第百十三話 ロングウェイ・マイホーム④
ガシャーンっ!!
「失礼しましたーっ!」
ホールの奥でなにかが割れる音が鳴り響くと直後謝罪の言葉が聞こえる。
まあレストランなんかではよく見る光景ではある。空いた食器を下げようとしてうっかり落としてしまったのだろうと思うのだが、その粗相をやらかしたのが何を隠そうソフィリーナだってんだから嫌な予感がしてしまう。
しばらくすると、今度は別のテーブルで客が怒声をあげている。どうやらミスオーダーをしたらしい。そしてそれは、やっぱりソフィリーナであった。
しばらく観察を続けるのだが、10~15分置きにあいつはなにかをやらかして、客やオーナーに叱られていた。
「またあんたかいっ! いい加減にしてくれないかねえっ! もうここはいいから中で皿洗いでもしてなあっ!」
「はい……すいません」
がっくりと肩を落としてトボトボと厨房へと入っていくソフィリーナであったが、しばらくすると奥から皿の割れる音と怒声が響いてくるのであった。
まさか、あいつがあんなに不器用な奴だったとは思いもよらなかった。
はっきり言って使えないなんていうレベルではない。あれじゃあもう他の従業員の足を引っ張るどころか、そこらじゅうに災害を振り撒いているようなもんだ。
そんな空気を察したのか、魔族組のテーブルにもあれ以降なんの動きはなく、さっさと食事を終えると会計を済ませて店から出て行ってしまった。
わかる、わかるぞぉぉぉ。見ていられなかったんだな。とても居た堪れない気持ちになったんだなぁぁぁぁ。
あの生意気で傲慢で怠惰でその癖偉そうなソフィリーナが、誰かにあんなに叱られて頭を下げてしょぼくれながら働いている姿なんて、ざまあみろと思うどころかなんだか可哀相になってきてしまっている俺が居る。
いかんいかんいかん。本当はあいつを連れ戻そうと思ってやってきたのだが、それでは駄目なような気がしてきた。
あいつは今、自ら変わろうと、自分自身を変えようと足掻きもがいているんだ。
辛いかもしれない、苦しいかもしれない、けれどそれに立ち向かい今までの駄目な自分を壊そうと、本気で社会復帰しようと必死で頑張っているんだ。
そんなあいつに憐みの眼を向けて救いの手を差し伸べる行為は、逆にあいつを、あいつのそんな決意を貶めることに他ならないんじゃないのか?
ならば今の俺にできることは、あいつの働きっぷりを最後まで見届けることだと、そう思った
二時間後。
「オーナー。新人のソフィリーナさんが休憩から戻ってこないんですけど?」
「あぁん? 休憩室に呼びに行きなさいよ」
「それが店中探したんですけど、どこにも居なくて」
あんの馬鹿やろうぉぉぉおおおおおおおっ! また逃げやがったなああああああっ!
俺はすぐに会計を済ませると店を飛び出すのであった。
飛び出したのはいいがどこを探せばいい? こんな真昼間から飲み屋はやっていないしローリンのところには行き辛いだろうから避けるだろう。あとは、オルデリミーナとエミールだが、今は騎士団の仕事をしているだろうし、そうするとどこにも行く当てはない。
だとすれば……。
俺はある予感を確信すると走り出すのであった。
「どうしてここに居るってわかったの?」
「仕事が、ハァっハァっ、嫌になって、逃げだしたサラリーマンの行く場所なんて。ハァっ、ハアっ……公園のベンチって、相場は決まっているからな」
噴水公園まで走ってきた俺は、息を切らしベンチに腰掛けるソフィリーナの前で膝に手を突きながら途切れ途切れに話す。
「なにそれ……そんで、また逃げ出したって笑いにでもきたわけ?」
ソフィリーナは俯きながら俺の顔を見ようとはしない。俺は白い息を吐きながらソフィリーナの横に座る。
「寒くなってきたなぁ」
「もうすぐ、冬だからね……」
「そっか……そしたらもうすぐ一年だな」
「?」
ソフィリーナはよくわかっていないのだろうか? 顔を上げて俺の方を見るのだが、不思議そうな顔をしている。
「もうすぐ、俺達がこっちの世界に来てからもうすぐ一年になるってことだよ」
「そうだっけ?」
「そうだよ、大体おまえが他の女神達と新年会の帰りに時の歯車を失くしたのが原因だろうが」
「そう……だったね」
ソフィリーナは苦笑するとまた俯いて黙り込んでしまった。俺もなにを言っていいのかわからず、二人して暫く黙り込んでいた。
木枯らしが吹き抜けると枯葉が舞い、俺は肩を少し震わせた。
すると、ソフィリーナが小さな声でぽつりと零す。
「ごめん……」
俺はなにも答えない。ただ黙って、じっとソフィリーナの横に座り続ける。
「ごめんね……、そうよ、全部わたしの所為。ローリンが向こうでは死んでしまってこっちの世界に飛ばされて、一年間も一人ぼっちで辛い思いをしてきたのも。べんりくんがこの異世界で慣れない生活を送ることになって、自由な生活を奪って、わたしみたいな駄目な女神を養わなくちゃいけなくなったのも、それもこれも全部わたしの所為よっ!」
ソフィリーナは両手で顔を覆うと涙声で捲し立てた。
「全部、全部わたしの所為だから、だから……」
「だから……」
俺はソフィリーナの言葉にそっと付け加えるように続けた。
「だから、ありがとう。ソフィリーナ」
つづく。
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