第四十四話 第二宮とんで第三宮のふれんず?③

 つ……使えねぇー。


 鼻血を流しながら床に倒れる犬を見下ろしながら俺はげんなりする。

 この駄犬がこんなに使えないとは思いもしなかった。獣王とか名乗るくらいだから勝てないにしてもちっとは相手にダメージの一つでも与えると思ったのに、ワンパンでやられるなんてマジでありえねえわ。


 目の前でアルパ・カシーノは、「シュッシュッ」と口で言いながらシャドーをしている。


「さあどうしますか? あなたも同じように私のこの“光速のマッハパンチ”の餌食にして差し上げましょうか?」


 光速なのにマッハなのかよ……嫌だ。こんな頭の悪い奴に、暴力だけが取り柄の奴に負けるのなんてマジで嫌だよぉ。


 なんとかして物理攻撃による勝敗の決め方ではなくて、なんか別の頭を使った勝負とかにすることはできないだろうか? 例えば紅茶を試飲して銘柄を当てる利き紅茶勝負みたいなのとかどうだろう? ……それも勝てないかも。


「ま……待ちな……俺は、まだ負けちゃいないぜ」


 するとまるで生まれたての小鹿の様にぷるぷると震えながら獣王が立ち上がる。

 アルパ・カシーノは「ほぉ?」と感心した様子で獣王を見据えると、ゆっくりと前へ歩み出て見下ろした。


「私の一撃を喰らってまだ立ち上がるなんて、なかなか根性がありますね」

「へ……てめえのへなちょこパンチなんざ、何発喰らっても効かねえよ……べんりっ! 見ていろよ。どんなに相手に打ちのめされようともっ! 心が折れなけりゃ何度でも立ち上がれるってところを見せてやるっ!」


 いやいやいや、あんた一発で伸びてたじゃん。なに何発も殴られながらも再び立ち上がったみたいな空気にしようとしてんの? それより俺がなんとか利きプリン勝負とかに持ち込んでみるから黙っててくれないかな。


「迂闊だったなアルパカ、そう何度も同じ技を見せられたらどんな馬鹿でも目が慣れちまうってもんさ! 見切ったぜてめえの光速のマッハパンチっ!」


 そう叫んだ瞬間、顔面に蹴りを入れられて再び気を失う犬、もうそのまま寝ててくれよ。


「とんだ駄犬ですね。やはり四貴死最弱。そのままそこで犬死していなさい」


 アルパ・カシーノがそう言うのだが……あれ? なんだろう。言っていることはその通りなんだが、なんだか……なんか、イラっとしたな。


「ふふふ。あなた方もさぞ失望したことでしょう、こんな“駄犬”が仲間では」

「……おい、ちょっと待て」

「なんですか?」

「駄犬ってのは、そいつのことか?」


 俺は鼻血を大量に流して口からべろんと舌を出して伸びている獣王を指差して言う。


「そうですけどなにか?」

「それはつまりあれか? その駄犬の攻撃で腹に風穴を空けられて死にかけた俺は、そいつ以下だってことか?」

「ふふふ。そんなことがあったのですか? であればそうですね。あなたは駄犬以下の駄男だメンと言ったところでしょうか」


 くっくっく、と苦笑するアルパ・カシーノ。上手いこと言ったつもりかてめえ? なんか知らねえけど、あの犬のことを馬鹿にされると無性に腹が立つ。別にあいつを庇うわけではないが、あんな毛むくじゃらのモフモフで唾ばっか吐いてる奴にそこまで馬鹿にされる謂れはねえ。


「あなたもその役に立たない駄犬の様に床に這いつくばらせてあげましょうか?」

「それ以上獣王そいつの悪口は許さねえっ! そいつは確かに実力もないくせに調子に乗って突っ走る馬鹿かもしれねえ。けどな、曲がったことが嫌いな真っ直ぐな奴なんだよ! 例え相手が自分よりも強い奴だったとしてもそいつは、飲み物に毒を盛ったりするような卑怯な真似はしねえっ! 正々堂々真っ直ぐに正面からぶつかってそんで玉砕する! そんなかっこいい奴なんだよっ!」


 そうだ、あいつは駄目で馬鹿でかっこ悪いけど、最高にかっこいい奴なんだ。

 なによりっ! あいつに殺されそうになった俺が、一番駄目な奴になりそうだからほんと勘弁してください。


「へ……嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」

「獣王っ!?」


 いつの間にか意識を取り戻し再び立ち上がる獣王。なにやらちょっと涙目になっているような。気持ち悪いからやめて、別にそう言う男の友情みたいなのとかほんとないから、ほんとだよ?


「へへ……奴の必殺技を何発もこの身に浴びて、もう俺は五感のほとんどを失いかけている」


 いや、必殺技ってかパンチとキックだろ、しかもそれぞれ一発ずつ。


「もうな、ほとんど目も見えねえ。でもよ、そんな満身創痍だってのに、身体の奥底からなにか小さな宇宙のようなものを感じるような気がするんだ」


 おうおうおう、それはあれか? 第六感を越えたあれってことかぁ? なんであの作品の敵達はことごとく主人公達の五感を奪いに行くんだろうな? あれって完全にフラグだよな。


「じゅ……獣王……おまえ、まさか? 捨て身で……」

「べんり。見ていてくれ、俺の最後の一撃を」


 獣王はアルパ・カシーノに対峙すると、二人はお互いの隙を窺いあうように睨み合う。


 そして一時の静寂が過ぎ去った瞬間。


 二人がすれ違い、駆け抜ける。


 どっちだ? どっちの技が決まったんだ? しかし、無情にも床へと倒れ込んだのは獣王であった。


「ふふふ……獣王さん。最後の一撃、見事でした。あなたは五感の全てを絶たれながらも残る力を究極まで集中させ、ほんの一瞬ではありますが私達魔闘神と同じ位まで高めることが……でき……たのです……ゴフっ!」


 振り返り吐血するアルパ・カシーノは、その口元に薄っすらと笑みを浮かべると全身の毛が散りその場に頽れるのであった。



 そして……。



「うぇぇぇぇ。なんで……なんでこんなことしたのっ!」


 全身の毛を失ったアルパカに縋り付いて泣きじゃくるメームちゃん。戦いが終わって約一時間後、皆は何事もなかったかのように目覚めたのだがアルパカの無残な姿を見て困惑した表情を浮かべていた。

 そして、もう二度とモフモフできないと知ると、メームちゃんは絶望の表情を浮かべて号泣しているのだ。


「も、申し訳ありませんメイムノーム様……」

「わんちゃんのばかあああーっ!」


 メームちゃんは泣き叫びながら獣王の頭をぺちんと叩く。


「ばかぁ、ばかぁ、ばかぁぁぁぁぁっ! ああああんっ!」


 泣きながら獣王の上に乗っかると、ぺちぺちと頭を叩きながら最後には背中に顔を埋めて咽び泣くのであった。



 勝利とは、虚しいものだな……。



 つづく。

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