第九話 油断出来ない
その後俺は、ジルに縄で縛られた状態で、村長の所に向かっている。襲ってきた奴らは、そのまま逃がしたらしい。甘いな、また襲って来るぞ。
だからって、この貧しい国では、処罰とかそういうのをやっている場合ではないらしい。
それに俺だって、まだ人を殺める覚悟は出来てない。それは、このガキもだろうな。
さて、とりあえず縄は解いてもらいたいところだな。
「あ~ジル……俺が悪かったから、縄解いてくんねぇかな?」
「ダメです」
あらら……怒ってるな、これは。当然だけどな。裏切ろうとしたら、誰だって怒るよな。当然の反応だ。ただ……。
「縄が胸に食い込んで痛いんだよ……」
「……」
おっ、ちょっと緩めてくれたな。ただ、こっち向けやこら。顔を進行方向に向けながら、よく縄を緩められるな。
まぁ、俺を縛る時も、顔を逸らしてたからな。こういう所はガキだよなぁ。
今俺は女だが、それを受け入れるつもりはねぇ。だが、この女の体の魅力を、武器にして使うのは割とありだよな。俺の羞恥心とプライドの問題があるが……。
「女の体に興味はあるんだな」
「別に……ないですよ。僕は紳士だから、見ないだけです」
言うねぇ……本当はドキドキしてるくせに。これはこれで面白ぇな。ちょっとからかってやるか。
「おっと……! あっ、わり」
「……っ?!」
そして俺は、わざとつまずいたフリをして、自分の胸をジルの腕に押し付けてみた。するとそいつの顔が、ゆでだこの様に真っ赤になっていきやがった。面白ぇ!!
「はは! なんだ、やっぱ興味あんじゃねぇ……か……」
あっ、この目はヤベぇな。
「ワザとですよね、今のは」
「あだだだだだだ!! 強く縛るな、強くしばるなぁ!! 分かった分かった、悪かったぁあ!!」
ジルの目に、いきなり殺気が籠もったのは驚いたよ。こいつ、あんな目も出来るんだな。俺がちょっとたじろいでしまった……。
「……さぁ、行きますよ」
「いだだだだだ!! ちょっと待て、縄緩めろ! そんで引っ張るな! 自分で歩けるっての!」
「ダメです」
ちくしょう……このガキ、怒らせると危ねぇかも。10歳のガキが、なんだってこんな子供らしからぬ行動をするんだ?
きっとなにか訳があるはずだ……ってその前に、俺の身に起こった事を調べないとな。そして、その後どうするか……だ。
―― ―― ――
「村長さん? 居ますか?」
その後、村長がいるかも知れないと言っていた、大きめの納屋に辿り着いたジルは、その納屋の中を覗き込みながら、声をかけている。その前に、すげぇ臭いがするな。
あと、ここに着くまでの間、ジルは凄い難しい顔をしていやがった。なにか考え事をしていたんだろうな。
「おぉ……これはこれはジルさん。先程の騒ぎは大丈夫でしたか?」
すると納屋の奥から、簡素な麻服みたいなものを着た老人が現れ、こちらにやって来るが、その手に持ってるものから、もの凄い臭いがしてきた。ちょっと待て、一旦それを置け。何を煎じていたんだ!
「あぁ、これは先程煎じたものです。飲みますか?」
しまった、俺の視線に気付いたか。その凄い臭いのするものを、俺に差し出してきた。だが、こんなの飲めんぞ。色もすげぇんだよ。
「い、いや……良いわ……臭いが……」
「まぁ、毒草ですからね」
「んなもん、飲まそうとするな!!」
「ほほっ、じじいの戯言じゃて、そうムキになるな」
危ねぇな、このじじぃ! 本当に村長なのか?!
「村長さん……」
すると、俺と村長のやり取りの後に、ジルが重い口調で村長に話しかける。
流石に、そんな口調で話しかけられたら、村長もふざけてる場合じゃないと思ったらしい。その顔が、少し真剣なものになった。
「お話があります……良いですか?」
「…………むっ、話か。ここじゃあなんじゃしな、家に行くか」
そして、一気に空気が重苦しくなった後、2人が納屋から出ようとする。
ちょっと待て、俺は縄で縛られてるから歩きづらいんだよ、足早に行こうとするな。
「おいこら、2人とも待てや。って、なんだこの粉っぽいのは……」
とにかく、俺も慌てて着いていこうとしたら、何かを踏んだ感触の後、粉っぽいものが舞い散ってきた。
そういえば、この中ごちゃごちゃしてやがるな。村長、ちゃんと掃除しとけや……ったく。
だけど、なんだか体がムズムズしてきたような……それと、縄が緩んできたぞ。おい、服まで……どうなってる?!
「あぁ、そうそう。確かその辺りに、チビチビームというキノコを放ったらかしにしとったな。踏んづけて胞子を飛ばさないようにな。その胞子を吸ったら、幼く……」
「ちゃんと掃除しとけや、じじい!!!!」
「うごっ?!」
手遅れだよ、遅ぇよ、バカ!! 幼くなっちまったじゃねぇか!! ちくしょう!
「あちゃぁ……すまんのう」
えっ? 効いてない?! くそ、思い切り頭を蹴り飛ばしたのに。しかも、爆発もしなかったぞ。なんなんだよこれは……色々と情報不足な上に、今度は幼児化かよ!
「あ~効き目はどれくらいですか?」
「明日の朝までじゃな」
「はぁ……」
すると、ジルが村長に、俺の状態について聞いてくれたが、最後はちょっと良くねぇぞ。
「おい、なにため息ついてんだ。しょうがねぇだろう、知らなかったんだしよ」
「とりあえず、服を何とかして下さい」
「はっ? なんとも出来ねぇだろう、こんなの。お前が見なけりゃ良いんだよ」
なんだかんだ、ずっと学ランなんだわ。ズボンは、ベルトをキツく締めてなんとかしていたが、こうなってしまったら何とも出来ないわ。まぁ、戻れるのなら慌ててもしょうがねぇよ。
「仕方ないですね」
「あんっ? って、ちょっ……!! 抱っこするな、こら!!」
すると、ジルが俺に近付いてきて、俺を抱き上げてきやがった。止めろ、それは俺のプライドが許さねぇよ。
幼くなっちまって、6歳か7歳くらいになったとはいえ、それでも心は18歳だぞ!
「大人しくしていて下さい。それとこうした方が、この服で体も隠せるし、全裸で歩かれるよりマシです」
全裸で歩いた方が、まだ恥ずかしくねぇんだよ。こっちの方が、気分的に恥ずかしいわ。だけど、離せと抗議をしても、ジルは離さなかった。
こんな体じゃあ、暴れても全く効果がなかったぞ! ちくしょう!! 本当に覚えてろ!
―― ―― ――
そしてその後、村長の家に着いた俺達は、玄関から入って直ぐにある部屋に通された。客間みたいなもんだな。
それと、流石村長だな、ちょっと大きめの家に住んでたわ。他の家と同じ木で出来ていても、雰囲気がちょっとちげぇわ。
「さて……話というのは……」
「分かってるはずですよね……」
「むっ……」
なにかマズい事態でも起こったんだろうな……だけどな、俺は羞恥心と、傷つけられたプライドを直すのに必死なんだわ。結局ずっと抱っこしやがって、あの野郎……。
まるで、お兄ちゃんが妹を抱っこして、一生懸命村長の家に連れて行くような、そんな光景にしか見えなくて、他の村人達から、微笑ましい目で見られてしまったわ!
「俺は男……18歳の男……強い男……あんな屈辱的な事はされない。されていない……」
そして俺は、椅子に座ったジルの横で、そのまま床に座り込むと、呪文のように呟いて、自分にそう言い聞かせる。
「僕がこの村に居る事を、帝国の人に言ったでしょう? 貧しい村ですからね、お金を積まれたら、話してしまっても仕方がないでしょう」
「……」
「誤魔化そうとしてもダメですよ、僕は極秘でここに来てますから。誰にも、ここに行く事は伝えていません。それなのに、帝国の人間にバレた……それはつまり、この村の人が言ったとしか、考えられないんですよ」
「ぬぅ……そうか。いや、済まなかった……ジル殿。金を積まれてしまい、つい……」
んっ? なんだ? 俺が自分と格闘している間に、更に気まずい雰囲気になってるんだが?
「分かっています。あなたを、この村を恨みはしませんよ。ですが、これ以上この村にいては危険と判断しました。本来なら、直ぐに出発したかったのですが……」
するとジルは、今度は床に座る俺に、視線を落としてくる。
なんか、気になる目をしているな。蔑んではいないが……なんだその目? まさか、心配してんじゃねぇだろうな? 別に俺は平気だっつ~の。なんなら、このまま村を出るか?
「なんだ? 俺はこのままでも大丈夫だぞ。出発するんか?」
「お子様がなにを言ってるんですか?」
「お前の方がお子様だろうが!!」
「はいはい……」
「頭撫でんな!!」
ちくしょう……このガキ、本当に覚えてろよ。もしも男に戻れたなら、お前を真っ先に泣かしてやるからな。
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