第四話 聖騎士とパワビタンZ①
茫然とする俺を見下ろす女神様。
美しくキリっと引き締まったその顔立ちはなんとも神秘的な雰囲気を放っている。
その神々しさに圧倒され、差し出された手を掴むことを躊躇っていると強引に手を掴み引き上げてくれる女神様。
「あ、ありがとうございます」
「よかった。どこもお怪我はなさそうですね」
そう言ってあどけない笑顔を見せる女神様は先ほどまでの凛々しい表情とは違い、どこか幼くも見えてなんとも不思議な雰囲気を漂わせる女性であった。
「なに鼻の下伸ばしてるのよ」
背後からの声に振り向くといつの間にかクズOLがバックヤードから出てきていた。
「ありがとうおかげで助かったわ。あなたは?」
なにがありがとうだ。おまえは俺の事を見殺しにしようとしていたくせに、どの面下げて出てきたんだ。
「私はジェイ・ケイ・ローリン。皇帝陛下の命により、魔王の支配するこのダンジョンの攻略に赴いた
なんかどっかで聞いたことあるような名前だな? まあいいや相手が名乗ったのだ。こちらも名乗るのが礼儀と言うものなのだが、しかしここで本名を言うべきかどうか迷う。
皇帝だの魔王だのダンジョンだの、なんだか訳のわからないことを言っているし危ない奴かもしれないしな。美人なだけに実に惜しい。
「お、俺はベンリー・コン・ビニエンスと言います」
「はあ? あんたなに言ってんの? 名札に田中って書いて」
俺の自己紹介に突っ込みを入れてくるクズOLであったが無視して続ける。
「そしてこっちがオーエル・ビッヒ・ステリック。うちの従業員です」
「はあああっ!? 誰が従業員よっ! てーかなにその名前? あんたなに言ってくぁwせdrftgyふじこ」
まったくもって空気の読めない奴だな。俺はOLの口を手で塞いで黙らせると耳元で囁く。
「今は俺に任せろ、なんとなく状況は把握できているから」
OLは俺の眼を見て小さく頷くと騒ぐのをやめた。
とにかく今の状況を整理しておきたい。いきなり変な洞窟の中みたいな所に店ごと来てしまったと思ったら、見たことも聞いたこともないような生き物に襲われて、中世の騎士のような恰好をした女性に助けてもらったのだ。
はっきり言ってわけがわからない。いや……俺はなんとなくだがわかってしまっている。
たぶんこのクズOLはわけがわからずいまだに混乱している様子だが、こんな状況にありながら俺がこんだけ落ち着き払っていられるのは、ある予感がずっと脳裏にあったからだ。そう、それはつまりっ!
異世界転移っ!
絶対そうだわ。これそうだわっ! マジで現実リアルでそんなことが起こるなんて思いもしなかったが、毎日小説投稿サイトでそういうの読んで妄想はしていたので、俺はこの状況を簡単に受け入れることができたのだろう。
俺とOL、もとい、オーエルの様子を見てローリンさんは一瞬不思議そうな顔をするのだがすぐに真剣な表情になる。
「見たところここは商店のようですが一体なぜこのようなところに?」
「い、いや、これには色々と事情がございまして」
そりゃそうだよな。ダンジョンの中で商売をするなんて風〇のシ〇ンかよ! って突っ込まれてもおかしくない。まあこの中にそんな突っ込みを入れられる奴がいるとは思えないけどね。
「とにかく、申し訳ないがなにか回復アイテムを売っては頂けないだろうか? 仲間が重傷を負ってしまったのだが回復アイテムを切らしてしまっていて」
回復アイテムとか言われてもな。ここコンビニだし、そういうのあるかな? 消毒液や絆創膏なら売ってるけど、あとは打ち身や打撲なら冷え〇タが効果あるかも。
「か、構わないですけど、なにか役立つものあるかな? と言うかダンジョンに潜るのに回復系魔法を使えるメンバーはいないんですか?」
「不覚にもその回復要因が怪我を負ってしまいまして、私が不甲斐ないばかりに……」
そう言うと悔しそうな顔をして俯くローリンさん。
入口の方からパーティーメンバーであろう、戦士っぽいガチムチのおっさんが僧侶のような恰好をした女の子をおぶってやってきた。
女の子をゆっくりと床に寝かせると、別の魔法使いのような恰好をした女性がパワビタンZを手に駆け寄ってくる。
「聖騎士様、このアイテムが効果ありそうです。鑑定スキャニングで確かめたので間違いないと思います」
「そ、そうか! すまないが、これはお幾らでしょうか?」
い、いやあ、それは効果ないと思うよたぶん。複数のビタミンとカフェインが配合されているだけであって、別に怪我が治ったりするようなものじゃないんだけどなぁ。
まあ仲間の危機なのだ。藁にでも縋る思いなのかもしれない。
「ひゃ、148円ですけど、効果があるかはわかりませんよ?」
俺のその言葉に戦士と魔法使いが驚きの表情を見せる。
「ひゃ? ひゃく? そんな」
「足元みやがって、仲間が重傷なのをいいことに俺達からふんだくろうってのかっ!?」
どうやら148と言う数字の所しか耳に入らなかったらしいな。俺は円って言ったでしょ? あんたらのところの通貨との為替レートをまずは教えてくれないかな? て言うか異世界だからそんなのねーか。
「わ、わかりました……仲間の命には代えられません。払いましょう」
「聖騎士様……」
そんな悲しそうな顔すんなよ。なんだか悪いことしてる気になってくるじゃん。でも、店の商品だからあげるわけにもいかないし。
「そんくらい奢ってあげなさいよ。これだからバイトはケチくさいわね。いいわ。わたしが買ってあげる」
「そ、そんな、オーエルさん! 大事なお店の商品なのでしょう? ちゃんと対価はお支払します」
「それだったら、助けてくれたお礼ってことでどう? たった148円で命を救って貰えたと思えば安すぎるくらいだわ」
そう言うとオーエルは財布から150円取り出して俺に手渡す。お釣りの2円はしっかり受け取ったけどね。
ローリンは本当に感謝している様子で何度もオーエルに頭を下げていた。
あんな人間のクズに頭を下げる必要なんてないのに。
「ありがとうございます。さあ、サーヤこれを飲んで」
サーヤと呼んだ女の子の口元にローリンがパワビタンZの瓶をもっていき、中身を一口含ませる。そしてそれを飲み下した瞬間。
「ファイトおおおおおおおおおおおっ! いっぱあああああああああつ!」
あ、やっぱりこっちでもそうやって言うんだね。
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