第4話 アナタはなんにも知らないの

「別にアナタ自身にはミジンコの目ほどのも興味はないから勘違いはしないでちょうだい?」

「ひ、ヒドい……」


 モテ期到来、と舞い上がった瞬間にこちらの表情を見て彼女は必要以上の釘を刺してきた。そういうの最近流行っているのだろうか。昨日もされた気がするけど。


「そうですよ、ヒドいじゃないですか! 私だってミジンコの手ぐらいの興味はありますよ!」


 わーい。ミジンコの目と手だと三倍くらいのサイズ差があるから、それぐらいの興味は持ってくれているらしいことに嬉しくなってしまう。

 きっと二人のいうミジンコは大きいんだろう、という脳内補完を付け加えて前向きにそう解釈した。


「っていうかそもそもなんなんですか貴女は! 柊斗くんを預かるとか勝手なことを言わないでください。そんなこと許可できません!」


 加藤さんが俺の腕をぎゅっと抱え込むようにしてそういった。柔らかく温かい感触に包まれて俺は硬直した。


「お黙りビッチ。アナタに許可を取る必要はないわ」

「さっきからなんなんですかそのビッチって! 私はそんなんじゃありませんよ!」


 怒ったようにいい俺をさらにきつく抱く加藤さんを、猪澤さんは鼻で笑った。


「よくいうわ。静岡の連中はそうやってあたかも当然ですって顔をして自分の物だと主張するのよ」

「な、なんの話ですか!?」

「その有様でよく吠えるわね。この雌犬!」


 吐き捨てるようにいわれ、自分が俺を強く抱きしめていることに気づいた加藤さんは、一瞬怯んだ後、思い直したようにさらにぎゅっと俺を抱きしめた。


「なんといわれようと、柊斗くんを連れて行くことはさせません!」

「ふん、アナタにそんな権利があるわけ?」

「私になくたって、病院が許しませんよ!」


 そういうと加藤さんは俺の枕元のナースコールに手を伸ばした。


「チッ!」


 そうはさせまいと、猪澤さんが加藤さんに飛びかかるも、一瞬遅く、ナースコールが押された。


「このクソアマが!」

「ふっふっふ〜ん、良いんですかぁ? 速く逃げないと、人が来ちゃいますよ〜」


 そういいながら加藤さんはナースコールを連打する。

 忌々しそうに舌打ちする猪澤さんと、勝ち誇った顔の加藤さんに挟まれて、俺は身をただ堅くすることしか出来ない。


「お嬢、人が来ます」


 いつからいたのか。おそらく最初からいたのだろう、部屋のドアの外から厳つい黒服のあんちゃんがこちらをのぞき込んでいった。

 

「そう、わかったわ。今日のところは退散しましょう」


 憎々しそうにそういうと、猪澤さんは俺の肩に一発パンチしてから部屋を出て行く。


「藤宮柊斗、アナタはなにも知らないのよ」


 去り際に猪澤さんはそう意味深な言葉を言い残していった。

 なんで殴られたんだろう?

 そう思いながら俺は彼女を見送った。

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富士山争奪戦争〜静岡vs山梨〜 晴丸 @haremaru

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