第八十五話 バック・トゥ・ザ・コンビニバイト⑤
「つまり、ズズズ……おにいさんは、ズズ……そのローリンって人と私を間違えて助けたんですね?」
鼻を啜りながらローリンそっくりのJKが俺に問いかけてくる。
今は近所の公園のベンチに腰掛けているところだ。彼女をなんとか落ち着かせて俺は事情を説明した。
荒唐無稽な内容で信じて貰えるわけがないとわかってはいたが、見た目がローリンというのもあったのだろうか、俺は全てを包み隠さずこのJKに話した。
「妄想癖でもあるんですか? 頭おかしいんじゃないですか?」
飛び込み自殺しようとしてた奴に言われたくねえよ。
「まあなんにせよ。その人違いのおかげで君はこうして無事だったんだし、感謝してもらいたいな」
「私は、死にたかったんです……」
JKはそう言って俯くと、またすんすんと鼻を啜って泣き出してしまった。
正直どうしていいのかわからない。自殺しようだなんて思い込むくらいだ、よっぽどのことがあったのだろう。
家庭の事情だろうか? イジメだろうか? 勉強の悩みだろうか? なんにせよ多感なこの時期の学生達は、ほんのちょっとのことで傷つき悩みやすいのだろう。もう少し大人になれば、別に死ぬわけじゃねえしどうでもいいやと割り切れてしまうもんだが、そんな先の話をしたって意味はない。今が辛いのだから、今なんとかして欲しいのだから。
「その、なんて言うか。こういう時、どう声をかけていいものか」
「なんですかそれ……人の邪魔をしておいて、かける言葉もないだなんて……」
JKは恨めし気な声で俺のことを非難する。
「いやだってさ。何が悩みか知らないけど気にすんなよとか。生きてりゃその内いいことあるとか。親が悲しむぞとか、パソコンのHDDの整理ちゃんとしたか? とか言ってもどうせ聞きゃしないだろ?」
「HDD? なんですかそれ?」
うわぁ……最後にネタ入れて茶化してみたけど完全に滑りましたよぉ。て言うかHDDくらい知らないの? え? 最近の子ってPC持ってないの? マジで?
「無責任に助けるくらいなら放っておいてくれればよかったのに……」
その言葉に俺はカチンとくる。
「あぁん? じゃあおまえはどうなんだよっ!? 無責任に死のうとしやがって、おまえが死んだあとそれを聞かされる方の身にもなってみろってんだっ!」
「そんなの決まってるっ! 表面上は悲しいフリをするけれど内心では、ざまあみろって思うに決まってるっ!」
なんなんだよこいつ、どうやったらこんだけネガティブシンキングになれるんだよ。なんだったら半年くらいコンビニ夜勤ワンオペやってみるか? そんなことも思わないくらいに心が病んで死んだように生きることができるぞ?
「だいたい私はそのローリンさんって人じゃないんだから、あなたには関係のないことじゃないですかっ!」
「いやだから、これから先おまえが異世界に行った時に俺と会うんだって。知ってる人間が目の前で死ぬのを黙って見ていられるわけないだ……」
そこまで言って俺はある違和感に気が付く。突然黙り込んだ俺のことをJKは不思議そうに見上げているのだが、ちょっと待てよ……おかしいだろ?
ローリンはちょいとした手違いで死んじゃったので異世界にやってきたと女神に言われたと言っていた。それも宅コスの最中だったので金髪ウィッグになにやら聖女っぽいコスチュームで異世界転生したのだと。
と言う事は、ここに居るJKはこの後に結局家で死ぬってことじゃないのか? でも手違いだって言ってたから自殺ではない? なんだ? わけがわからんぞ?
俺はJKのことをマジマジと見つめながら考え込む。だいたいなんでこいつ外でウィッグ被ってんだよ。そこからしておかしいだろ、これはJKのコスプレなのか? JKがJKのコスプレをしているのか?
そんなことを考えながら俺は徐にJKの頭に手を伸ばす。
「ちょいと失礼」
「痛っ! なにするんですかいきなりっ! 馬鹿にしてるんですかっ!?」
え? なに? これ地毛じゃん。ヅラじゃないじゃん? え? こいつ誰?
もうなにがなにやらわけがわからない。そう言えばなんか日中に登場したキャラ達もおかしかったよな? なんで図書館にメイドが居るんだよ? あれはリサか? え? いやいやいや、一般家庭でアルパカなんか飼うわけねえじゃん、しかも飼い主が犬だし、ビゲイニアはリストラされたサラリーマンみたいだったから違和感ないな。
え? どういうこと? なんでこっちの世界にあいつらが居るんだよ?
「えーと……どちら様ですか?」
「はあっ!? やっぱりあなた頭おかしいですっ! 騎士団に通報しますよっ!」
そこは警察だろうがっ! 騎士団ってなんだよ。完全におかしいだろこれ、ここ俺の元居た世界じゃねえよ。そっくりだけどところどころ違うよっ!
「ああああああっ! もう意味がわかんねええええっ!」
「なんですか急にっ!? もう私帰ってもいいですか?」
JKは呆れながら帰ろうとする。まあもう一緒に居たところで特に意味はなさそうなので、「もう馬鹿なことはするんじゃないぞー」と言って見送ってやるのだった。
とにかくここはおかしい、もう一度図書館に戻ってユカリスティーネに相談しようと俺は走り出すのだが、また街灯がチカチカと点滅し始める。
これだ、これが合図だ。最初の時も店の蛍光灯が突然消えて、点いたら異世界に転移していた。と言う事はこの後なにかが起こるに違いないと俺は身構える。
遠くから聞こえる踏切の音……いや、これは車のクラクションか? 電灯の点滅となにかしらの警告音のセット、もう何度も経験してきた
俺は街灯の下に目を凝らすと、点滅する光に照らされて浮かび上がってくる少女の姿。
ぽっぴんだ。ずっと何かを指差して俺に訴えかけているようだった。
俺はぽっぴんが指さす方、あの雑木林に向かって駆け出した。
無我夢中で草木を掻き分けて林の中を進んで行くと、木々に囲まれた少し開けた場所に出る。そこには小屋が立っていた。
俺はなにかに導かれるようにその小屋の扉に手をかけると中に入って行く。
中は綺麗で清潔であったが生活感のある部屋だった。
照明と呼べるようなものはなく蝋燭の明かりだけで薄暗い。その炎の向こう側に見える人影。
その人は俺のことをじっと見つめるとゆっくりと立ち上がった。
「待っていましたよ。長い長い間、ずっと待ち続けてました」
つづく。
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