第三話 不良高校生の不幸 ③

 そのまま家の中に引きずり込まれた俺は、居間に連れて行かれて、そこの床に思い切り叩きつけられた。痛ぇんだよ、この野郎が。


「この、クソ親父が!」


「おっと、なんだぁ? 生意気にも俺にたてつくんか」


 くそ……思い切り蹴ったのに、楽々受け止められた。やっぱり、こいつにはまだ勝てないのか?


「止めときなって、空手の有段者相手に、あんたのちょっと毛が生えたくらいの喧嘩技で、勝てるわけないでしょう」


 すると、テーブルの椅子に座っている俺の母親が、それを見て呆れた様子で言ってきた。相変わらず派手な格好をしていて、金色の髪を盛っている。

 垂れ目の眠そうな目で、面倒くさい事が起きたといった感じで、ネイルをしている。


 そう、このクソ親父は空手の有段者で、喧嘩で培ってきた技程度では、こいつには勝てなかった。


「相変わらずムカつくガキだわ。てめぇ、また面倒事起こしやがったようだな? ここに警察が来たぞ、なぁ、おい。てめぇは、何度も何度も警察の世話になってんだ。なにか騒ぎを起こしたら、ここに来るって分かんねぇか?」


 そして、掴んだ俺の足を地面に落とし、再び俺の頭を掴んでそう言ってくる。


「分かる分けないでしょう。こいつバカなんだから」


 更に、母親までそう言ってきた。自分の息子に言う言葉じゃねぇよな。だけど、これは仕方がない事だ。なぜならこいつらは……。


「ちっ……てめぇが降ろさねぇから、ガキなんて育てる羽目になったんだろうが」


「なによ~避妊しなかったあんたが悪いんでしょう? あと、降ろしたければその責任は、男にくるんじゃないの? 避妊代金はあんたが用意するのが、筋でしょうが」


「んだと……!」


 また始まった……いつもいつも俺の事になると、こうやって喧嘩をする。母親は、16で俺を産んだ。話を聞く限り、望まない妊娠ってやつだな。

 楽しい家族の思い出? そんなのはねぇな。物心ついた時から、こいつらが喧嘩する姿しか見てねぇよ。


「喧嘩すんなら、離せ。外に出るからよ」


「そうはいかねぇよ」


 正直俺にはどうでも良かった。だから、外出すると言ったんだが、その瞬間クソ親父の手に力が入り、俺の頭を締め付けて来やがった。


「うぐぁ……この……クソ親父が!」


「そのクソから生まれたのがてめぇだよ、クソガキ!」


 するとクソ親父は、手にした布を俺の口に巻き付け付けると、声を出せないようにしてきた。そして、両腕も縛り付けてきた。抵抗はしたが、このクソ親父の力の前では、無意味だったよ。

 これだよ……ただ殴るだけじゃあ、声が外に漏れてしまって、近所に聞こえてしまう。そうなると、警察呼ばれちまうからな。そして……。


「おらぁ!!」


「うごっ……」


 そのまま、俺の腹を思い切り殴ってきた。頭とか殴るより、腹はアザが目立ちにくいからな。それと、より苦しませる事が出来る。


 間違っても、顔を殴り続けたらダメだ。相手を殴りつけて苦しませる場合、気絶させたら意味がないからな。その分、腹は気絶しにくいから、丁度良いんだよ。


「おら! ふん!」


「おっ……ごぉ。ぐぅ!」


 もちろん、そのままクソ親父は次々と俺の腹や、その横腹を殴ってくる。正直苦しくて堪らないが、このままやられっぱなしもしゃくに障る。


「ふっ……!!」


 だから、俺も反撃をしたのだが、やっぱり軽々と受け止められてしまった。強すぎる……。


「てめぇ、それが親に向ける態度か!」


「おぐっ!!」


 こいつらを親と思った事はねぇ。そりゃあ一歩外に出れば、しっかりと親を演じやがるが、家の中ではこの通り、俺はこいつらのストレスの捌け口だ。それに、小学生の頃はこんな暴力はなかった。バレる恐れがあるからな。本当に、ただのバカ親じゃないから、余計にたちが悪い。


 そして、クソ親父は好きなだけ俺を殴り続けると、苦しさのあまり床に倒れた俺の懐を探る。


「良いか、クソガキ。外で問題だけは起こすんじゃねぇよ。これは、俺達への迷惑料だ」


 すると、俺の内ポケットから、今日かつあげして手に入れた現金を、全て奪い取った。そして更に、俺の腕を縛っていた布と、口に巻き付けていた布を取ってきた。


 なんだ? もう殴るのは終いかよ。


「てめっ……返せ。それは……」


「どうせかつあげして手に入れた金だろうが、有効活用して処分しといてやるよ」


「ふざけんな……!」


 とにかく、その金は俺が手に入れたものなんだよ、てめぇらが使っていいわけねぇだろう。だから、俺は渾身の力を入れて、親父に蹴りかかったが……蹴りを入れようとする前に、クソ親父の拳が、俺のみぞおちに打ちこまれた。


「おっ……あっ……」


 これ、マジで声がでねぇんだよ。息もし辛くなるし、最悪だ……。


「クソガキが、俺に勝てると思ってんじゃねぇぞ。ほぉ……結構取ってやがんじゃねぇか。久々にスロ打てるな」


「ちょっと、半分頂戴。新作バック欲しいんだけど~」


「ちっ、もうそんな歳じゃねぇだろう」


「失礼ねぇ、いつでも心は若いままなのよ。それとも、年相応におばちゃんになった方が良いの? 私が20代後半に見える方が、良いんじゃないの?」


「どっちでも良いわ、面倒くせぇ。まぁ良い。生活費に手出される方が厄介だからな、おらよ」


「ふふ、ありがとう」


 くそ、くそ……最悪だこいつらは……。

 と言うか、クソ親父は長距離トラックの運転手だから、稼げてるんじゃ……。


「あ~しかしクビにされて焦ったが、こいつ殴ってスっとしたわ。しかも金も手に入ったし、労働力としては良いかもな」


「あはは! 本当ねぇ~私も、もう夜の仕事が厳しくなってきたのよねぇ。と言うか、もう働きたくないし、このガキに働かせましょうか」


 クソ親父が……クビにされたのかよ。本性出ちまったんじゃねぇのか……? とにかく、さっきのクソ親父の一撃が思いの外ダメージがデカくて、俺は中々動けなかった。


 そして、そのまま両親は夜の街に消えていった。


 あぁ、本当に俺は……なんの為に生まれたんだ? なんの為に生きてるんだ……。


 ―― ―― ――


 その後、なんとか動けるようになった俺は、アパートから出て、人の少ない街をふらついている。

 無一文のままでは、明日の飯がないからな。あの両親は、俺が高校生になってからは、飯なんか用意しねぇ。中学生の時でも、ろくな飯用意しなかったがな。


 まぁ、自分でなんとか出来るさ。ただ、流石に無一文はやべぇ、全部持っていきやがって、あの野郎。


 こうなったら、新たに誰かかつあげしねぇとな。だけど、こんな時間は、かつあげ出来そうな奴は少ねぇ。どうしたものか……。


 するとその時、目の前から誰かがフラフラしながらやって来た。誰だ? と思ったら、アパートに帰る前にかつあげした、あの軟弱野郎じゃねぇか。


 丁度いいや、金を持ってるかは分からねぇが、それでも今俺は、むしゃくしゃしてんだ。またボコボコにしてやるか。


 だけど、そいつはなぜか俯きながら、俺に走って向かってくる。おいおい、何考えてんだ? と思った次の瞬間、そいつが包丁を握り締めているのが見えた。危ねぇな、こいつ!


「ちっ……!! おらぁ!」


「うっ……!」


 とにかく、俺は慌ててその包丁を蹴り飛ばしたが、これは立派な犯罪だよな。あ~あ、間違った方法を使いやがって。


「おい、てめぇ。俺を殺す気だったのか?」


「はぁ、はぁ……」


 そして、俺はそいつに近付くと、また首元の襟を掴んだ。


「まぁ、丁度良い。捕まりたくなければ、俺に金を寄越しな。そうすりゃ、サツには言わないでおくぜ」


 幸い、通行人がほぼいなくて、なにが起こったか見ていた奴はいないだろう。良い金づるが出来たぜ。


「はぁ……はぁ、僕の……大切を……よくも……!」


「あっ? がっ……!!」


 すると、なんとそいつは、ポケットに隠し持っていたカッターナイフを、俺の太股に刺してきた。嘘だろう……こんな簡単に刺すなんて……。


 そして、俺が手を離した隙に、そいつは俺が蹴り飛ばした包丁の所まで行き、それを拾い上げると、ゆっくりと俺の元に近付いてくる。


「はぁ……はぁ、僕は出来る。僕は軟弱じゃない……お前なんかに、お前なんかに、僕のなにが分かるんだ!!」


「待っ……!」


 その時俺は、一瞬で恐怖した。


 圧倒的な力、暴力。あのクソ親父から受けるものと同じ。だけど、今度は俺の命を奪おうとしてくる。

 殺気の籠もったこいつの目を見て、俺は生まれて初めて、恐怖した。


 死への恐怖を。


「がっ……!!」


 そして、胸元に激しい痛みと、もの凄い熱さを感じた。叫び声なんて上げられない。俺は、恐怖で声も出なくなっていた。

 情けねぇな、俺は……取り巻き達に最強と言われても、クソ親父には勝てねぇし、更にこんな奴に殺されるのか……。


「あはっ、あはっ!! あははは!! ヤれる殺れる! 僕はやれるんだぁあ!! これは魔王退治だ! お前は魔王だ!」


 しかも、狂いやがったか……サイコパス野郎……。


 そいつは、俺の胸を刺すだけじゃあ飽き足らず、喉、腹、顔と、次々と俺の体に包丁をブッ刺してくる。

 痛い熱いの前に、もう既に息がしにくくなっている。いや、もう死ぬな……これ。なんなんだ、この惨めな死に方はよぉ。


 そして通行人達が、携帯で何か話をしているのを聞きながら、俺は意識が遠のいていった。


『あちゃぁ……何これ? この子の闇、相当じゃん。もう直ぐ死ぬ人を迎えに来たら、えげつないもの見ちゃったわ』


 だが、俺が意識を失う瞬間、俺の目の前に何かが浮いてるのが見えた。しかし、それを確認する前に、俺は完全に息が出来なくなり、そして想像出来ない程の苦しさを感じ、その後目の前が真っ暗になってしまった。

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