第二十六話 女神と焼肉弁当②

 その日、ソフィリーナは帰ってこなかった。


「やれやれ。焼肉弁当一つで本当に大人気ない奴だ」

「大人気ないのはべんりさんですよ。ちゃんと謝ればよかったのに」

「なんでだよ。悪かったって言ったのにいつまでも臍曲げてるあいつが悪いだろ」


 朝になってぽっぴんと二人で開店準備をしているのだがやはり戻って来る様子はない。あいつ、今日はこのままバックれるつもりだな。この店で暮らす以上は働いてもらう約束だってのにサボりとはいい度胸じゃねえか。


「そういや、ぽっぴんは家に帰らなくていいのか? 今更だけど未成年がいつまでも外泊はよくないんじゃないか?」

「なにを言っているのですか? 私はもう成人していますよ」

「え? だって14歳って?」

「私の生まれた国では13歳で成人です。ちなみに結婚もできますし、子供も作れますよ」


 なにその天ご……いやちがった。その発言はなんか色々と規制的にまずいような気がするけれども、聞こえなかったことにしてスルーしておこう。

 そんな無駄話をしていると開店の時間になったので店を開けると、途端に冒険者達が雪崩れ込んできた。

 今日も一日忙しくなりそうだ。


「おいベンリーっ! マスクもうないのかよ?」

「あー、そういや昨日売り切れちゃったなぁ。雑貨の入荷は水曜日だからそれまで品切れだよ」

「なんだよー。今日は毒系モンスターの多いところに行こうと思ってたのによー」

「人気商品を当日に買っていこうなんていう考えが甘いんだよ出直してきな」


 そいつはぶつぶつと文句を言いながらも毒消し効果のあるドリンクを買っていった。

 あっちの世界で店員がこんなことを言おうもんならそれはもうクレームの嵐だろうが、基本冒険者達は気の良い奴らが多くて、店員と客であってもこんな感じで憎まれ口をたたき合いながらも和気あいあいと商売をしている感じだ。


「べんりくーん。昨日ソフィちゃんとなんかあったのぉ?」


 そう声をかけてきたのは町の酒場で働いているマリーさんだった。

 マリーさんは店で使う氷を買いによくうちに来てくれている常連さんで、俺もよく酒場に飲みに行ったりする。


「あ、マリーさん。やっぱりあいつ顔出したんですね」

「なんか最初はすんごく怒ってたんだけど、酔ってくうちに段々しょぼくれちゃってさぁ。喧嘩でもしたの?」


 俺は昨日あったことを説明すると、マリーさんは笑っていた。


「なんだぁ。二人とも大人気ないなぁ。さっさと謝っちゃいなよ。いつまでも意地張ってたってなんの得もないじゃない」

「んー。まあそう言われると、いつまでもこんなことで喧嘩しててもしょうがないですよね。ただ謝ろうにもあいつまだ帰ってきてなくて」

「え? ……まさか」


 ソフィリーナがまだ帰ってきていないことを伝えると、途端にマリーさんの顔が曇る。なにかあったのだろうか?


「どうかしたんですか?」

「んーん。私の思い過ごしかもしれないけど、昨日酒場で何人かの男に声かけられてたから、変な事に巻き込まれてなければいいなって思って」


 男……だと?


 マリーさんはなにやら思わせぶりな視線を俺に送ると静かに言う。


「気になる?」

「べ、べーつにぃぃぃぃぃ」


 つい声が上ずってしまい、マリーさんから視線を逸らしてしまった。

 これじゃあまるで俺がソフィリーナのことを気にしているみたいじゃないか。

 やめろよ、変な噂流すの絶対にやめろよ。


「まあいいや。でも、ちゃんと探して謝ってあげなよー。そんじゃあねー」


 そう言って手を振りながらマリーさんは店を出て行った。


 昼もすぎて夕方頃になってくると店も落ち着きだした。

 今日はそんなに混んでいないし17時過ぎくらいにはもう店を閉めてしまおうかな、なんて思いながら賞味期限切れ間近のお弁当を下げるのだが。


「今日は、全部売れちゃったな……」


 お詫びに今日は取って置いてやろうと思ったのだが焼肉弁当の廃棄はなかった。

 そんなに食べたかったのかな? 確かに楽しみにしていた物が帰ってきてなくなってたら誰だってへこむよな。


 なんか悪いことしたな……。


 そう思うとあいつの姿が脳裏に浮かんできて……。こっちに飛ばされてすぐ、モンスターが迫ってきているのに俺を締めだしたり。だいたいこんなことになったのは全てあいつが【時の歯車】を失くしたのが原因だってのにまったく反省してねえし。

 俺が逮捕された時のあの楽しそうな顔はぜってえに忘れねえぞ。裁判中も人の気も知らねえで散々遊び倒しやがって……それなのに……俺が、無罪になった時はあんなに喜んで……そもそもあいつのおかげで俺は……今……。


 そんなことが頭の中を何度も駆け巡る。すると後ろから突然肩をぽんぽんと叩かれた。

 振り向くとそこには俺の顔を覗き込むぽっぴんがいた。


「探しに行きましょう」

「な、なんだよ? べ、べつに俺はそんな……心配なんてして……ねえし」

「いいんですかっ!? もしかしたらソフィリーナさん、変な男にひっかかって今頃酷いことをされているかもしれないんですよ」

「いや、酷いことってなんだよ?」


 ぽっぴんはなんだか興奮した様子で鼻息を荒げながら捲し立てる。


「それはもう酷いことですよっ! あんなことやこんなことや、とてもピー音なしでは言えないようなことをされちゃって、もうその男達なしでは生きていけないような身体にされて、最終的には売り飛ばされちゃうんですっ! ケダモノフレンズ達の性欲のはけ口にされちゃいますよきっとおおおおっ!きゃあああああああああああああっ!」


 駄目だこいつ……卑猥な妄想が広がりまくりんぐで暴走しちまってる。成人していると言っても俺らの世界じゃ中学生の年齢だからな。そういうことには興味深々なお年頃なのだろう。


 まあでも……もうかれこれ一日近く戻ってきてねえし探しに行ってやるか。


 今日は店を早く閉めて、俺とぽっぴんは地上へと行くことにするのであった。


 つづく。

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