第二十七話 女神と焼肉弁当③

 普段俺達はずっと地下に引き籠っているわけではない。陽の光も浴びずにずっと地下に居たら体に悪いしな。

 朝起きたら地上に出て陽を浴びながらの体操はとても気持ちがいい。昼休憩や閉店後の夜にも地上には出るし、休みの日なんかは町で買い物なんかもする。

 ネットがないのでこちらの世界に来てからは、夜更かしをするということもほとんどなくなった。

 実に健康的な生活サイクルを送っているのだ。


「そんじゃあとりあえずマリーさんのとこ行ってみるか」

「そうですね。今日もまた行ってるかもしれないし、一晩どこに泊まったのかは敢えて考えないようにしましょう」


 なんか意味深な笑みを浮かべながら俺の方を見るぽっぴん。

 こいつ、なんかわざとそういう方向に話しを持って行こうとしてるな……。


 マリーさんの働く酒場に行くと店内は既に満員御礼。冒険者達が呑めや歌えやのどんちゃん騒ぎを始めていた。


「おーうベンリーっ! 今日はもう店仕舞いかー!?」

「あぁ、もうお客さんもこなさそうだしな」


「ベンリー、今度店に武器や防具も仕入れてくれよぉ」

「コンビニでそんなもんは発注できねーよ。うちはあくまでRPGで言うところの道具屋だからな」


「べんりく~ん。新商品のスイーツ美味しかったよー。今度まとめて買うからいっぱい仕入れといてよー」

「冷蔵庫がないんだからまとめ買いはやめておいたほうがいいよ。品切れは起こさないようにしておくからその都度買いに来てよ」



 とまあ、こんな感じで馴染みのお客さんから声をかけられるくらいには、俺もこっちの世界に溶け込めている感じだ。


 店内をさらっと見回してみるがソフィリーナの姿は見当たらない。もう少しくまなく探してみようとしたところで、マリーさんが俺達に気がついて声をかけてきた。


「べんりくん。ソフィちゃん探しに来たの?」

「ま、まあ、探しに来たと言うか。いい加減帰ってきて店手伝えって言おうかと思って」

「もう、素直じゃないなぁ。心配だって顔にでてるぞ」


 ニコニコしながらそんな指摘をしてくるマリーさんであるが、俺そんな顔してるかな? むしろ結構めんどくさいって思ってるんだけどね。


「まあいいや。今日は残念ながらソフィちゃん来てないよ」

「そうですか。じゃあ別の所探してみます。すんません、なにも注文しないで」

「いいわよそんなの。あ、そうそう。昨日ソフィちゃんに声をかけてたって言う人達、あそこのテーブルにいる一団だから、なにか知ってるかもしれないから聞いてみれば? そんじゃあねー」


 ああ忙しい忙しい、と言いながら酒の入ったジョッキを両手に山ほど持ってマリーさんは行ってしまった。

 マリーさんに言われた一団を見ると、なにやら物々しい雰囲気を漂わせている男達が4人テーブルに着いている。


「べんりさん、なにやら怪しい集団ですね」

「あ、あぁ、そうだな。だが、今の所手掛かりはあいつらだけだ。俺が聞いてくるから、ぽっぴんはここで待ってろ」

「わかりました。なにかあったらすぐに魔法で援護しますので」


 やめろよ。絶対にやめろよ。店の中でおまえの魔法は危険すぎる。今度はマジで洒落じゃなく逮捕されて有罪になるからマジでやめろよ。

 俺は男達のテーブルに近づくと、なるべく刺激しないように笑顔で話しかけた。だって、怖いんだもん。


「あ、あのぉこんばんは」

「あぁん? なんだおめぇ?」

「す、すいません、ごめんなさい、ちょっとお聞きしたいことがございまして」


 べつになんもしてないのに凄まれただけで謝ってしまうのは野生の防衛本能ってやつだ。俺は数々の修羅場を幾度も潜り抜けてきているから、やばい奴の逆鱗に触れないようにする術は体に染みついているのだっ!


「なんだよ聞きたいことって?」

「き、昨日なんですけど。ソフィリーナって言う青い髪の女性と一緒に居たと聞いたので、その人がどこに行ったか知らないかなぁって」


 その途端に男達全員が青褪め、なにやらぶるぶる震えだしまるで怒りを抑え込むかのような声で言ってきた。


「青い髪の女だとぉ?」

「は、はい……」

「てめえあの女の知り合いかあああああああああっ!」

「ひいいいいいいっ! すんませえええええんっ!」


 男達は怒声をあげながら昨日あったことを俺に捲し立ててくる。


「あの女、俺達を一晩中連れ回して、店を何軒も梯子して知らねえうちにめちゃめちゃ高い酒をボトルで入れてやがったんだぞっ! 一晩で幾ら使ったと思ってんだこの野郎! しかも焼肉食いたいって言うから店に行ったけど席空いてなかったからしょうがないってんで、鉄板焼きの店に行った時にあいつなにしやがったと思う?」


 え? 鉄板焼き? ま……まさかっ!?


「あの野郎っ! いい感じで出来上がった頃合いに自家製のもんじゃをぶちまけやがったんだぞっ! 店内はもう阿鼻叫喚の地獄だったよっ! あいつのぶちまけたもんが鉄板の上でジュージュー音を立てながら地獄のマグマの様にぐつぐつ煮える様と臭いの所為で、そこら中で二次災害が起きてたよっ!」


 う……うわぁ……。そいつは御愁傷様です……。


 男達は昨日のことを思い出して気分が悪くなったのか口を抑えながら青褪め、餌付きながらもなんとか誤魔化そうと酒を流しこむ。

 俺は何度も頭を下げて謝り、昨日ソフィリーナが飲み食いした分と、その鉄板屋から請求されたクリーニング代を支払って酒場を後にした。



「くっそぉぉぉ。あの駄女神めぇぇぇぇ。酒での失敗はこれで何度目だぁ」

「やれやれれすね。さけはのんれものまれるらぁぁぁぁぁあああああっ!」


 ん? なんかこいつ呂律が回ってないな?


「おいぽっぴん……おまえまさか? 飲んだのか?」

「のんれませんよぉぉぉ……ヒック」


 そう言いながらふらふらとおぼつかない足で俺にもたれかかってくるぽっぴん。


「てめえっ! 未成年の飲酒描写はやばいってあれほど言っただろうがあっ!」

「わらしは未成年じゃないれすよぉぉ」

「うるせえっ! おまえの国の法律なんざ知らねえっ! 一体どんくらい飲んだんだっ!?」

「一口れすよぉ、ひとくちぃぃぃぃ」


 ほんとかよ? 一口でこんな酔っぱらうなんてアルコール弱いなんてもんじゃねえだろ。ふざけやがって、とにかくこいつがこんな状態じゃとてもソフィリーナを探している場合じゃねえな。

 そう思っていると背後から誰かに声をかけられる。


「あれ? べんりくんにぽっぴんちゃん?」

「ん? ローリンっ! いい所にっ!」


 毎度毎度ナイスなタイミングで現れる人ですねこの人は。


「どうしたんですか?」

「いや、こいつが酔っぱらってさ。悪いんだけどローリンちで休ませてくれないか?」

「いいですけど、駄目ですよ子供にお酒飲ませちゃ」

「いやまあ、こいつ一応成人してるらしいよ」

「それでも駄目です。ほんとに、ソフィリーナさんも二日酔いでうちで寝てるんですから。お酒はほどほどにしてくださいね」


 は? 今なんて?


「う……おうえええええええええええっ!!」


 その瞬間、俺の胸の中でぽっぴんが自家製もんじゃをぶちまけるのであった。

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