第8話 ボナパルトゥス兄妹

邸内を見て回ってみれば、なるほど案内したくなる邸宅であった。


石造りの建築は良い具合に古びており、派手ではないが高度な職人芸がこもった家具や調度品が数多く飾られている。


庭もまた見事だ。


青々とした芝生とその間を流れる小さな清流。


その流れの行き着く先には池があり、色鮮やかな魚が目を楽しませてくれる。


ふと見ると、庭の一角に奇妙な建物があった。


天井が高くて細長いが、動物の臭いがしないから厩舎ではないようだ。


「ユリウス殿。あの建物は何か?」

「あれは作業棟でございます殿下」

「作業棟とは?」

「趣味と実益を兼ねて様々な作業をしております。ご案内しましょう」


案内されるがまま作業棟に入ると、様々な工具や部品と、それらを載せた作業台が複数台設置されているのが見えた。


そしてその区画の隣には、五〇メートルほどの真っ直ぐな空間があり、その行き止まりには的が幾つも置かれている。


それはさながら弓道場のようだった。


その作業台の一つにアウレリアが座っていて、何やら弓を弄っている。


「アウリ。また弓か? いい加減時代に合わせろというのに」

「私はこれが良い」


ユリウスはやれやれと頭を掻いた。


「ボナパルトゥス家は代々軍人をしておりまして、ここで兵器の訓練や実験もやっているのです」

「ほう。興味深いな」


よくよく見れば、大砲や銃の類いも部屋の片隅に丁寧に置いてある。


「ところが、我が妹アウリは弓矢にこだわり、その稽古と開発ばかりしているのです。戦争はもう銃と大砲の時代だというのに」

「……戦争には興味ない。私は最高の弓矢を目指すだけ」


アウレリアが手にしている弓をよく見ると、銀色に鈍く輝いていた。


思わずアウレリアに近づいて、弓を凝視する。


「あの……殿下?」


アウレリアが怪訝そうな顔で俺の方を見ている。


「いや失礼。銀色の弓というのは初めて見るのでな。まさか金属で出来ているのか?」

「はい。ミスリルという金属で作りました」

「聞いたことがないな」

「ミスリルはエルフの島でしか採れない金属です。軽く、柔軟性に秀でているので弓に向いています」

「弦も独特だな」

「髪の毛ほどに細くしたミスリルを絡み合わせています」


まさに完全に金属製の弓というわけだ。


頑丈だろうし、威力もありそうではある。


「触っても構わぬか?」


アウレリアは素直に弓を貸してくれた。


確かに軽い。


だが、弦に触れてみるとその異常な固さに驚いた。


「随分と重いな。エルフは皆こんな弓を使っているのか?」


反応したのはユリウスだった。


「とんでもありません殿下。アウリの作る弓はあまりにも強すぎて、まともに撃てる者は限られています」

「私が撃てさえすれば問題ありませんので、それで良いのです」

「アウレリア嬢もこれが使えるのか?」


コクリと首肯されたが、どうにも信じられなかった。


アウレリアの腕の太さは平均的で、ユリウスの様な筋肉質ではない


俺の内心を察したのか、アウレリアは弓を取ると、例の射撃場に立った。


そして、流れるような動作で矢をつがえる。


あんな腕のどこにそんな力があるのか、弦は見事にしなり、程なくしてその力を解放した。


空を切る音がしたかと思えば、次の瞬間には遠い先の的が割れ、落下する。


眼を細めて見れば、矢は的を貫通して土壁に深々と突き刺さっていた。


「素晴しい威力だ。あれでは鎧を着ていても助かるまい。命中精度も練達の武人の領域だな」

「お褒めに預かり恐縮です」

「殿下。アウリをあまり褒められても困ります。ますます趣味に没頭してしまいます故」

「私の弓はどの銃よりも優れている。趣味とはいえこの域に達しているのだから尊重すべき」

「兵器とはあらゆる兵士が使えてこそ価値がある。いくら威力があっても、極一部の兵士にしか使えないようでは価値がない。アウリには優れた技術があるのだから、もっとそれを銃や大砲の開発に使うべきだ」

「火薬臭くてうるさい兵器に興味ない」

「何だと!?」


なんだか面倒臭いことになりそうなので割って入る。


「まあ良いではないか。何であれ、一つの道に精進するのは美しいものだ。アウレリア嬢の弓だが、本体部分の持ち手が手に馴染みやすいように加工されているだろう? 単なる威力だけではなく、そういった部分にまで配慮するのは素晴しいと思う」

「有り難きお言葉。そこまで見ていただいたのは殿下が初めてでございます」


アウレリアの白い頬が紅く色づいていた。


初めて会ったときは冷たい印象だったが、意外に可愛い顔をする。


それとは対照的にユリウスはむむむと唸り、どこからか銃を持ち出してきた。


「殿下! それではこちらの銃もお試しください」

「歩兵用の小銃だな」

「はい。この銃が我が軍の標準装備です」


だいたいの形は帝国のそれと大差ない。


細長く、持ち手は木製で銃身は金属製だ。


発射機構も同じに見える。


「見た目は我が帝国のものと変わりないな」

「この銃の秘密は内部にあります。銃身の内側に施条が施されており、それによって射程距離と命中精度が上がっているのです」

「ライフルか。帝国にもあるが、高価で製造が難しいので標準装備にまではなっていない。それに、ライフルには装弾が遅いという欠点もあるが」

「その点を解決したのがこちらです」


ユリウスが取り出したのは、太めのドングリのような金属物体だった。


大きさは指先程度で、後部に何本かの溝が掘られている。


「……?」

「これが弾です。従来の弾は施条に噛み合ってしまうため、装填に時間を要しました。ですが、こちらの弾は従来の弾よりも小さく、容易に装填できます」

「だがそれでは施条と噛み合わん。噛み合わなければ弾は回転せず、ライフルの意味がない」

「ご指摘のとおりです。ですのでこの弾は発射の熱によって一部が変形し、施条に食い込むようになっております。これによってライフルでも迅速な装填が可能となりました」


素直に驚きだった。


この世界にはライフルとそうでない銃がある。


前者は射程が長く命中精度も良いが、高価な上に装填に時間がかかる。


後者は安くて装填も早いが、射程と命中精度で劣る。


両者にはこういったバランス関係があるため、前者は精鋭兵、後者は一般兵という形で分けられていた。


ところが、エルフが標準装備しているというこの銃と弾により、彼らは射程・命中精度・装填時間の全てが人間を上回っていることになる。


もしも彼らと戦争になったらと思うと背筋が凍った。


ふと、袖を引く者がいる。


見れば、アウレリア嬢が何か言いたげにしていた。


「殿下。実は矢にもこだわりがあります」

「アウリ! 今は俺が殿下にご説明する番だぞ?」

「銃と弾のご説明が終わったのならそれで十分」

「勝手なことを。次は大砲についてだな……」

「わかったわかった。では矢について話してもらおう。大砲はその次だ」


兄妹を諫め、矢と大砲についてそれぞれ解説を受けた。


矢はヤジリの形に幾つものパターンがあり、貫通力が高いもの、刺さると抜けにくいもの、毒矢や火矢向けに特化したものと様々な種類があった。


中でも異彩を放っていたのは、化学反応を利用して十数秒間眩い光を発する閃光矢で、ユリウスでさえこの矢の有効性は認めているようだった。


アウレリアの創意工夫は大したもので、ユリウスがその使い方を指示したがるのもわかる気がする。


ユリウスが引っ張り出してきた大砲にもまた驚かされた。


帝国の大砲は作りが荒く、砲身と砲弾の間にできる隙間によって威力が損なわれていた。


その点、エルフの大砲はその高度な技術によって、砲身と砲弾の隙間は最小限に抑えられ、威力・射程距離・命中精度共に向上している。


また、どれだけ砲身が厚ければ強度が十分であるかをよく理解して製造されているため、軽量化も達成していた。


そうして、ボナパルトゥス兄妹の相手をしているうちに昼時になり、俺は広間へと移動した。


三十人は座れそうな長方形の食卓に、豪奢な料理が並ぶ。


俺は兄妹に挟まれ、ガイウスとリウィア夫妻と向き合う形で食を共にした。


こうしてみると、フィッツジェラルド家との食事が思い出された。


今、リリスはどうしているだろうか?


今この時もネロスに迫られているのではないか。


そう思うと心の臓が締め上げられる思いだった。


無論、そんな感情はおくびにも出さない。


皇太子として、愛想良く、それでいて媚びない姿勢を保つ。


「いやはや殿下は大変な状況であらせられるというのに、威風堂々たるものですな」


カイゼル髭を揺らしながら、ガイウスが闊達に笑う。


なるほど、軍人の家と言われてみれば。ガイウスには将軍の貫禄がある。


「堂々としているとしたら、それは見た目だけだ。内心では帝国の未来を案じ、穏やかではいられない」


隣のユリウスが口を曲げる。


「殿下! ネロスなる逆賊と相対する時、我が軍の力が必要とあらば遠慮なくおっしゃっていただきたい。俺は少佐で父は中将ですから、大いに力になれます」


ガイウスがやれやれと眉をひそめた。


「ユリウス。そんなことを容易くいうものではない。自国内の争いに他国の軍を招くというのは非常に危険な行為だ」

「兄さんは昔から近視眼的で短慮。部下が可哀想」

「アウリまで何を! 俺はただ殿下のお力になりたくてだな」

「殿下、お仲間はよくお選びください。有能な敵よりも無能な味方の方が怖いですから」

「なんだ弓矢をお褒めいただいたからって調子に乗って。殿下、誠に不躾ながら、アウリのような女にあまり構ってはいけません。男慣れしていない故、妙な勘違いをしますから」

「なっ!?」


顔を真っ赤にしたアウレリアが何か言おうとしたその時、耳によく響く声が場を一喝した。


「いい加減になさい! 殿下の御前ですよ!」


声の主はリウィアだった。


見た目はおっとりしているが、その眼は鋭い。


そして、一連の流れを見ていた俺は、つい笑い出してしまった。


ガイウスが不思議そうな顔をする。


「いや失礼した。卿らを見ていると、帝国にいるある一家を思い出してな」


アウレリアが慎重そうに俺の顔色をうかがう。


「殿下のご友人ですか?」

「ああ。良き家臣であり、良き友人であった。彼らのためにも、一刻も早く帰国し、逆賊を討たねばならん。だが、ガイウス殿の言うとおり、そう簡単に他国の軍を受入れることもできん。ネロスの件は身内の不始末故、身内で決着を付けるのが望ましいだろう」

「申し訳ありません殿下。出過ぎたまねを」

「いや、ユリウス殿の気持ちは快く思う。もしも卿と共に戦場に立てるのなら重畳である」


こうして騒いだのがかえって良かったのか、ボナパルトゥス一家と打ち解けられたと思う。


実際、昼食後はガイウスとお茶を楽しみながら、皇太子と中将らしい会話を楽しんだ。


皇太子としての半生。


軍人としての半生(リウィアが元軍人であったとを聞かされ、なるほどどおりでと笑った)。


皇太子として、軍人として、今後の情勢をどう見るか。


そして、力ある者としてどんな未来を目指すのか。


そうした意義深い話をしているうちに陽が落ち、夕食も一家と共にした。


「それでは殿下。ご緩りとお休みください」


メイドから贈られたその言葉を最後に、俺はベッドに入った。


ふんわりと包まれるような柔らかさが、疲労した俺を眠りに引き込むのにはそう時間はかからない。


ある世界で眠り、ある世界で目覚める時が来たのだ。

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