第百九話  嫉妬で焼かれた肉の味④

「な……なにがあったんだよ……?」


 散乱する肉や野菜、バーベキューコンロは大破して燻る木炭が白い煙を上げている。そしてその周辺に横たわる四人の少女達。


 目の前に拡がる惨状を前に俺は動くこともできなかった。


「腹を下してトイレに籠っている間に一体何があったって言うんだよっ!? 答えろよ獣王っ!!」



 震える足で獣王は一歩前に踏み出すと重い口を開いた。



「仁義なき……女達の戦いわん……」




 ここから語られる物語は、獣王が見ていた光景を後から聞いたものである。




 俺が店内のトイレに行くと、場の空気は更に重くなった。

 誰も肉には手を付けずに無言でいるのだが、最初に切り出したのはソフィリーナであった。


「あなた……さっきからどういうつもりかしら?」


 メームちゃんに向かってだ。


 自分からバーベキューに誘っておいて、この仕打ちは一体なんなのだと抗議するのだがメームちゃんはどこ吹く風、飄々としながら答える。


「なにが? バーベキュー、楽しくなぁい?」


 その口調は最早子供のものではない、明らかに大人メームちゃん。いや、魔王の娘メイムノームのものであった。

 メイムノームの挑発とも取れる言葉に憤慨するのはぽっぴんであった。


「よくもいけしゃあしゃあとっ! 私のお肉に対する思いを利用してこんな茶番に付き合わせておいて、肉の食えないバーベキューのなにを楽しめって言うのだあああああっ!」


 もう今にも魔法をぶっ放しそうな勢いである。それにソフィリーナも追随する。


「ぽっぴんの言う通りよ。目の前でべんりくんといちゃいちゃする姿を見せつけられて、お預けを喰らわせられるなんてとんだ屈辱よ」

「へぇ……あんたもべんりといちゃいちゃしたかったんだ?」


 その言葉にぽかーんとするソフィリーナ。それを、マジかよ? みたいな顔で結構引き気味に見ているぽっぴん。更にそれに過剰反応したのはローリンであった。


「え? えええええっ!? どういうことですかそれえええっ! それってソフィリーナさんも」


「「「も?」」」


 三人がハモると、ローリンはしまったと言う表情をして顔を真っ赤にしながら俯いてしまう。


「まあいいわ。あんなののどこがいいのかさっぱり理解できないけど、あんたがべんりくんのことを好きなのは皆とっくに気づいてるから」

「な!? ななななななななっ! 何を言っているんですかっ!? どうして私がべんりくんのことをっ!! だったらそう言うソフィリーナさんだって!」

「はあ? なんで私があんな定職にも就かない底辺バイトなんかを好きになるのよ」


 ソフィリーナが反論するとローリンは、ふふんとしたり顔で言った。


「べんりくんが死んじゃった時に誰よりもびーびー泣きながら縋り付いていたのは誰ですかぁ?」

「は? はあああっ? そ、そそそ、それでなんで私があいつのことをって話に、な、ななななるのよっ!?」


 ローリンの突っ込みにしどろもどろになるソフィリーナであるが、更に突っ込みを入れたのはメイムノーム。


「シッタシータの時も、祭りの時も、おまえが一番にべんりべんりと泣き喚いていたな」

「ば、ばばば、ばかじゃないのぉっ!? わたしは慈愛の女神だからよっ! 生を慈しみ、死を嘆くのは当然の行動でしょうっ!」


 アイドルプロジェクトの時は美の女神とか言っていたくせに、どの口でそんなことを言うのか。


「あのぉ? 皆さん。どいつもこいつも反応がバレバレなんで、見ているこっちが恥ずかしくなるんですけど」


 ぽっぴんがうんざり顔で言うのだが、それに反論したのはローリンであった。最早ローリンのやさぐれっぷりはすごい、触る者皆傷つける勢いである。


「そう言うぽっぴんちゃんだって。聞きましたよ? べんりくんに会いたいと言う思いが強いあまりに、思念が時間まで超越してしまったって」


 ※第八十六話参照。


「なああああっ!? それは別次元での私の話ですっ!」

「そんなことないです。これは未来での話なので過去になる今にも繋がる話です」

「おいおいどんなお花畑だよ聖騎士様よおっ! 賢い美少女大賢者である私があんなすっとこどっこいを好きになるわけねえだろおっ!」


 真っ赤になりながらローリンに食って掛かるぽっぴん。


 女達のこの、なんだかよくわからないなにかしらの駆け引きには一体なんの意味があるのか? 最早好きだと先に言ったものの負けみたいな状況になっている。


 そんな無駄な言い争いに終止符を打ったのはメイムノームであった。


「ガタガタと御託を並べるのは終いにしろ小娘共」


 見た目が一番若い幼女に凄まれて黙り込む三人。まあ400歳の四歳児なんだけどね。


「我はきさまらを好かん。我のフィアンセであるべんりと寝食を共にし、馴れ馴れしく接するばかりか、あまつさえ二人きりで逢引に興じるとは万死に値する」


 そう言うとメイムノームは真の姿へと変わる。肉体が変化すると余りある魔力が溢れだし、攻撃的な気配を発した。

 やる気満々のメイムノームを前に、応戦する気満々のソフィリーナとぽっぴん。


「望むところですっ! 今日こそ私の最大最強の攻撃魔法をお見舞いしてやりますっ!」

「いいわよぽっぴんっ! 今日は私も徹底的に付き合うわっ!」


 メイムノームとぽっぴんの魔力が爆発的に膨れ上がると、周囲に被害が及ばないようにソフィリーナがバックアップの構えを見せる。それを見て慌てふためくローリン。


「ちょ、ちょっと皆さん正気ですか!? やめてくださいこんなことっ! せっかく皆仲良くなったのにどうして戦わなくちゃいけないんですかあっ!?」

「なに甘っちょろいこと言ってんのよっ! あんた、あいつにべんりくんを取られちゃってもいいのっ? ちなみに私とぽっぴんは家を守る為に戦うのよっ! あいつとべんりくんが結婚したらわたし達はあそこから追い出されるわっ!」


 結婚と言うパワーワードに衝撃を受け、ローリンはふらふらと後退りすると覚悟を決めて顔をあげる。


「いいでしょうっ! やってやりますよっ! 恋するJKの強さってもんを思い知るがいいっ!」


 叫ぶとどこから取り出したのか聖剣エクスカリボーンを構えるローリン。


 そして四竦みの状態になると暫く睨み合うのだが、誰からともなく動き出すと血で血を洗う死闘を繰り広げるのであった……。





「その結果がこれか……」

「あぁ、悲しいけれど、真実ほんとうの話だわん……」


 俺は転がるバーベキューコンロを起こすと、網に付いていた肉を摘まんで口の中に放り込んだ。



 少し焦げた肉の味は、嫉妬の炎で焼かれた苦い味がするのであった。




 おしまい。

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