第2話

 それからのことは、憶えていなかった。

どうやって店を出て、家にたどり着いたのか。朝というには少し遅い時間に目覚めた私は、まずケータイ電話の着信履歴やメールを確認した。すると、どうやら彼女とメールで口論になり、その短い恋は終わりを迎えたようであった。

 彼女と出会ったのは昨年の二月だった。大学の研究室で次年度の準備に追われていた私は、栄養食ですべての食事を済ませていた。決して、料理を作る時間がないわけではなく、ただ帰路にあるコンビニエンスストアに吸い寄せられるように入店し、またも吸い寄せられるように栄養食をレジへと持っていく癖がついていたのだ。動作記憶というやつであろうか。なにも考えなくても、そのようにしていることに気付いたときには、体重が五キロほど落ちていた。

そのような生活を送ること二週間。次の日が休みということもあったのか、いつもどおりのコンビニエンスストアへ吸い込まれていく道中で、僕は倒れてしまったのだ。

その瞬間に貧血とは異なる感覚に危機感を覚えながらも、だんだんと遠のいていく意識を保とうと気合を入れようとしたが、十秒ほどで暗幕が下りてしまった。

そして、次に目が覚めたときには彼女がいた。それだけであった。

 長い坂道を上りきると、いつも利用している喫茶店があった。喫茶店フィンランディア。その名前を、僕はなかなかにセンスがいいと思っている。ただ、いくらセンスが良い名前だとしても、気分が悪いときにコーヒーを飲む気にはなれなかった。

私がそのようなことを思っていると、店の中から一人の男が出てきた。彼は、私よりも大柄であったが、対照的に目は小さかった。ただ、それらの特徴を把握する前に、私はひと目で彼が研究室の先輩であると分かった。

「先輩、おつかれさまです」と私が先輩に会釈を交えながら挨拶をすると、彼は熊のような背丈からは想像もつかないような、小さな会釈を返してきた。

「今日は大学の講義はお休みですか」

「いや、まあ、色々あって」

彼はいつも歯切れの悪い返事をする。それは彼が育ってきた環境に由来するのか、それとも根本的な”なにか”があるのかはわからなかったが、それはいつものことである。

私はそれ以上、先輩を問い詰めることをやめるために、また一つ軽い会釈をして、その場を立ち去った。

そういえば、今日は彼女が誰かと会うと言っていた気がした。

それを思い出す頃には、太陽も真上に上りきっていた。そして、私自身も目的の公園に着いてしまっていた。

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