第二話 迎えの者

 村長の料理のせいで、意識を落としていた俺だが、体がフワフワと浮いている感覚がしたので、ゆっくりと目を開けてみた。


「あっ、気が付きましたか? 大丈夫ですか?」


「んあっ? あ~生きてた……」


 とりあえず死ぬかと思った。あの村長の料理は、凶器かよ。本当なら「ぶっ殺してやりてぇ」とか思うんだが、なんだかそれどろじゃないからな。


 それとジルの奴、魔法で俺を浮かせて運んでたのか。ということは、もう村は出たのか?


「あっ、そのまま動かないで下さい。まだ手が痺れてるんじゃないんですか?」


「くっ……確かに。あの野郎」


 立ち上がろうとしたら無理だったよ、体が麻痺したみたいじゃねぇかよ。でも、なぜか体調だけは良いんだよな。


「まぁ、文句を言わないで下さい。あの村長さんの料理、実は滅多に食べられるものじゃないんです」


「えっ?」


「あの料理、本当にかなり強力な薬膳料理で、状態以上や体力回復はもちろん、その者の心のバランス、歪んだ精神状態をも直しちゃうんですよ」


「へぇ……それは凄いね」


 あれ? ちょっと待て、なぜか口調がおかしいぞ。


「僕もあの村に着いた瞬間、食べさせられましたけどね。臭いで動けなくなっているところを、口に放り込むとか……かなり手慣れた作業で、抵抗出来ませんでしたよ」


「確かに……俺も同じ方法で食べさせられたけど、あれは無理だね~」


 いや、だから……なんで最後女っぽくなっちまうんだ。待て、心のバランスは良い。歪んだ精神も直す……って、ま、ま、まさか!!


 俺は今、体は女なのに、心がそうじゃない状態だ。それはつまり、精神が歪んでると捉えられても、おかしくないだろう。


 それで、俺もその薬膳料理を食っちまったと言う事は……。


『まさか、ここであの料理を口にするなんて……更正プログラムを厳しくする必要があるかしら……』


「てめっ……」


『あっ、静かに。私の姿は、男の子君には見えてないからね』


 すると俺の横に、なんと昨夜の妖精が現れ、意外な表情をしながらそう言ってきた。丁度良い、昨夜の事で聞きたい事があるんだ。しかし、一方的に妖精が喋ってきやがる。


『でも、まだ男で在ろうとしてるわね~だからかな? 無意識レベルでは女の子になりつつあるけれど、考えはまだ完全に男だね~もう1回あの料理食べる?』


「いや、もう……勘弁して」


 冗談じゃない……無意識下では、女性になってしまうって事なのか……ということは、男に恋したりも……うわぁ、寒気がした。

 だけど、ジルみたいな男の子だったら、動物を愛でるみたいな感じで良い……わけねぇだろう!! 無意識の変化はぇぞ、こら! 負けてたまるか! 抵抗してやる!


『あはは~これはこれで楽しいや。それじゃあね~』


「あっ、待て! お前にはまだ、聞きたい事が!」


 だけど、妖精の野郎はそう言うと、そのまま姿を消してしまった。あの野郎、好き勝手出て来ては、さっきみたいに好き勝手言っていくのかよ。少しは俺の話を聞きやがれ……と思ったが、ジルが凄い目で見てきていたよ。やべぇ、大声出しちまった。とりあえず口笛で誤魔化しとけ。


 とにかく、誤魔化せたかは分からないが、その間にもジルは、襲ってくるモンスターを風の魔法で蹴散らしながら、平原を先へと進んで行く。その前に、どこに向かってるんだ、これは。


「なぁ、ジル。これどこに向かってるんだ?」


「着いたら分かります」


 秘密って事かよ。まぁ、いいや。捕まえようとしたら、逃げればいいからな。


 すると、ジルが俺の方を向くと、俺の体をジロジロと見て来やがった。なんだ、やっぱりこの豊満なボディに目がいっちまうか? まぁ、しょうがねぇよな。


「マリナさん。流石にその格好は目立ちますし、あとで着替えてもらいますね」


 なんだ、服の事かよ。確かに異世界とは言え、学ラン姿の奴なんて、いるわけねぇよな。

 それと、サイズの合ってない服を、いつまでも着ているわけにはいかねぇからな。だが、女物の服は着ねぇからな。


「ありがとな。だけど、それだけか?」


「……? えぇ、そうですけど」


「あっ、そ」


 …………ん? なんだ、この面白くない感じは。いや、別に俺の体で興奮して欲しいんじゃなくてだな、せめてもう少し意識しても……じゃねぇよ、バカ!! 何考えてんだ、俺はぁぁあ!! あの薬膳料理、恐ろしいな!!


「……顔面芸、得意みたいですね」


「うるせぇよ! 見てんじゃねぇよ!」


 また表情を、コロコロと変えてしまっていたようだ。ちくしょう、無性に恥ずかしい。


『減点5っと……』


「……あっ?」


 おい、ちょっと待て妖精さんよ。なに出て来てんだ、そんでなに減点してんだ? 今の受け答えでかよ? 嘘だろう……。


「待てこら、お前!」


『あれ~? 私にそんな口の聞き方して良いの? 私、見えてないんだよぉ?』


「はっ……!」


 あっ、やべぇ……つまり、ジルから見たら俺は独り言を……。


「頭大丈夫ですか? 薬膳料理で、どこかおかしくなったんでしょうか?」


 止めろこら、哀れみの目ならまだしも、真剣に心配している目は止めろ。


「な、何でもね……ない」


 ちくしょう、とにかく気を付けねぇと。この妖精、ことあるごとに現れては、こうやって採点していくのかよ。


 しかも、ドヤ顔で消えていきやがった。あぁ、蹴りてぇ……。


 ―― ―― ――


 その後、俺も自分で歩けるようになり、ジルの後ろを着いて歩いていると、目的の場所に着いたのか、ジルがある場所で足を止めた。ここが目的地か? 何も無い、ただただ広い草原なんだが?


 そして、ジルは懐から丸い物を取り出し、蓋のようなものを開けると、それを眺め始めた。何だあれは? 針が動いて……って、それ時計か?! あぁ……なんか歴史物のやつで、チラチラと見た事あるな。


「よし、10分前。まだ来てないですね」


「いいえ、とっくに着いていますよ!」


 すると、俺達の上空から急に声が響いてきた。なんだ、上に誰かいるのか?!


「はぁ……まだ集合時間の15分前なのに……」


 そして、ジルがそう呟いた瞬間、俺達の周りに凄い風が吹き荒れ、上から何かが降りてきた。

 ちょっと待て、この影。縦長なこの影は……おいおい、この世界はこんなのもあるのかよ。


 そして俺は、上から降りてくるそれを確認するため、顔を上に上げた。するとそこには、俺達の前に着陸しようとする、大きな飛行機の姿があった。

 いや、飛行機とかじゃないな。何て言ったっけ? そうそう、飛行船とか飛行艇とか、そういうやつだよな。


 船のような形をしているから、船底が深い。更にその横には、砲台がいくつか取り付けられていて、船首は尖っている。そのまま突進したら、敵船を撃墜出来そうだよ。まぁ、先が細いから折れそうだけど。そして、所々に青いラインが入ってるが、これってこいつらの国の定番の模様か?


 因みに、帆みたいなものはないけれど、代わりに大きな翼のようなものが2枚、横の砲台の近くに付いていたな。これで、上空でも船体を安定させる事が出来るんだろう。動力は……まぁ、魔法とか言うんだろうな。


 そして、着陸したその船の、横に付いていた出入り口から、男性と女性が降りてきた。


「遅刻ですよ、ジル君」


「いや、まだ集合時間の15分前でしょう?」


「もう15分前ですよ」


 降りてきたのは、軍人か何かか? ジルと同じような、青いラインの入った白い軍服を着ている。と言っても、俺のいた世界の軍服とは、少し違うな。若干ファッション性とやらを意識しているみたいだ。襟とか袖とか、その微妙に分かりにくいところが、少しお洒落になっていた。


 そして、その軍服の金髪セミロングの男性は、かけている眼鏡のズレを少し直し、その奥で光る目を俺に向けてくる。

 なんだこいつの目は……読めない。何を考えているのか分からない上に、こっちの事は全て見透かしていそうな、そんな目をしている。一見すると優しそうな目なんだが、こういう目をする奴が、一番危ねぇんだよな。

 歳は20代に見えるが、実はもっと上なんじゃないか? そう思わせる程の雰囲気を持っているぞ。


「時間は有限です。さぁ、早くその囚人を連れて来なさい」


「…………んっ?」


 囚人って誰の事よ。


「ごめんなさい……元々僕に下されていた指令は、あなたの捕縛か処理なんです」


「……なんだと? って、うぉ!!」


 すると、今度は俺の体に鞭が飛んできて、俺の体を縛り付けた。またこれかよ……。


「良いから大人しくしていなさい」


 そして、軍服の男性の後ろから、ミニスカートの同じような軍服を着た女性が、そう言ってくる。というか、鞭を飛ばしてきたのはこいつかよ。凄い伸びる鞭だな、おい。


 それにしても、つり目でキツそうだけど、透き通るような水色のロングヘアーの髪は、風に靡いてもサラサラと流れるだけで、形を崩さずにいる。

 体型もモデルみたいで、胸はデカすぎず小さすぎず、丁度良い大きさをしている。かなり美人だな、こいつ。と言っても、こいつも20代いってそうだけどな。


 それで……俺はこのまま連行と言う事か? それと、お前ここには1人で来たって言ったよな?


「ジル~誰にも言わずに1人で来たって、そう言ってなかったか?」


「えぇ、そうですよ。だから、昨夜連絡をして、ここに迎えに来て貰ったのです」


 あ~なるほどな……そういうことか。


「さて、行きますよジル君。国王様がお待ちです」


「はい、分かりました」


 そして、軍服の男性がそう言うと、俺は鞭で縛られたまま、引っ張られて行く。

 せめてもうちょい丁寧に扱ってくれないかな……ちょっと前の俺なら、抵抗ものだぞ。ただな、抵抗したらまたあの妖精が出て来て、減点かまして来そうなんだわ。あぁ、イライラする……。


「いたたた……ちょっと待て、自分で歩けるから、引きずらないでくれるか!」


「……却下」


「なんでだ!」


「うるさいわね、乳牛女」


 えっ? なんか、俺を鞭で縛ってる女性に、俺の胸を睨みつけられたんだが? もしかして、俺の方がデカいから、嫉妬してる……? 女って、そういうのがあるから厄介だよな。


 だけど、お前も全くないわけじゃないないだろう。


「ちょっ……胸はデカさとか関係ないだろう! 形とか、その人に合ってるかどうかだろう!」


 顔が童顔なのに、超巨乳だったりされると、バランスが悪く思えてしまうんだよ。そのアンバランスが良いって奴もいるけどさ、俺はちょっとダメだわ。


 その前に、女性は胸じゃねぇんだよ。


「あのな、女性の魅力は胸だけじゃ……」


「うるさいわね! 良いから来なさい!」


「あだだだだ!! 引っ張るな、引っ張るな!」


 くそ、変わろうとか考えた矢先にこれだよ。全く、試練だらけじゃねぇかよ。

 とにかく、連行だと言うのなら、なんとしても逃げないとな。牢屋に幽閉とかされたら、その瞬間終わりじゃねぇか。


 ジルの野郎を、少しでも信用した俺がバカだったな。やはり、人は信用しない方が良いんだよ。ただな……。


『…………』


 あの妖精が、遠くからめちゃくちゃ俺を見てきてるんだよ。その手に、変な端末のようなものを出してな。


 分かった分かった……しばらく様子を見れば良いんだろう? 全く、油断も隙もねぇな……。

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