる人物が二人。その一人がこちらに手を振りながら声を上げた。


「やっぱりこんな所に居やがりましたよ。お~い、駄女神に底辺バイトー」


 手を振るぽっぴんの横にはローリンがいた。二人は俺達の所までやって来ると、ローリンはなんだかホッとしたような表情で言う。


「よかった。本当に居た」

「なんだよ? 本当にって?」

「いえ、姫殿下に聞いてべんりくんがソフィリーナさんの様子を見に行ったというものだから、心配で私達もお店に行ったんですけど。どうもソフィリーナさんが姿をくらましたらしいって言うし、店内にべんりくんの姿もなかったので探してたんです」

「へー、よく見つけられたな」


 俺が感心していると、ぽっぴんが胸を張りドヤ顔で言う。


「あったりまえだのクラッカーです。仕事先から逃げ出した奴が行き着く場所なんて、大抵公園のベンチかブランコですからねっ!」


 なんで俺とまったく同じ推理をしてるんだよこいつは?


 俺がげんなりしていると。ローリンがニコニコしながら俺達に告げる。


「仲直りできたんですね?」

「な! べ、べつに、べんりくんがわたしの存在意義にようやく気が付いたようだから許してあげただけよっ!」


 その言葉に顔を真っ赤にしながらソフィリーナは言い返す。なんで上から目線なんだよ。

 それでもローリンは笑顔のままで嬉しそうにしていた。


 俺もなんとなくそんなローリンにつられて笑いだすと他の二人も笑いだす。


 平日の昼下がりの公園、四人の男女がわけもなく、涙がでるくらいまで人目も憚らず笑い続けるのであった。



 そして……。




「おいソフィリーナっ! いつまで寝てんだよっ、開店準備手伝えよっ! ぽっぴんはちゃんと起きて手伝ってんだぞっ!」


 俺はバックヤード奥の寝室に行くとソフィリーナを叩き起こす。


「ん~……うっさいわねぇ……あと五分……くかー」


 そう言うと再び鼾をかき二度寝するソフィリーナ。俺が毛布をひっぺがし両足首を掴んで外へと引き摺って行こうとすると、ようやく目を覚ましたソフィリーナはジタバタと暴れながら文句を言う。


「なによっ! わたしはわたしの役割をちゃんと果たしてるでしょっ!」

「はあっ!? なんだよおまえの役割って、おめえなんもやってねえじゃねえかっ!」


 相変わらず毎日の様に飲んで帰ってきては、ゴロゴロとしているだけの駄女神であったのだが、ソフィリーナは顎に手を当てながらニヤリと笑うとしたり顔で言う。


「ムードメーカーよ!」


 こいつ……。マジでなんも反省してねえ。



 俺はそのままソフィリーナを外まで引き摺り出すと泣いて謝るまでジャイアントスイングするのであった。



 めでたしめでたし。

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