第百十一話 ロングウェイ・マイホーム②

「おいぽっぴんっ! 菓子の品出しは?」

「あ……ごめんなさい、忘れてました」

「やれって言ったことはちゃんとやっとけよっ!」

「ごめんなさい……」


 俺が声を荒げるとぽっぴんは肩をビクッと震わせてバックヤードにストックを取りに行く。


「なんだか最近べんりさん……怖いです」



 去り際にそう呟いたぽっぴんの言葉が耳から離れなかった。



 ソフィリーナがここを出て行ってから一週間、あれ以来顔を合わせてはいない。俺は何故だか苛立ち毎日ピリピリしていた。

 その所為でぽっぴんとの関係も次第にギクシャクし始めているような気がした。

 結局ローリンが気を使って一時的にぽっぴんのことは預かると言い、そのままローリンの家に住むことになった。


「私達みんな、少し距離を置いた方がいいのかもしれませんね。近すぎると、望まなくても嫌な所が見えてしまうものです。ソフィリーナさんの件はいい機会だったのかもしれません。少し時間を置いて自分のことを見つめ直せば、また前みたいな関係に戻れますよ」


 そう言うローリンも、しばらくは騎士としての職務に集中したいと言うのでコンビニバイトは休暇を取ることとなった。



 この異世界に来てから十一か月、ずっと一緒に居た俺達四人はソフィリーナの存在を欠いたことによりバラバラになってしまった。



 俺はと言うと、なんだか店を開ける気にもならずに店内でずっとゴロゴロしていた。

 気持ちが切れてしまったのかもしれない。なんだかんだでこの異世界に来て慣れない生活を送っている間、ずっと気が張っていたんだろうな。


 それもこれも全部ソフィリーナの所為だ。


 あいつが時の歯車を失くした所為で……その所為で、俺は今こんな異世界で一人ぼっちになってしまった。


「あの馬鹿が……どこでなにやってんだ……」


 俺は空になった缶ビールを壁に投げつけるのだが。カランカランと音を鳴らし床を転がる音だけがただ虚しく響くのであった。



 しばらくすると、店のドアをコンコンとノックする音が聞こえる。体は横にしたままそちらを向くと、自動ドアの向こうに見えたのはオルデリミーナとエミールの姿であった。




「まったく、こんな真昼間から店も開けずに酒を飲んでゴロゴロしているとは、あまり関心しないな」


 呆れ顔で俺のことを説教しはじめるオルデリミーナ、その横でエミールも心配そうな表情を見せている。

 今は起き上がりテーブルを挟んで椅子に座るのだが、俺が気のない返事をするとオルデリミーナは大きな溜息を吐いた。


「はぁぁぁぁ、事情はローリンから聞いてはいるが、こんな腑抜けになっているとは正直がっかりしたぞべんり」

「姫殿下。そんな言い方されたらべんりさんがかわいそうです」

「ジュ・リ・ア・だ」

「はぃぃぃ、ジュリアだんちょぉぉぉ」


 この二人は相変わらずだな。子供の頃からずっと一緒だと聞いたけれど、そんなに一緒にいて喧嘩したりしないのだろうか?


「おまえらって喧嘩とかしないの?」


 まあ、幼馴染と言っても片や皇女殿下、片や貴族の娘だもんな。主従関係がしっかりしているからそんなことはないんだろう。質問しておきながらそんなことを思うのだが返ってきた答えは意外なものだった。


「しないわけがないだろう、いや、むしろしょっちゅうだ。こう見えてエミールは頑固なところがあってな。私がこんな性格だからその度によく衝突している。でも、最終的に折れるのは私の方なんだがな」


 そう言いながら苦笑するオルデリミーナであったが、エミールの方を向くと照れくさそうに笑った。

 エミールも困ったような様子なのだが、なんだか嬉しそうにも見える。


「へぇ、意外だな。エミールがオルデリミーナに逆らう事なんてあるんだ」

「もちろんですよ。いくら姫でん……ジュリアの言う事であっても納得できないことはできません。でもそれはお互いの信頼関係があってこその事です。私がそんな我儘を言える相手なんて、ジュリアしか居ませんから」


 自信満々にそう答えるエミール。本人を前に堂々と我儘を言うって、言い切れることがすごいわ。


 我儘を言える相手……か。


 そんな相手、俺には居ただろうか? 少なくともあっちの世界に居た頃には居なかった。

 いや、作ろうとしなかったのかもしれない。毎日毎日死んだように生きて、人との関わり合いなんてただ煩わしいだけだった。

 別にそれでもよかった。それでも生きていけたからだ。

 誰かと積極的に関わっていなくても、現代の日本では生きていくことができる。贅沢さえしなければ、毎日三食にありつけて雨露を凌げる寝床も手に入れて、そうやって一人、生きていくことはできるんだ。


 でもそれは、本当に生きていると言えるのだろうか?


 俺は、あっちの世界に居る時、本当に生きていたと胸を張って言えるのだろうか?


 もうとっくに、俺は死んでいたのかもしれない。それは肉体がではなく心がだ。

 煩わしい人間関係は極力避けて、一日の内に言葉を発するのは、客が来店した時とレジ打ちの時、入れ替えのバイトと数分間だけ引き継ぎをする時くらいだった。


 そんな俺が、こっちに来てから自分でも驚くくらいに変わったと思う。それまでは客に対しては、無駄な愛想なんて必要ないと思っていた。無味乾燥、感情は込めずに機械的に接するようにしてきた。でも、今では常連の客と憎まれ口を叩きあいながら商売をしている。


 色んな人達とこうやって関わって、毎日を楽しく……。


「そっか……俺はやっぱ、あいつらとの生活が楽しかったんだな」


 俺が呟くとオルデリミーナは立ち上がり右手を前に突き出した。その手には一枚のメモ帳が握られていた。


「ここに、ソフィリーナ殿の勤め先が書いてある。べんり、いつまでも不貞腐れていないで本音で話してみろ。きっと……いや必ず、おまえの思いは彼女に届くはずだ」


 俺はそのメモを受け取るとゆっくりと立ち上がり、そして駆け出した。


「ありがとうっ! オルデリミーナ、エミールっ! 俺、ちゃんとあいつと話してみるよっ!!」



 そうだ、俺はまだあいつにちゃんと言っていないことがあったんだ。

 ちゃんと、面と向かって、そのことを直接あいつに言わなければならないんだ。

 そして、それを伝えてから改めて言おうっ!



 戻ってきてちゃんと働けと。




 つづく。

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