第4話 未知との遭遇
どのくらい眠ったかはわからない。
数時間かもしれないし刹那かもしれない。
とにもかくにも、俺は目を覚ました。
宮廷のベッドでも自宅の敷き布団でもない。
上下左右が黒く染まった空間に、俺はいた。
明かりは全くないのに俺の身体だけは鮮明に見えている。
どういうわけか裸で、姿は現代日本の方の俺らしい。
「お目覚めかね」
脳天気で甲高い声が俺の脳内に響いた。
耳で聞いているというより、脳が直接声を受け取っているという感覚だ。
なのでどこをに声の主がいるかわからず、きょろきょろと辺りを見回す。
「……そういえば姿の方の認識は切りっぱなしであったな。今切り替える」
なんのことだかわからないうちに、俺の眼前に突然人が現れた。
不自然なほどに澄んだ白い肌に、非現実的な銀色の長髪。
一切の着衣を身につけていない女性の姿がそこにあった。
「う、うわっ! ちょ、ちょっと。なんでそんな格好なんだ!?」
思わず顔を背けるが、心の何処かで見たいという欲求が顔を出す。
「この格好が問題なのか? ホモサピエンスの容姿を完全に再現できているはずなんだが、どこかおかしいのかね?」
「どこがっていうか、服を来て服を! ついでに俺の服もどこやったんだ!?」
「君らホモサピエンスが身体防護や外部への意思表示に用いるあれかね。わかった今整える」
次の瞬間、俺の全身が馴染みのある高校の制服に包まれた。
恐る恐る見れば、その女性も服を着てくれていた。
何故か、俺が着ている制服と同じものだったが……。
「これで話を聞いて貰えるかな敷島君?」
「は、はい。っていうか、なんで俺の名前を?」
「良い質問だ。我が輩は、君が君の母親の体内で受精卵となったその時からずーっと見ていたのだよ。故に名前くらい重々承知というわけだ」
ヤバい。
わけがわからない。
なんなんだこの女は。
よく見れば大学生くらいに見える美人さんで、胸の大きさはこれまで見たどの女性よりも凄い。
リリスがメロンなら彼女はスイカだ。
それほどの大きさだというのに、非現実的なほどに形も良く整っている。
素晴しい。
……まあそれはともかく、ちょっと状況を整理してみると、これは新しい夢なんじゃないかと思えてきた。
そうだそうに違いない。
きっとこれが新しい夢なのだろう。
そしてこの女が新しい夢の登場キャラというわけだ。
面倒なことになりそうだと思ったが、夢と思えば落ち着く。
皇太子として生きる夢が終わってしまったのは辛いが、仕方ない。
「これは新しい夢ではないぞ。ここは私が作り出した特別な空間だ」
「……? っていうかなんで俺が考えていることがわかったんだ?」
「要するにね、これは夢ではなく現実だ。もっと言えば、君がこれまで夢だと思っていたものも夢ではなく、現実だ」
「……?」
「つまり、日本国在住の君が眠っている間に見ていたのは、脳が作り出した幻覚などではなく、物理的実体を伴う一つの現実ということだ」
「……??」
謎の女はぷくっと頬を膨らませた。
「……これだから言語による意思疎通は嫌なんだ。実証性というものに欠けているし、かかる時間と比して伝えられる量が少なすぎる!」
「……あの、全然話が見えないんですが」
「だが我が輩は諦めない。神の端くれとして懇切丁寧に教えてくれよう」
女が俺の頭に手を添えた。
血の通った、暖かくて柔らかい手だった。
「よしそれでは、これから君の脳に直接情報を流し込む」
「えっ、それってどういう……」
「大丈夫大丈夫、神の御業だから大丈夫」
文句を言おうとしたが、その前に俺の脳内に無数の熱が宿った。
熱はどんどん数と量を増やし、止まらない。
やがて、その熱が映像と化し、洪水のように俺の意識に流れ込んだ。
気付けば、どこかで見たような宇宙の姿が眼前一杯に広がっていた。
「今、君が見ているのはとある銀河だ。一つの宇宙の中にこの銀河が無数に入っている。ここで問うが、宇宙とはどこにあると思うかね?」
先ほどの女の声だ。
「どこって、俺が住んでいるところだろ」
「宇宙はその一つだけだと思うかね?」
「……そういえば宇宙って幾つもあるんだけっか。宇宙はシャボン玉みたいな球形で、その宇宙が何処かの馬鹿でかい空間に無数に浮かんでいるって聞いた」
「それは多元宇宙論というものだ。間違ってはいない。しかし、今君は馬鹿でかい空間と言ったな? どうしてそう思う?」
「そりゃあ、銀河系でさえ大きいのに、宇宙はそれを幾つも内包しているわけで。その宇宙が沢山浮かんでる空間なら正に馬鹿でかいだろう」
「なるほど。しかし、それはあくまでホモサピエンスの尺度だ。ホモサピエンスにとっては広大な宇宙でも、その宇宙よりも巨大な生物から見れば、正しくシャボン玉くらいにしか見えないだろう。まさかその中が無数の生命で溢れているとは思いもしない」
「まあ、そうだな」
「では逆に考えてみよう。ビー玉くらいの大きさの宇宙もあったとして、それはどこにあると思う?」
「そんなのわからない」
すると、それまで映っていた銀河が急速に遠のき、無数の銀河が細い光の線のようなもので繋がり合っている様子が見えた。
それは光のネットワークのようだった。
「これは銀河と銀河のつながりを示す映像だ。ホモサピエンスの単位で言えば、数十億光年といったところだな。縮尺を更に大きくして、もっと外側からの映像を見せよう」
言われたとおり、その銀河同士のつながりすら小さくなり、やがてそれが細胞や血球に移り変わる。
ここまできて、それが何かの生物の内臓だとわかった。
映像は更に縮尺を大きくしていく。
やがて、映像は内臓からそれを包み込む骨に移り変わり、その骨の上を走る毛細血管をくぐり抜けてついに皮膚を突破した。
そして、映像の最後に映ったのは、俺の顔だった。
今までの映像は、俺の体内を映していたのである。
それが意味する答えに、俺は絶句した。
「君の頭の中にはね、宇宙があるのだよ。そして、君が夢だと思っていたのは、その宇宙の片隅にある本物の世界なんだ」
「じゃ、じゃあ。リリスもネロスも俺の中に実在しているのか!?」
いつの間にか俺から手を離していた女が、にこりと微笑んだ。
「そのとおり。君の宇宙の中で、今も彼らは生きている」
「でも、俺はただその世界を見ていたわけじゃない。肉体があって、行動してた」
「魂だけがレオンス・ラ・ファイエットの肉体とつながっていたのさ。もっとも、あの肉体は死んでしまったけどね」
「そうだ。殺されたんだ。でもそれじゃマズい!」
「何がかね?」
「俺はてっきり夢だと思ってたから、死ぬのもどこか受入れてた。でもあの世界が本物なら、ネロスはまだあの世界で好き放題してるってことだ。そんなの受入れられない」
「気持ちはわかるがな。死んでしまったのでは何とも」
俺は女の肩を掴み、精一杯この得体の知れない者にすがった。
「さっき神の御業って言ってましたよね。貴女は神様なんですか?」
「少なくともホモサピエンスの宗教家が説いているような神ではない。全ては定義によるとしか」
「でもそれらしいことができるはずです。この空間や俺の考えを読み取ったこと、さっきの映像だってどうやったか見当も付かない。俺をもう一度あの世界に戻してください!」
女は口をへの字に結んでうなった。
「レオンスの肉体を再生させることはできなくはないが、あまり他所の宇宙に干渉するのは気が引ける。これまでも観察していただけだからな」
できる、と聞いたらもう迷いはない。
俺はその場に伏せ、頭を地に叩き付けた。
「お願いします! 対価があるなら払います! あのまま放っておくなんて出来ないんです!」
「やれやれ。まあ、君には借りもあるし、そこまで言うなら一度だけチャンスをやろう」
「本当ですか!?」
バッと顔を上げた俺に、女は人差し指を立てて突きつけた。
「ただし、生き返らせるのは一度だけだ。これはズルだ。チートだ。君は負けて死に、ネロスが勝って未来を得たというのが本来の筋だからな」
「わかってます。もう負けません」
「なら次は上手くやることだな」
女はおもむろに手を掲げ、何やら名状しがたい言葉を唱え始めた。
それと同時に、意識が徐々に薄らいでいく。
「君の肉体を再生し、魂のリンクを回復させた。それと他の調整もしておいた。意識が戻った時、君はあの世界にいるだろう。その後のことは君次第だ」
「ありがとうございます! あ、あの、そういえばお名前がまだでした。是非お聞かせください!」
「私か? 私の名は……」
意識が消える寸前、その声は不思議なほどにハッキリと聞こえた。
「ナイアーラトテップ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます