第十話 異世界での初めての夜

 その後、村長との話が終わり、俺の体の事もあるというので、出発は明日の朝にする事になった。別に大丈夫なのによ。


 そんで、お詫びなのかは知らないが、飯を食わせてくれたついでに、寝る場所も用意して貰った。飯は、ちゃんと俺の分もあった。まともなやつがな。てっきり、あの薬草を煎じたやつが出てくるかとおもった。

 まぁ、飯を用意するのは当然だわな。敵に俺達の事をチクったんだから。ただ……。


「おい、ジル。これしかなかったのか?」


 俺の寝間着が、小さな女の子が着る様な、可愛らしい刺繍の入ったものだったんだよ。ただ、これも麻で出来てるな……ちょっと着心地が良くねぇ。


「文句言わないで下さい」


 そしてもう一つ……。


「なんでベッドが1つなんだ?」


「それもしょうがないですよ。村長の家とは言え、僕1人が泊まるのでやっとでしたから」


 まさか、このガキと一緒に寝ることになるとは……ガキとは言え男だから……なんて考えは、こいつにはあまり当てはまりそうにないな。ガキっぽくねぇ上に、自分で紳士だって言い出す始末だからな。


「しょうがねぇ……手出すなよ」


「お子様には手を出しません。それと、僕は異性の魅力とか良く分からないので」


「……胸押し付けられて、顔真っ赤にしてたくせに」


「……もう一回縛りましょうか?」


「分かった、分かった! お前、縛るの大好きかよ」


 とにかく、あまりこのガキをからかいすぎると、とんでもない罰が飛んでくるな……。


「あぁ、そうだ。先に寝といて下さい。僕は少し、明日の出発の準備をしてきます」


「んっ? あぁ、分かった」


 すると、俺が布団に潜ろうとしたところで、ジルがそう言ってきて、そして部屋から出て行った。

 準備ねぇ……そのまま、俺を処分する計画でもしてんじゃねぇのか? まぁ、処分するなら、あいつの魔法でとっくにしてるな……。


「ふぅ……今日は疲れたな……俺の身に何が起こったか分からないまま、一日が終わるなんてな……」


 そして俺は、ベッドの上に仰向けに寝転がると、ボロい天井を見上げる。

 本当なら今頃、あの肩身の狭い家で寝ているか、どっかの女の家の、狭いベッドで寝ているかだな。


 あぁ、やっぱりろくでもない人生だな。俺の人生は……。


「なんなら、やり直してぇもんだな」


 そして俺は、ゆっくりと目を閉じる……ただ、俺はこの時間がどうしても嫌だな。思い出したくない事や、考えたくない事を考えてしまう。


 あのクソ両親……あいつら、俺が死んでも喜んでそうだな。そう考えるとイライラしてくる。あいつらのせいで俺は……。

 考えたくないのに考えてしまう。俺をパシりのようにして使い、むしゃくしゃしていたら殴る蹴るの暴力だ。しかも、周りの人間にバレないようにな。だから俺は、今までずっとあんな扱いをされてきた。


 圧倒的な力による支配。


 今でも目を閉じると、あの家での出来事が鮮明に浮かんでくる。どうしても思い出しちまう。だから、俺は悟ったさ。

 あぁ……力こそが全てなんだって。そこに、正義も悪も存在しない。強い奴こそが、全てなんだと。


 ただ、その暴力を使って、野村の奴を気まぐれで助けてやったのに、なぜ手のひらを返したかのようにして、俺をいじめてくるのやら……。

 まぁ、野村をいじめていた奴らを、俺が単に気に入らなかっただけなんだがな……だから、ボコボコにしてやった。


 それなのに、なんで俺が悪者扱いされるんだ? なにか間違えたのか? いくら考えても、俺のこの性格じゃあ答えは出なかった。


 だから、人生をやり直せたとしても、結局一緒なんだろうな……。


「ちっ……人生をやり直せないにしても、せめてこの性格をなぁ……」


 だけどつい、声に出てしまう。やっぱりどうしてもな、失敗したのならやり直してぇよ。


『だったら変われば良いじゃん』


「そう簡単にはいかねぇよ」


『あなた、生まれ変わったんだよ。ここから変われば良いじゃない』


「女にか? へっ……くだらね……」


 ちょっと待て、俺は誰と喋ってる。


「なっ……!! 誰だ!」


 そして、それに気付いた俺は、慌てて飛び起き……ようとしたら、そこには女の姿があった。


 ヤバい、ぶつかる!!


『きゃっ! あ~ビックリした。あぁ、でも、私には触れないんだった』


「……はっ?」


 だけど、そんな声が聞こえたから、俺は恐る恐る目を開けてみる。すると目の前には、さっきの女の姿をした、小さな何かが飛んでいた。なんじゃこれ?


『は~い。冥界の妖精、リアンちゃんで~す』


 冥界の妖精? 俺、ついに頭イカれたか?

 露出の高い、小悪魔みたいな格好をしているのに、背中の羽根は確かに、妖精みたいな虫の羽根だ。そして更に、目がパッチリしてて綺麗だ。


 だけどちょっと待て……この声は……!


『いやぁ~しっかし、可愛い幼女になっちゃって~って、私こんな幼女にしたっけ? 年相応にしといたんだけどなぁ……まぁいいや~やっと1人になったからね~それで……きゃわっ!!』


「くそっ! 掴めねぇのかよ!」


 そうだ……! この声は、俺が死んだ直後に聞いた、あの声の主じゃねぇか!

 さ~が~し~た~ぜ~って、本当はそんなに探してねぇけどな。だけど、そっちから出て来てくれて助かったわ。


『あわわ!! 地獄の鬼みたいな顔!』


「あ~そうさ……お前も地獄に落としてやるんだよぉ!」


『な~んで、怒ってるの?! せっかくチャンスを上げてるのに!』


「チャンス?! なんの事だよ、ふざけんな! それよりも、なんで女になってんだよ! 俺の体になにをした! 全部説明しろ!」


『あ~分かったってば。その前に、あの可愛い男の子に聞かれるとマズいから、ロックしとくね』


 すると、その妖精の奴は扉に向かって指を弾いた。いったい何をした?


『これで、しばらくはここには入ってこられないし、ここの音も聞こえないよ。さて、それで……君の身に起こった事だよね?』


「あぁ、そうだ。全部しっかりと聞かせて貰うからな」


『と言っても、これただの、冥界の更正プログラムなんだよね~』


「そうか更正か……って、おい! 更正?!」


 なにサラッと言ってやがんだよ。更正プログラムってなんだよ。


「いったいどういう事だよ……」


『どういう事もなにも、そのままの意味よ。あなたの魂は汚れまくっていて、地獄にも天国にも行けなかったのよ。それこそ、天国を汚してしまうどころか、地獄すら汚してしまいかねなかったからね』


 へぇ、俺の魂って、そんなに汚れてたんか。だけどな、それは俺のせいじゃねぇぞ。あのクソ親どものせいなんだぞ! それなら、あのクソ両親をなんとかしてほしかったもんだね!


「あのなぁ……俺はなにも……」


『不良になんかなりたくなかった。でも、あの両親のもとではグレるしかなかった。そう言いたいんでしょう? 世の不良どもが言いそうな言葉ね』


「ぐっ……っるせぇ!!」


 とにかく、失礼な事を言うこの虫女は許せねぇ、だから俺はそいつに向かって蹴りを入れてみるが……やっぱりすり抜けやがった。くそ、どうしても触れねぇのかよ。


『残念~私はこの世界には存在してないのよ。これも、思念体を飛ばしてるだけだからね』


「ちっ……! うっとうしいな。それで、なんで女になってんだ?!」


『私の趣味』


「てめぇがこんな体にしたのかよ! この野郎!!」


『だから無理だってば~』


 あぁ、くそ! 蹴りてぇ、蹴り飛ばしてぇぞ、この虫! 蹴ってるのにすり抜けてるのがまたムカつくし、それを見てドヤ顔してんじゃねぇよ!


『とにかく、私はあんたの更正プログラムの、審査をする事になったんだから。あんまりそんな事をすると、減点するよ~』


「あぁっ?!」


 さっきから更正プログラム更正プログラムって、俺は更正なんかする気は……なかったら、さっきみたいな考えは湧かねぇよな。


「はぁ……もう起こっちまってるのならしょうがねぇ……文句言っても変わらねぇんだろ?」


『その通り~とにかくこの更正プログラムは、閻魔大王様の判断でおこなわれるの。あんたは、完全にこのプログラムを行わないと、地獄におちれないのよ』


 ちょっと待て、俺の目の前でフヨフヨ浮きながら、あっさりと言ったけどよ。更正しても地獄行きかよ。酷くねぇか?


「どっちにしても地獄行きかよ」


『そうよ、あんたはそれだけの事をしたのよ。いったい、何人の人生をめちゃくちゃにしたのかしらね~』


「あぁっ?!」


『お~こわ。あんたにその気がなくても、あんたの被害者は、そう思ってるのよ』


 軟弱な奴等だな……ちょっと殴っただけで……。


『それに、その内の1人が下半身不随になってたらね~あんた最低よ』


 あぁ、そう言えば……中学の頃、ボコった奴の1人がそうなったっけ? そいつも不良というか、グレてたからな、調子に乗って俺に喧嘩ふっかけてきたんだよな。それで徹底的に痛めつけてやったら、相手の脊髄がいかれたっぽいんだよな。弱い奴だったよ。


 ただ、それで相手に訴えられて、あのクソ親父にボコボコにされたっけな。まぁ、腕の良い弁護士をクソ親父が知ってたから、なんとか示談金を支払う形にはなったが、場合によっては、少年院にぶち込んでも良かったって言われたな。


 相手が悪ぃのによ……。


『まぁ、とにかく、あんたの地獄落ちは決定済みだし、覆す事は出来ないわ。ただその前に、少しでもあんたを更正しないと、地獄を汚されかねないのよ』


「断るって言ったら?」


『あんたの存在が消滅するわよ』


「はっ?!」


 おい待てや、消滅ってどういう事だ! 拒否っただけで消滅させるとか、やり過ぎじゃねぇか?


『あぁ、別に更正しないって言うなら、それでも良いよ。ただし、1年後にあんたは消滅するってだけ』


「……どういう事だ?」


 その虫女のあり得ない発言に、俺は少し冷や汗が出てしまった。流石に、死ぬとか地獄に落ちるとか、そんなレベルじゃねぇからな。俺の存在が消えるって、それって俺が生まれなかった事になるんだろう? それは流石に勘弁だぞ。


『このプログラム、期限があってね。1年以内に規程の点数にいっていなければ、更正不可能と判断されて、その存在を、魂ごと消滅させるって事になってるの』


「じょ、冗談じゃねぇぞ!」


 ふざんけなよ、そんな無理やりなプログラムがあってたまるか!


『因みに、言ったように減点もあるからね~1年以内に、規程の点数、80点を超える事ね~』


「あっ? 80点?」


 なんだ、バカみたいに高い点数じゃなかったな。それなら、割となんとかなるんじゃね?


『あっ、今のあんたの点数、-60点だからね』


「0点以下もあるんかよ!」


 まさかのマイナススタートかよ! なんでだ?!


『当然でしょう~今日、あの男の子を裏切った事で、-50点だから。あとは、細々した非行ね。まぁ、気を付けなさい』


「うぐぁぁぁ……」


 虫女のあり得ない発言の数々に、遂に俺の頭が熱を持ち始めた。どうする、どうすりゃ良いんだよ!


 するとその虫女が、真剣な顔から口角を少し上げると、俺をしっかりと見て言ってきた。


『あなた、変わりたかったんでしょう? 良いチャンスだと思いなさいよ。そしてようこそ、混血世界アマルガへ。あなたの行動、考え、そしてその命をどう使っていくか、じっくりと見させて貰うわね。それが、私の仕事だからね~』


 そう言うと、呆然とする俺を余所に、その虫女は消えていった。

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