第八十六話 バック・トゥ・ザ・コンビニバイト⑥
「ふふふ、べんりさん。ずっとお待ちしておりましたよ」
「ぽっぴん……やはりおまえか」
それはぽっぴんであった。俺の知っているぽっぴんよりは成長して大人の女性になっているが間違いなくぽっぴんだ。
「どうしておまえが?」
「説明すると長くなるのですが、簡単に言うと聖者の書を手に入れて賢い大賢者になった私は不老不死の秘術を使うことに成功したのです」
「へー、聖者の書見つかったのか。よかったな」
「はい。不老不死のところにも反応してくれませんか?」
ああ、なんかすごいパワーワードが入っていることはわかっていたけど触れずにおいたんだ。やっぱりそこ弄ったほうがよかったのね。
「何年くらい俺のことを待ってたんだ?」
「む!?……どれくらいだったか……一万年と二千年前くらい? それはもう退屈な日々でしたよ本当に」
どっかで聞いたことあるような気がするけど、奴らが来るから突っ込むのはやめておこう。
どうやらぽっぴんは本当に不老不死になったらしく、最初の内はもうそれは大喜びだったらしい。
ところが知り合いが次々と死んでいくのに自分は老いることも死ぬこともできずに生き続けるのが苦痛になり、いつしか思考することをやめてここで延々と心を閉ざして生きていたのだが、そんなある日ぽっぴんは俺のことを思い出す。
色んな世界や時間を旅してきたと言う俺の話を記憶の奥底から掘り出して、たぶん自分がやらなくちゃならないことがあると思い立ったらしい。
「そこでべんりさんを待ち伏せするべくここにねぐらをかまえて、私はこの【デジタル時の歯車】を開発したのですっ!」
ぽっぴんは左腕に嵌めた腕時計の様なものを俺に見せつけてくる。
「どうですかっ!? 林檎時計のデザインを丸パクリして作ったんですよっ! タッチパネル式ですよっ! やはり私は賢い大賢者ですっ!」
「賢いならパクらねえでイチからデザインしろよ」
「そぉんなことはぁっ! どうでもいいーーーーーっ!」
大声を上げぽっぴんは両手を天に掲げてくるくると回転しながら俺に近づいてくるとぎゅっと抱きついた。
「なんだよ?」
「懐かしさのあまり急に抱きつきたくなりました」
こいつがこんなことを言うなんてよっぽど寂しかったのだろう、まあ一万二千年もひとりぼっちだったのだからわからんでもない。俺は今だけは特別に甘えさせてやることにするのであった。
「おっほん。と言うわけでべんりさんっ! 私が居なければゲームオーバーだったわけですよ。感謝してくださいね」
「いやまじで助かったよ。ていうかなんであんな回りくどい方法を取ったんだ? 俺が気付かなかったらどうするつもりだったんだよ?」
「回りくどい方法? 私はなにもしていませんけど? て言うかべんりさんこそよく私のことを発見してくれました。まあ、いずれ来ることはわかっていたんですけどね」
少女の姿をしたぽっぴんが無言で指差すあれは魔法かなにかではなかったのか? じゃあ一体あれは……。
「なるほど……所謂、残留思念のようなものでしょうか?」
「残留思念?」
「はい。べんりさんに会いたいと強く願った私の思いが時を越えて、同じく時を越えてきたべんりさんに知らせたのかもしれません」
「はあ? それと日中会った連中のこと、あれは一体なんなんだ?」
異世界の魔族の皆がなぜか俺の元居た世界と同じような世界で生活をしているあの摩訶不思議な出来事、というかぽっぴんもなぜこの世界にいるんだ?
「むぅ……それも不思議な話ですね。私はもう何千年も外界のことには触れていないのでそんな風になっているとは知りませんでした。ただ、このデジタル時の歯車を作る過程で色々と分かったことがあります」
ぽっぴんは何千年もかけて研究してきた時間と世界の関わりのことを俺に簡単に説明してくれた。
世界の成り立ちと言うものは認識して初めて発生するものであると。つまりは存在していても認識されなければそれはないものと等しいと言う事らしい。
つまり逆を言えば認識さえすればなかったとしてもその世界は存在するものなのであると。しかしながら人がそれと認識できるものは限られていると言う。
自分の認識したものとどこかが食い違っていたとしても、そこに存在するのであればそれはその世界と成り得るのだとか。
そして世界の形成と時間と言うものは密接な関わりがあるとも言う。時間と言う概念のない世界は存在しえないらしい。
時間がないということは過去も現在も未来も存在しないと言う事だから、そこにはなにも存在しないと言うのだ。
だからこそ時間の超越と言うものは酷く危ういものであると誰もが警告する。
現在過去未来のどこか一つが欠けてしまうだけで、それらは存在できなくなってしまうのだから。
「とまあ、そんな感じです」
「うん。全然わからない」
「要するに妄想さえ捗ればそれは現実の世界になると言う話です。ささ、べんりさんはとっととそれを使って元の世界に戻ってください。いい加減舞歌祭を終わらせないとみんな飽きはじめてますよ」
みんなって誰だよ……。
「おまえはどうすんだ?」
「どうするって、私は一緒には行けませんよ」
「でも……」
それはつまり、ぽっぴんはまた一人にならなければいけないと言う事だ。それは終わりのない、永遠の……孤独。
しかしぽっぴんは微笑む。そしてもう一度俺に抱きついてくると少女のように甘えた声で言った。
「じゃあ、もう少しだけこうさせていて下さい。私は大丈夫ですから、これで私の役目はおしまいです。これからは眠りにつく方法を探してみます」
「ぽっぴん……」
俺は優しくぽっぴんの頭を撫でてやった。
「むむ、子ども扱いしないでください。今はべんりさんよりも年上なんですからね」
「ああ、またなぽっぴん」
「はい。また会いましょう、べんりさん」
そうしてこの世界のぽっぴんに別れを告げると、俺はデジタル時の歯車を起動させるのであった。
つづく。
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