第百十二話 ロングウェイ・マイホーム③

 そこはごくごく一般的なレストランであった。


 ただ一つ違うのは、この帝都には亜人や魔族なんかを毛嫌いする店舗が多い中、来る者は拒まず、それがたとえモンスターだったとしても金さえ払えばお客様という変わった店であると言う事だけ。まあそんな店でなければ流れ者の(ということになっている)ソフィリーナをそう簡単には雇ってはくれないだろう。


 俺は外から店内を確かめると、なるべく目立たないように店の中へ入って行った。


「いらっしゃいませ~。何名様ですかぁ?」


 出迎えてくれたのは獣耳の生えた獣人の女の子。顔立ちも犬っぽい感じで毛もモフモフ、そんな子がウェイトレスの恰好をしているんだから、はっきり言って超かわいい。


「あ、一人です」

「お煙草は吸われますかぁ?」


 この店分煙してるのか、意外だな。俺は首を横に振ると禁煙席の方へと案内された。

 店内を見渡すと昼時と言う事もあり、そこそこに席は埋まっていた。店員達はひっきりなしに食事を運び、空いたお皿を下げ、オーダーを取りに客席を行き来していて忙しそうだ。

 そこで俺はあるテーブル席に座る三人組に気が付いた。


 なんであいつらがいるんだよ……?


 それはメームちゃんにリリアルミールさんにリサの三人であった。


「メイちゃんはどれがいいかなぁ? ママはハンバーグにしようかしらぁ」

「おにくはこないだたべたから、きょうはぱすたがいい」

「メイちゃんがパスタならわたくし、リサもパスタにしますっ!」


 くっそぉ! こういう時に限ってあいつらに遭遇するなんて、気が付かれたら絶対に面倒なことになるに決まっている。


 俺はなるべく目立たたないようテーブルに伏せて身を縮ますのだが、かえって目立っていることには気が付かないのであった。

 しばらくして店員が水とおしぼりを持って来たので、適当に注文を済ますと俺は辺りを見回してソフィリーナの姿を探すのだが見つからない。ホールではなくてキッチンの方を任されているのかな? と思っていると、魔王三人組の席に動きがあった。


 リサが手を上げて呼ぶと、そこに駆けつけたスタッフを見て俺は口に含んでいた水を噴き出す。


 よりによってなんでそこに行くんだよ馬鹿ぁぁぁぁ。


 ウェイトレスの制服に身を包んだソフィリーナの姿を見て、ニコニコしているリリアルミールさんに怪訝顔をするリサ。そして、メームちゃんはと言うとなにやらほくそ笑んでいる。あれは完全に悪いことを考えている顔だ。まずいぞぉ、非常にまずいぞぉぉぉぉおおおっ!


「い、いらっしゃいませ。ご、ご注文は?」

「あらあらあらぁ? ソフィちゃん。かわいいわねぇその服。え~、ここで働いてるのぉ?」

「ま、まあ、今週からですけど」


 わざとらしく驚いて見せるリリアルミールさん。いや、あの人の反応はあれで素なのだろう。


「コンビニはどうされたのですか? べんり殿からはなにも聞いていませんが」

「や、辞めたのよ。いい加減あいつのお世話になるのもあれだから、その……自立しようと思ったのよ」


 リサの問い掛けにしどろもどろになりながら嘘を吐くソフィリーナ。喧嘩して家出をしたとはやはり言いづらいのであろうか。どうせすぐにバレるのにな。


 この二人はいいんだ。別に悪意はないだろうから。問題はもう一人。


「そんなことより、注文いいかしら? 店員さぁん?」


 こいつだああああっ!


 いつの間にか美女バージョンに変わっているメームちゃん、もといメイムノーム。

 メイムノームはいやらしい笑みを口元に浮かべると、注文するメニューを超早口で読み上げる。


「牛120%シェフのおすすめカロデラン風デミトロハンバーグとムームーエビとミールル貝のボルゴランスパゲティに大オオランゴライカのイカスミオポッチョペスタスパゲティ、ハンバーグにはパンをつけて、あとドリンクバーを三つ」


 なにを言っているのかさっぱりわからない。復活の呪文みたいなメニューを澱みなく注文し終えるメイムノームであったが、ソフィリーナも覚えきれなかったらしくもう一度聞き返す。


「も、もう一度いいかしら?」

「ちょっと、客に向かってなぁにその聞き方? いくら知り合いでもちゃんとわきまえなさい」


 うわぁぁぁぁ。メームちゃんひでぇ、これは完全におもちゃにされてるぞソフィリーナ。


「も、申し訳ございません。も、もう一度、ご注文をよろしいでしょうか?」


 顔を引き攣らせながらそう言うのだが、メイムノームは更にそこに突っ込む。


「なぁにぃ? その接客態度」

「もう一度、ご注文をよろしいでしょうかぁ?」


 その指摘にソフィリーナは満面の笑顔で再度注文を取り直すと、こめかみをピクピクとさせながらオーダーを通しに行くのであった。


「もう、メイちゃん。あんまりソフィちゃんをいじめちゃかわいそうでしょ」

「あいつはあれくらいで丁度いい。大方ここで働いているのも、べんりと喧嘩してコンビニを飛び出したのだろう。普段からあいつはサボってばかりだったからな、接客の厳しさというものを我が教えてやっているのだ」


 流石メームちゃん。見ている所はちゃんと見ているんだなぁ。



 そんなやりとりを余所に、メームちゃんが飲み途中のお水をこっそりリサが自分の物と変えようとしているのだが、バレて顔面を思いっきり殴られるのであった。



 つづく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る