第七話 最強魔道士の男の子 ②

 その後、何度かモンスターとやらに出会いながらも、無事にジルが滞在している村に辿り着けた。


「おぉ、ジルさん。無事でしたか……!」


 すると、質素な格好をした村の門番が、ジルの姿を見つけてそう言ってきた。しかし「さん」付けかよ。こんなガキに「さん」付けって、本当にこのガキは、最強魔道士というわけなのか?


 まぁ、出会うモンスター全て、凍らせるか吹っ飛ばすか、風の刃で切り刻んでいたよ。しかも一撃でな。


 俺はと言うと……情けない事に、こいつの後ろで突っ立ってるだけだったわ。

 あぁ、俺のプライドが許さねぇ……この能力を使ってモンスターを倒せるようになって、このガキをギャフンと言わしてやりてぇな。


 だが、実際はそれどころじゃねぇんだよ。今の俺は女の体なんだよ、歩きづらいのなんのって……骨格が違うから、男の時の歩き方だとすぐに疲れしまう。しかも、胸が本当に邪魔だ。

 女の体は、何度も抱いてきたから見慣れているが、実際女の体になるのとは訳が違う。とりあえず、夜1人になれたら色々と確かめるか……。


「それで……ジルさん、どうでしたか?」


 すると門番は、当たり前のようにジルに色々と聞いている。まぁ、村の人達に頼まれたと言われていたし、報告はしないといけねぇよな。


「えぇ、あの辺りはやはり危険ですね。ウヨウヨとモンスターがいます。直ぐにでも国に帰り、討伐隊の編成を頼みに行きます。それまでは、近寄らないで下さいね」


「ありがとうございます。それで、後ろの方は……」


「あぁ、僕の目的の1つです。大丈夫です、今のところ害はありませんから」


 今のところって何だ? 引っかかる言い方をしやがって……なんなら害になってやろうか? おい。


「……あの、挨拶」


「あっ? いるのかよ?」


「そりゃぁ、普通は必要ですよ」


「…………マ、マリナだ」


 女の名前を言うのが、こんなに恥ずかしいとは思わなかったよ。だから挨拶したくなかったんだ。覚えてろよ、ガキ。


 とにかく、俺が死んだにせよ生きてるにせよ、こんな姿にした張本人を見つけ出し、出来るなら元の姿に戻して貰わないとな。その後、俺が地獄に行こうがどうなろうが、知ったこっちゃねぇ。


 どっちにしても、俺は行く先々で暴れとけば良い。力さえあれば、何事も上手くいく。

 あのクソ親父にも、この力があれば勝てたんだ。さっきまでも、力さえあれば、こんな屈辱を受けなくても済んだんだ。


 力が全て。それは全ての世界で当てはまる、簡単な理論だぜ。


「それで、長老は?」


「はい、薬草を煎じているはずです」


「それじゃあ、家じゃなくて納屋の方ですね」


「うぉっ?!」


 ちょっと待て! 門番と話した後に、俺を変な術で引っ張るな。軽く考えごとをしていて、そっちの動きに気付けてなかっただけだ。ちゃんと着いて行くっての。だから止めろ、俺が情けなく見える。


 それにしても、ここの村は静かなもんだな。住んでる人が少ないのか?


 家は全部木で出来ていて、台風が来たら、あっという間に崩壊しそうな程に、小さく軟弱そうな村だ。

 だけど、周りにある程度の木があるから、多少の暴風には耐えられそうだな。


「離せ……こら」


「逃げないですか?」


「なんで逃げるように見えた」


「いえ、僕があなたを殺すと言ったから、逃げ出そうとか考えているかと思って」


 おいおい、あんな言葉を言ってしまったから、俺が警戒して逃げるかも知れないと思ったのか? なんだ、その辺りの考えはまだガキだな。


「逃げねぇよ。逃げたところで、自称最強魔道士様のお前が、絶対捕まえるだろうが」


「そうですね……」


 おい、俺の自称って所は否定しないのかよ。もしかして、最強魔道士って周りから言われてはいるが、自分では自覚してないってのか? やれやれ、尚更こいつの力量が分からなくなってきたな。


 いや、もしかしたら、こいつよりも上の存在がいるのかもしれないな。厄介な世界だぜ、強者がウヨウヨいやがるのか……。


「……どうしました?」


「……いや、なんでもねぇ」


「そうですか、なにか面白そうな顔をしていたので」


 やべぇな、顔に出てたか? まぁ、そんな強者どもと戦えるなら、案外この世界も悪くねぇと思っちゃってな。


 こっちの世界の法律とかは知らねぇが、武器を平気で使っているということは、それを禁止する法律がないわけだ。良いね、好き勝手やれそうだぜ。


「…………」


 それで、何をジッと見ているんだ、お前は。さっきからずっと俺の顔を見やがって……。


「もう少し女性らしくすれば、きっと素敵なんでしょうね」


「んなっ?! 黙れ!」


 ちょっと待て、今凄く失礼な事を言ったか? 俺が女性らしくないってか? いや、まぁ、良いんだよ別に、俺は男だからな。それなのに、なんでこんなにムカつくんだ?


 いや、気にするな。それよりも、今気付いたが、俺がこんな格好とこんな口調なのに、こいつは怪しまないのかよ。


「はぁ……女らしくなくて悪かったな。それと、こんな格好とこんな口調で、怪しまねぇのかよ」


「なにをです?」


「いや……その……だな」


「確かに男っぽいですけど、あなたはどこからどう見ても女性でしょう? まさか、付いてるんですか?」


「いや、付いてねぇよ! って、何を言わせるんだ!!」


 くそ、このガキの言う通りというか、いくら男みたいな格好で、男みたいな口調でも、顔と胸を見たら、誰でも女性だと思うか。


「それと、そういう女性も、この世界には沢山いますから」


 あぁ、そうなのか。俺のいた世界では、こんな女性珍しいからな……まぁ、いなくもなかったわ。


 それよりも問題なのが、なぜかジルの言葉に動揺してしまった事だよな。女らしくって言葉に、凄くムカついたんだ。おいおい、精神が体に引っ張られてんじゃねぇだろうな。


 だけど、俺達がそんな会話をしていたら、いつの間にか数人の村人が、こっちを見ていやがった。

 おい、なに見てやがんだよ、見世物じゃねぇぞ……と思ったら、見ているのはこのガキだけじゃねぇか。危うくメンチ切るところだった。


 すると、今度はその村人達が、ゆっくりとジルの方に近付いて行く。なんだ、何をする気だ?


「あの、ジルさん。着いて早々お忙しくされていて、中々お願い出来なかったのですが……私達の頼み事を、聞いてもらえませんか?」


 そして、その中の生娘みたいな奴が、ジルにそう言ってきた。

 清楚系か……内気っぽくて、モジモジしながら顔を赤らめているな。そういう奴ほど、性に目覚めたら化けたりすんだよな……と、ゲスい事を想像したところで、俺のムスコは反応しないな……やっぱり駄目か。

 なんとか男の精神を保とうとしてみたが、余計に俺が女だって事を意識してしまったよ。


「頼み事? 良いですよ、ここでの用事はあらかた終わりましたので」


「ほ、本当ですか?! あ、それじゃあ、あの……」


 すると、それを聞いた他の村人達も、ジルの周りを一斉に取り囲み、各々サイン色紙みたいな物を取り出してきた。そして……。


『サイン下さい!! ジルさん!!』


「あっ、はい。分かりました」


 サインかよ?! 有名人か! 最強の魔道士ってのは、本当だったのか?! そんでお前も応えんのかよ!!


 あ~駄目だな。全員、目をキラキラ輝かせながら並んでいるな。こりゃ時間がかかりそうだ。

 全く……村長の所に行くのに、どれだけ時間かけるつもりだよ。サッサと行って終わらせて、お前の国とやらに行かせろや。


 だけどその時……村の外れの方で、急に大きな爆発音が響いた。


「キャァァア!!」


「な、なんだ! モンスターか?!」


「みんな、落ち着いて下さい!」


 そして、急な出来事に慌てる皆を、ジルが宥めている。

 サイン会の途中で事件が起きた時って、こんな感じかねぇ。って、考えてる場合じゃねぇや、何が起きた? モンスターとやらの襲撃か?!


「名も無き村の皆さん! ご機嫌よう! 我々は、リュクシオン帝国の者です! こちらに、ジル・ディエン君がいると聞いて伺いました! いらっしゃいますかぁ?!」


 すると、爆発音がした方から人間の声が聞こえてきた。あぁ、モンスターじゃねぇや、人間か……って、それにしては爆発音はおかしいだろう。穏やかに事を済ますような奴等じゃなさそうだな。


 頼むから、落ち着いて考える時間をくれねぇか? こちとら色々あり過ぎて、頭がショートしそうなんだよ。


「おいガキ……」


「だから、僕はジルです」


「あ~分かった分かった。それよりも、今来た奴等は悪い奴等か?」


「僕や、この村の人達から見たらそうですけど、他の人達から見たら、そうではないかもしれません。悪の定義は、幅広いですから……」


「まぁ、その辺りはこれから判断していくわ。とにかく、今はあいつらは悪だよな? そうだよな?」


「え……えぇ」


「じゃあ行ってくるわ」


「どこにですか?!」


 そんなの決まってんだろ? 悪者退治だよ~

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