第三話 底辺バイトとオフィスレディ③

「ちょちょちょちょちょっ! ちょっとどうすんのよあれええええ!! 増えちゃったじゃないのよおおおおっ!!」

「知りませんよっ! 別に俺が増やしたわけじゃないしっ! だ、だいたいお客様が増えるのは店にとってはいいことだしっ!」

「あほかあああっ! あんたにはあれが客に見えるのかあああっ!」


 無数のわらびもちが店内中を転がりまわっている光景を、モニター越しに見ながら動揺しまくるOL。

 人の肩掴んでガクガク揺さぶるのやめてくれませんかね? 脳震盪おこしそうですよ。


「と、とにかく。この中ならしばらく安全だし、落ち着いて対処法を考えましょう」

「さっきから慌ててるのはあなたの方ですけどね」

「あんたは現実逃避しているだけでしょうがっ!」


 本当にうるさい奴だな。だから三次元の女は嫌いなんだよ。


 しょうがないので俺は徐に商品のストック棚に行くと、ある商品を手に取りOLに問いかける。


「有史以前より、様々な生物が地上を支配してきました。しかし、人間ほど長い間この地上に君臨した生物はいません。それがなぜだかわかりますか?」

「な、なによ急に? 気でも触れたの?」

「それはなぜかっ! そう、人間は他の生物には成しえなかったある物を手に入れたからですっ!」


 なんかまた失礼なことを言っているけれど無視して、俺は手にした商品を高く掲げてOLに見せつける。


「え? なにそれ? 虫除けスプレーとチャッカマン?」

「そうです。人間の手に入れた物とはこれ。火です。どんな生物もこれには勝つことができません。炎で焼き尽くすことのできないものなどこの世にはないのですっ!」


 俺はチャッカマンを火力最大で点火すると、その炎から三十センチくらい離して虫除けスプレーを噴射する。轟音を上げながら火柱が前方へと吹き出すのを見てOLは声を上げることもできずに驚いていた。


「この簡易火炎放射器で奴らを一網打尽にしてみせましょう」

「や……やるじゃないっ! さあ行ってきなさいっ! 早く行ってあいつらをやっつけてきなさいっ!」


 なんでこの人さっきからずっと上から目線なんだろう? 見た目がかわいくなかったら燃やしてたかもしれないわ。

 まあそんなことをしている場合でもないので、俺は恐る恐るバックヤードから出る。その後ろを蛇口に繋いだホースを持ってついてくるOL。もし商品に火が燃え移ってしまった際、すぐに消火をできるようにとの二段構えだ。


 抜き足差し足。俺は音と気配を殺しながら、わらびもちよろしくスライムに近づくと無慈悲な炎の攻撃を浴びせかけた。


「くらえええええええっ! 爆熱っ! ゴッ〇フィンガーーーーーーっ!」


 灼熱の炎がわらびもちの表面を焼くと、ぐつぐつと沸騰したように泡立ち始める。

 き、効いているっ!? このまま炎を浴びせ続ければやがて息絶えるはずだっ! たぶんっ!


「ね……ねえちょっと!?」

「なんですかっ! 今いいところなんですっ! もう少しでヒートエンドできますからっ!」

「いやなんか? そいつ……膨らんでない?」


 そう言われれば、炎を浴びせていたスライムが一回り大きくなっているような気がする。

 いや……これでいいはず! きっとこのまま炎を浴びせ続ければこいつは破裂して……。


 パンっ!


 やったっ! 倒したぞ! 一匹だけだけど……。


 しかし、俺とOLはそれを見て驚愕した。

 破裂したスライムの破片がぷるぷると震えると、みるみるうちに膨らんでさっきと同じくらいの大きさへと成長したのだ。

 俺はそれを見て火炎放射器セットを投げ出してバックヤードへと駆け出すのだが、先に逃げていたOLが扉を閉じて鍵を閉めた。


「あっ! てめええええっ! ふざけんな! まだ俺が外にいるのにっ!」

「うるさいわねこの役立たずっ! なに増やしてんのよっ! 責任もってあんたが一人でなんとかしなさいっ!」


 扉の向こうから聞こえる声に俺は絶句した。


 なんて奴なんだ。信じられない。あいつだって見ていただろう。あのぶよぶよがちりとりをあっと言う間に消化してしまうのを、あれを見て俺一人生身でなんとかしろなんてよく言えるもんだ。なんだ? あいつサイコパスかなにかなんじゃないのか? マジで怖えよ。人間怖えよっ!


「いいから開けろよっ! ここは俺の店だぞっ!」

「あんたはアルバイトでしょっ!」

「今は俺が責任者なんだから俺の店なんだよっ! うわあああっ! 死にたくないよおおおっ! この鬼畜外道おおおおっ!」


 ドンドンと扉を蹴るのだがビクともしない、と言うかあの女、冗談抜きにマジで締め出すつもりか? マジで頭おかしいんじゃないのか?


 その時、背後に感じるなにか大きな気配。恐る恐る振り返る俺は最早声を上げることもできなかった。

 幾重にも重なり2メートルほどの壁の様になったわらびもちが俺に覆いかぶさろうとしていた。


 もう駄目だ。俺はここで死ぬんだ。さようならお父さんお母さん、ろくでなしの息子に育ってごめんよ。あぁ、死ぬ前に一度だけでもいいから二次元以外の女の子とセッ〇スしたかったな……。


 覚悟を決めたその瞬間。


 ―― ニヴルヘイムっ! ――


 巨大なブヨブヨの壁が固い氷の壁へと変わると直後、表面に亀裂が入り砕けた。



「ご無事ですか?」



 目の前には白銀の鎧を身に纏い手を差し伸べる金髪の女神が居た。

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