第一章 王国へ向けて

第一話 俺、変わるから

 翌朝、目が覚めた俺は、先ず自分の体をチェックした。元に戻ってるかどうかだが……ちゃんと戻っていたな。

 まぁ、パジャマが大変な事になっていて、慌てて昨日着ていた学ランに着替えたけどな。ジルが起きなくて良かった。


 結局あいつは、俺が謎の妖精と話してる間は、戻って来なかった。俺が、1度に沢山与えられた情報を、ベッドに横になって処理している時に、ヒョッコリと戻ってきた。そんで、そのままベッドに潜って、可愛い寝息を立て始めたさ。やっぱりまだまだ子供だな。


 それで、昨日の事を整理したのだが……やはり、俺は死んでいたらしい。そして、あの虫女によって、この女エルフの体に作り替えられたようだ。

 生まれ変わるなら、赤ん坊からというのが普通だろう? 俺の場合、これは完全に作り替えられたんだろうな。


 それと、どうやら俺に、更正プログラムとやらを行ったらしいな。非行をしたら減点で、0点以下にもなるとか、どれだけ厳しいんだよ。そのせいで、今の俺は-60点という、あり得ない点数になっていたわけだ。

 ここに来てから、既にチェックしていたのかよ。それなら、もうちょい早くに出て来いや!!


 とにかく、1年以内に80点にならないと、俺はその存在ごと消滅させられてしまう。それは、死ぬよりも嫌だな。

 俺がこんなにも恐いと思ったのは初めてだ……それに、更正したところで、地獄行きは免れないってか。それなら更正させる意味がないだろう……。


 なにか、まだ何かあるのか? あり得るな。今度あいつが出て来たときに、聞いてみるとするか。


 そして、妖精が最後に言った言葉、混血世界アマルガ。これは、単純にこの世界を指しているんだろう。混血……混ざってるのか? どっちにしても、ここが異世界だと言うのが、確定してしまったな。


 そう言えば、昨日村を襲って来た奴等。その中で、自分の特異力の事を『風刃』って言った奴がいたよな? これ、日本の単語だよな?

 混血……って、まさか……日本を含めた色んな国が混ざって……るだけじゃあ、モンスターは生まれないだろう。


 他の異世界も混じってるのか?


 どっちにしても、この世界の事はもうちょっと調べないとな……。


 そんで、取り急いでやらなきゃならないのは、更正だな……無理やりだろうとなんだろうと、更正しなけりゃ、俺は存在ごと消滅させられるんだ。


 ただ、なんで無理やり更正させるんだ? 地獄に落とせないほどに、魂が汚れているなら、とっとと消滅させるだろう?

 あ~これもなんかあるな……多分だが、まだ俺に言ってない事があるんだろう。


 それにしても、じゃあ今から変わります~って、出来る分けねぇだろう!


「ふわぁぁ……んっ、朝ですか……」


 まぁでも、ちょっとずつでも対応を変えていけば、なんとかなるんじゃねぇか?


「あっ、マリナさん。元の体に戻れたんですね」


 いやいや……しかし、いくらなんでも順応しすぎだっつ~の。だけどな……命どころか、俺の存在ごと無くなるなんて……何回も言うが、それは嫌だわ。

 だってよ、俺が生まれた事すら、忘れられるんだろう? 俺は最初からいなかった事になるんだ……何度考えても恐ろしい。それは流石に嫌だわ。


「……マリナさん?」


 それなら、無理やりになってしまったが、この機会に変わってやろうか。ちょっとずつでも、少しだけでもな。

 つ~わけで、今日から人を殴ったり蹴ったりするのは、1人だけにしよう……いや、先ず暴力はダメだったな。


「朝から1人で、なに顔面芸やってるんですか?」


「うひょわぁ!!」


 変な声出ちまった! いきなり後ろから声をかけるな!! それと、顔面芸ってなんだ?! もしかして、表情がコロコロ変わってたのか?


「お、起きてたのかよ……」


「さっきから起きてますが?」


 首を傾げて言うな。ちょっと考え込んでいたわ。とにかく、いきなり女にはなれねぇし、尖った行動を先ずは直さないとな。


 そしてその後、ジルも昨日と同じ服装に着替えた後、足早に部屋を出ようとする。ただ、俺の目の前で着替えるなよ……真っ白に透き通る肌が、少し羨ましく思えてしまった。まぁ、早く村を出たいのは分かるが、朝食くらい食おうぜ。


 それと、昨日と同じ服で臭くないか? 俺もだけどな……。


「ちょっと待て、俺達臭くないか? 昨日なんだかんだで、風呂にも入ってねぇんだぞ」


「あぁ、そうですね。ちょっと待って下さい」


 すると、ジルが俺の方に杖を向けた瞬間、霧みたいなものが先端から噴出し、俺の体に当たった。おいおい……大丈夫なのか、これ。


「それで綺麗になりましたよ。臭いもないでしょう?」


「んっ……おぉ、確かに……魔法って便利だな」


 爽やかなフローラルの香りがしてきたよ。この世界って、洗濯の概念がないかもしれないな。


 そしてその後、ジルは自分にもその魔法をかけて、服を綺麗にすると、俺達が寝ていた2階の部屋から、1階に降りた。その後直ぐに、村長の姿を探したが……いない。


「おい、村長は?」


「いませんね……恐らく、あそこに行ってるんでしょう。マズいです。早く出発しますよ!」


 すると、ジルは俺の腕を掴むと、村長の家を飛び出した。


「えっ……おっ? いや、朝食はどうすんだよ」


「道中で何か捕まえます。それよりも、一刻も早くこの村から出ないと、命に関わります」


「なんだそりゃ?! あっ、まさか……また帝国の奴等を呼んでるとかか?」


 やっぱり、たとえ俺が小さくなっていたとしても、昨夜の間に逃げておくべきだったか。

 しかし、村の出入り口に向かおうとした俺達の背後から、丁度村長の声が聞こえてきた。


「おや? もう出るのか? どうやら、急いでいるようじゃな……しかし、朝食くらい食っていかんか?」


 あ~あ、見つかってしまったようだな。その朝食って、鉛玉だとか言うんじゃねぇだろうな? 振り向いたら、帝国の人間達が囲んでんだろう?


「最悪です……」


 それと、ジルが顔を真っ青にしていて、額から脂汗も流していたぞ。そんなに最悪の状況なのか? 俺が全部倒してやるのに。


「へっ……こうなったら何でも来いだ。俺は逃げねぇからな!」


 そして、俺は更正プログラムの事も含めて、自分に言い聞かせるようにして、そう叫んだ。あぁそうさ、誰が逃げるものか。俺はいつでも、そうやって戦ってきたんだ。更正プログラムだろうと、帝国の人間だろうと、何でも来やがれ!


 それと、何だかんだ言って、こいつは俺に良くしてくれている。裏切ろうとしていても、俺をこの村に放置して行かなかった。それだけでも、多少は信用しても良いかもな。あの取り巻きどもよりマシだ。

 だから、俺さえ裏切らなければ、こいつは俺に尽くしてくれるんだよ。なぜかは分からねぇが、それはそれで悪くねぇ。


 その為にも、こいつが出来ない事は、俺がやってやる。


「大丈夫だ、ジル。お前が出来ない事は、俺がやってやる」


「本当ですか?!」


「ぬぉっ……! おっ、おぅ……」


 なんだこいつ……いきなり目をキラキラ輝かして、俺に引っ付いてきた。止めんかその反応……なんか可愛い。って、なに考えてんだ俺は!


「だけど、なんで急に……」


「ん? まぁ、色々とな……とにかく、以前と同じじゃダメみたいでな。だから、変わるわ、俺。上手くいくかは分からないが、先ずは目の前の状況を打開してやるよ」


 そして、俺はそう言うと、後ろを振り返り、村長を睨みつける……が、そこには村長1人だけしかいなかった。


 あら? 帝国の奴等は? もしかして、俺は凄い勘違いをしたんじゃ……それなら、なんでジルは恐がって……って、おい待て村長……その手に持ってるのはなんだ?


「いやぁ、良かったわい。折角作ったのに、勿体ない事をするところじゃった」


 いや、朝食なのか、それが……。

 お盆に色とりどりの草や花が並べられ、その中央には、団子のようなものが並べられていた。だけど……その団子から異様な臭いがしてくるんだよ。またかよ、こら!


「た、助かりましたマリナさん。それじゃあ、お願いします!」


「えぁっ?! おっ、ちょっ、アレ食うんか?!」


「自慢の薬膳料理じゃ」


 薬膳じゃねぇ、それ絶対薬膳じゃねぇ!! 近付けるな! 近付いてくるなぁあ!


「さぁ、出来たての内に食ってくれ」


「うっ……うぎ……」


 なんなんだこれは。これは……今まで俺が好き勝手言ってきた罰なのか? それとも、これも更正プログラムだって言うのか?!


 あぁ、悪かった……悪かったよ。もう文句は言わねぇ……変わるからさ……せめてこの料理だけは、回避させてくれないか?

 だけど、何度躊躇してもなにも変わることはなく、俺は村長の手によって、その料理を口の中に詰められてしまった。


 そして、息苦しさに耐えきれず、その団子を噛んだ瞬間、なにかの汁が飛び出し、それで舌が痺れてきてしまった。

 更に、脳天を突き刺すような刺激も加わり、堪らず飲み込んだら、今度は胃が焼けるような感覚に襲われた。


 これ、本当に食い物だろうな!

 あっ、ダメだ……あまりの不味さと刺激で、い、意識が……。


「マリナさん? マリナさん!!」


 そして、ジルの声を聞きながら、俺は意識が遠くなっていく。だけど、途中からジルの声も聞こえなくなり、そのまま意識まで失ってしまった。

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