第八話 フィグ村 ①
あれから、俺達は王都に戻るべく平原を歩き続けている。
もちろん、途中でモンスターが出て来るのだが、やっぱり俺の能力は効かなかった。お陰で俺は、ジルの後ろでずっと身構えているだけだよ。
「ポヨンポヨン」
「おっ? これは……」
そんな時、俺の後ろから青くて丸いゼリーみたいな奴が跳ねてきた。いくら俺でもこれは分かる。要するに、定番の最弱モンスタースライムってやつか。
俺の背後を取ったつもりだろうが、お前くらいなら俺でも倒せるわ。
「全く……こんな弱小モンスターにも倒せると思われるなんてな。ムカつくなぁ!」
だが、俺がそれを蹴り飛ばそうとした瞬間、スライムの体の一部が突然突き出るようにして伸びてきて、それが他にも複数伸びてきた。つまりウニみたいになって、その針を伸ばして攻撃してきたんだ。
「マリナさん!」
そしてそれに気付いたジルが、そのスライムを凍らしてくれたが、俺は体すれすれの所を沢山の針に掠められいて、咄嗟に避けた体勢のまま、動けなくなってしまったよ。
「全く、気を付けて下さい。この世界のモンスターは一筋縄ではいきませんからね」
「あ……あぁ、よ~く分かったよ」
早いことモンスターを倒せるくらいに強くならねぇとな。
―― ―― ――
その後も、現れるモンスターをジルが蹴散らしながら進んで行き、もう日が暮れるという所で、少し大きめの村に辿り着いた。
「今日はこれ以上は無理でしょうし、あの村に泊まらせて貰いましょう」
「あぁ……そうだな。もうくったくただぜ……」
いったいどれだけのモンスターに狙われたと思ってるよ。
ライオンみたいなモンスターに追いかけられたり、巨大な蛇のモンスターに襲われて飲み込まれそうになったりと、散々だったわ。
「う~ん、マリナさんの能力を隠す方法も、探さないといけませんね」
「えっ?」
「あれだけのモンスターがマリナさんを狙うという事は、マリナさんの力を狙っている可能性が高いんですよ。モンスターは皆、隙あらば魔王になろうと必死ですからね」
なるほどな……それで俺の中の力を頂こうってわけか。魔王を超える力だもんな。魔王の座を狙うモンスターなら、喉から手が出るほど欲しいのか。
「とにかく、ここの村長さんに会いに行きましょう。泊まらせてくれるように頼まないと」
そう言うと、ジルは村の出入り口に向かい、そこの門番に話しかける。なにか難しい事を話していて、俺には良く分からねぇな。
10歳だというのに、ジルの奴はすげぇな。あんなにテキパキと色んな事態に動いて、緊急事態にも落ち着いて対処してやがる。
いったいどんな人生を歩めばあんな風になるんだ? 逆にお前の将来が不安だぞ。既にそんな出来た人間でいると、大人になった時に周りに誰もいなくなるだろうな。
「マリナさん、門番では話にならないので、この村の村長に話をしに行きます」
「……」
「マリナさん?」
「いや、ジルよぉ、お前もうちょい俺も頼れよ」
「この世界の事がまだ分からないのにですか?」
一刀両断かよ。それでも俺の方が年上なんだから少しは頼れっての。
「そりゃこの世界の事は何にも分からねぇよ。それでも、お前よりも年上なんだ。生き方とかそういうのを……」
「更生プログラムとか受けている人にですか?」
またしても一刀両断かい。そして流石に反論出来なくなったわ。くそ、中々に手強い奴だ。だけど見てろよ、いつか俺の方を振り向かせ……。
……よし、近くに良い大木があるな。そっちに向かって行って、その中心に向けて俺の額を連続で叩き込む!!
「そいやぁあ!!」
「何してるんですか?! マリナさん!」
「うるせぇ! 黙れ! 俺は今頭突きの練習がしたいだけだ!!」
だけど本当は、今さっき頭を巡った変な思いを打ち消す為だ。何を考えたんだ俺は! ジルを振り向かせる?! バカか! あいつは男! しかもガキだ!
忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ!! あいつはどっちかというと舎弟みたいな感じだ。だから先輩面しているのが気に入らねぇだけだ!
「ふぅ……」
「マ……マリナさん?」
そして、十分大木に頭を打ち付けた俺は、丁度良い痛みによって、さっきまでの邪な思いを打ち消し……。
「大丈夫ですか?」
「……んん、だ、ダイジョウブだよ」
「なにか変なじゃないですか?」
「ヘンじゃナイヨ」
ダ、ダメだ。あいつの顔を見た瞬間、顔が熱くなってしまって、考える事が出来なくなっている。これは本格的にマズい。
『…………』
そして妖精がガン見してやがる。そんなに面白いか、そりゃ良かったわ。
『あんた……対価払ったって言ったよね? それがなにか分かったわ。軍の奴等の命じゃない……』
「あっ? なんだってんだよ」
『男としてのプライドよ!』
「……なに?!」
ちょっと待て、それが対価なわけねぇだろう。あれだけの力を使っておきながら、たったそれだけなわけないぞ。
だけど、妖精の奴は自信満々な表情をして、しっかりと頷いている。間違いないってか。
とりあえず、ジルから離れて聞こえないようにしておかないとな。
「ちょっと待て、それはあり得ねぇだろう。現に俺は男としての心があるぞ。プライドがなくなっているわけが……」
『それじゃあさ、ジルが夜中に、寂しくて一緒に寝て欲しいって来たらどうする?』
「そりゃぁ……ふふっ、頭撫でて落ち着かせて、良い雰囲気になったところで…………はっ!!」
『そういう事よ。あんたなんだかんだで、ジルの頼れる行動を見ているからさ、恋する乙女心が反応しているのよ。それが、男のプライドで押さえつけていたけれど、対価として男のプライドを失ったのよ。押さえつけられていたものが出て来るのは、当然よねぇ~』
「……はっ、ははは……なるほど。何でも良いとは言ったが、よりにもよってコレとは……」
しかもその前に、特製の薬膳料理を食っていて、異常な状態を治されているんだよな。このおかしな精神と肉体の状態をな。そして、今回完全にトドメをくらった感じだ。
慌てるな……何でも良いと言ったのは俺だ。男のプライドを失っても、俺は男だという気概さえあれば……。
「マリナさん、大丈夫ですか? 村長に会う前に、少し休んで食事にします?」
すると、いつの間にか背後にいたジルがそう言ってきて、心配そうな表情で俺の顔を覗き込んで来やがった。
心配してくれるのはありがたいけれど、覗き込むな! 赤面した顔を見られてしまう。それは恥ずかしい。
「いや、大丈夫だ。とっとと村長に会いに行って、事情を説明してこの村に泊まらせて貰うぞ!」
「分かりました。でもその前に、額は怪我してませんか?」
「ちょっ……おまっ?!」
いきなり近付くな! 顔を寄せてくるな! なんでそんなに優しくしてくるよ!
「ま……ままま、待てジル!」
「あれ? 顔が赤くて熱い……まさか、風邪引いたんですか?」
「お前マジボケか? ワザとか?!」
そりゃ10歳のガキだから、恋愛は分からなかったとしても、このレベルは薄々は勘づくだろう! とにかく、これ以上は俺がもたねぇ!!
「うぅ……うわぁぁぁあ!!!!」
「マリナさん?! どこに行くんですか!!」
どこでも良いだろうが! とにかく、これ以上はもう俺の心臓がもたねぇんだよ! だから、一旦1人にならないとと思い、後の事を考えずに俺は走り出してしまった。
それにしてもいきなり過ぎるだろう……俺。
いくらなんでも、これが恋だなんて認めたくはねぇな。違う、これは絶対に違う。
そして気付いたら、俺はジルからだいぶ離れてしまい、走っているのから徒歩に変え、村の構造も分からないままに、散歩がてら頭を冷やしていく。
結構涼しいよな、ここは。森が近くて木が多いからなのかは分からないが、快適だよな。
「……ん? ここは……」
だけど、俺が適当に歩いてやって来た場所は、そりゃ涼しくなるだろうと思ってしまうような場所だった。
「墓……か? 墓地かここは?」
十字架の形をした石の墓が沢山並んでいるから、まず間違いないか……やべぇ、日が暮れてきて暗くなり始めているんだ。流石の俺も、夜の墓地はちょっと薄気味悪いんだよ。離れるか……。
だけどその時、俺はその中の1つの墓の前で、一生懸命祈りを捧げている女の子の姿を見つけてしまった。
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