第百十話 ロングウェイ・マイホーム①
その日、女神が家出をした。
「べんりさん、もう許してあげましょうよ」
「いいや、あいつがちゃんと謝らない限り俺は絶対に許さない」
困り顔で俺のことを宥めるぽっぴんであるが、俺はあの駄女神のことを許すつもりはない。
毎晩飲んだくれて帰ってきては店の手伝いもせずに昼間は寝てばかり、挙句の果てにお小遣いがなくなると商品の酒にまで手をつけるソフィリーナに俺の堪忍袋も限界であった。
最初に甘い顔をしたのがいけなかった。それほど店が忙しいと言う事もないし、ちょっとくらい遊んでいてもその分後でちゃんと働いてくれればいいと、あまり口うるさく言わなかった結果がこれだ。
あいつはどんどん自堕落な生活を送るようになり。俺とぽっぴんが朝、開店の準備を始めていてもバックヤードから出てこないで、自分の寝床ですやすやと気持ち良さそうに寝ていることを繰り返した。
それは次第にエスカレートしていって、午後になって交代の時間になってもどこかへ雲隠れしてしまうことが多くなり、その分の穴埋めは俺やローリンがするようになった。
ぽっぴんもたまにプリンを盗んだりサボったりはするのだが、注意をすれば反省した態度を示し、しばらくは真面目に働く素振りは見せる。しかしソフィリーナは注意をしようとするとすぐに逃げ出すのだ。そして俺が、もういいやと根負けするまで決して謝ろうとはしない。
このままでは良くないっ!
親しき仲にも礼儀ありだ。俺らはあいつの保護者ではないのだから養う義理なんてない。しかしだからと言って、もうお前のことなど知ったことかと見放すようなこともできない。情が先に立ってしまう。
けどそうやって甘やかして、このままあいつの好き勝手にやらせていてはあいつの為にもならない。この異世界では皆で力を合わせていかなければ生き残るのは難しい、謂わば俺達は運命共同体なのだ。このコンビニでこれからも共同生活を送りたいと言うのであれば、しっかりと役割分担をするべきであり、自分に与えられた仕事はこなさなければならないのだ。
とまあ、そう言った旨の事を伝えたところ。
「あっそ。そこまで言うならこっちから出て行ってやるわああああああっ!」
と、逆切れして飛び出して行ったのである。
「俺はなにか間違ったことを言ったかね? 大賢者ぽっぴん」
「いえ……その、概ね正しいとは思います……」
「そうだろう、大賢者よ」
「なんか……ごめんなさい」
それから3日後。
「べんりさん。ソフィリーナさんのこと探しに行かなくていいんですか?」
「いいんだよ別に、ガキじゃねえんだから。飽きたら自分から戻ってくるだろ」
「でもぉ……」
心配そうにするぽっぴんであったが、ここで俺の方から折れてしまったらまた同じことの繰り返しである。ここはじっと我慢が、あいつの為にもなるってもんだ。
それにしてもおかしい。これまでだったら1日くらいでケロリとして帰ってきたはずなのに、もう3日間もソフィリーナは戻ってこなかった。
まあ聞くところによると、1日目は徹夜で飲み明かして飲み友達の家に泊まったらしい。そんでもって2日目はローリンちだ。そりゃそうだ、あいつの行く当てなんてたかが知れている。今日もどうせ行くところなんてないんだから、そのままローリンちかマリーさんち、或いはエミールのところ辺りにでも行くのだろう。
そう高を括っていたのだが、昼過ぎになるとソフィリーナが何食わぬ顔で店に戻って来た。
ほらな、やっぱり自分の寝床が恋しくなって戻ってきやがった。まあ今回はがんばったほうではあるがな。3日も経てば俺の機嫌も直っているとでも思ったんだろう? そうは問屋が卸さないぜ、今回ばかりは俺も心を鬼にして冷たく接してやる。
「なにしに戻って来たんだよ。威勢よく飛び出して行ったくせに、もう根を上げたのか? まあちゃんと謝るなら許してやらなくもないけどな」
そう言うとソフィリーナは俺のことを横目で見て鼻で笑いながら言う。
「なにしにって? 荷物を取りに来たのよ。わたし引っ越すことにしたから」
え? 今なんて言った?
そう言うと後から引っ越し業者のお兄さん達がゾロゾロと入ってきて、バックヤードにあるソフィリーナの私物をダンボールに手際よく詰め込むと地上へと運び出していった。
「お、おまえ、引っ越すってどこに?」
「べつにどこでもいいでしょ。もう部屋も決めてきたし、コンビニバイトも辞める」
何考えてやがるんだこいつ、ここを辞めてどうやって食っていくつもりなんだ? まあしばらくは飲み屋で誰かにたかって生活するんだろうけどそれにも限界がある。どこかで働くにしてもこいつがまともに働けるなんて思えないし。
「おまえ、わかってんのか? どうやって生活していくつもりなんだよ? 家賃は? 食費は? 生活費はどうやって稼ぐつもりなんだよ!?」
「働くに決まってんじゃない」
「いやいやいや、おまえ、そんなのできるわけ」
そう言うとソフィリーナは俺のことをキッと睨み付けて言い放つ。
「できるに決まってるじゃない。ここに来る前はちゃんと一人で働いて一人で生きてきたのよ。大体わたしOLだったのよ? 馬鹿にしないでよね」
「いやそうは言ってもだな。ここは異世界なんだぞ? 向こうの世界とはちが」
「うっさいわねっ!!」
怒鳴るソフィリーナの気迫に俺は言葉を飲む。
ソフィリーナはワナワナと震えながら俺のことを睨みつけると、今にも泣きだしそうな声で叫んだ。
「どうせわたしみたいな穀潰しがいなくなって清々してたんでしょっ! 出て行ってやるって言ってんだからほっといてよっ!!」
そして踵を返すと早足で店から出て行ってしまった。
俺はその背中を黙って見ていることしかできないのであった。
つづく。
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