第六話 最強魔道士の男の子 ①

 その後、俺はそのガキに着いて行き、村まで向かっているんだが……。


「ガルルル!!」


 おいおい……狼と出会うなんて最悪じゃねぇか。それとこの狼、毛が荒々しく逆立ってやがる。そんで、牙もすげぇな、おい。こんなのに噛みつかれたら、即死じゃねぇかよ。

 こんな狼も日本にはいねぇ、やっぱりどこかの外国……って訳でもねぇな。別世界に来てしまった感じだ……。


「エボルウルフですか……危険ですから、お姉さんは下がっていて下さい」


 ついでに言うと、実はこのガキの名前を聞こうとしたところで、こいつらが襲って来たんだ。よって、まだお互いの名前は知らねぇ。


 さて……しかしどうする、この状況……。


「オラージュ・ラム!」


「ギャゥン!!」


 そもそも狼は動きが速い。こうやって囲まれてる時点で、俺達は詰んでるな。こうなったら、最悪このガキを餌にして、俺はトンズラこけば……。


「……終わりましたよ?」


 だが、そもそも大量にいるとなると、このガキが襲われていても、他の狼が俺に向かって来るだろうな。ちっ、この足技が効くかどうかだな。


「……行きますよ」


「んっ? あぁ、よし! こうなったら腹決めて……あっ?」


 おい、狼どこ行った? 周りが血の海になっていて、肉片が散らばって……って、まさか!!


「終わったって言ったのに」


 そういや、なんか凄い風が巻き起こったなとは思っていたが、普通に自然の突風だと思ってしまった。こいつの術かよ。風で切り刻んだのか? 信じらんねぇ。


 だけどそのガキは、驚いている俺を無視して、さっさと先へと進んで行く。


「おい、待てやガキ」


「ガキじゃないです。ジル・ディエンという名前があります」


「あ~そうか、ジルっていうんか」


「それで、あなたは?」


「……あ~」


 しまったな……名前どう言えば良いんだ? ここで俺の本当の名前、剛なんて言った日にゃ、変な奴と思われて、哀れみの目を向けられそうだぞ。

 別にそんなこたぁ気にしねぇが、今俺の外見は女なんだよ……そこを考えないと、今後この世界で活動し辛くなるだろうな。


「無いですよね? 異世界から来た、住人さん」


「……」


 すると、そのジルというガキは、俺を見ながらそう言ってきた。

 異世界……だと? やっぱりここは、俺のいた世界とは違う世界なのか?! うわ、本当にそんな世界があったんだな……。


 これは、是非とも世界に……と思ったが、俺の居た世界にどうやって戻るんだ? というか、戻れるのか? いや、俺は死んだはずなんだよ。つまり、もうあの体であの世界には、戻れないんじゃねぇのか?


 とにかくどうする……こいつを信用するには、まだ材料が足りなさすぎる。 


 一応これでもな、色々な奴と渡り歩いていたんだ。喧嘩ってのは、力だけじゃねぇんだよ。頭よ頭。戦闘感ってのもあるが、なにより力だけじゃあ、喧嘩には勝てないんだよ。


 そうやって俺は、あの荒んだ世界を生きてきた。


「そうか……僕を信用出来ないのは当然ですね。でも、あなたが異世界から来た人だって言うのは、僕もまだ半信半疑です。だけど、あなたは名前を言えない。それだけで十分に、その可能性が出て来ました」


 すると、何も答えない俺に向かって、ジルがそう言ってきた。やべぇな、適当に名前を言っておくべきだったか。だが、女の名前なんて、そうそう出て来ねぇんだよな。


「でも、名前がないのは呼びづらいですし、異世界で使っていた名前でも、教えて貰えると助かるんですが」


 そうは言うが、それじゃあ「剛」でって言えねぇんだよ。俺が向こうの世界では男だったなんて知ったら、軽蔑するんじゃねぇのか? だから、教えられないんだよ。


「ちっ……好きに呼べよ」


「そうですか……それじゃあ…………」


 そして、俺がそう言った後に、ジルは顎に手を当てて悩み始めた。そんな真剣に考えなくても良いがな。

 それなら、自分で適当な名前を言えば良いと思うが、俺が今適当に浮かんだ女性の名前が、紀子のりことか冴子さえことか、俺の今のこの姿には、似つかわしくない名前ばっかなんだよな……。


 頑張ってそれっぽい名前を考えた所で、マリアが精一杯だわ。聖母かっつ~の。


「……ん~、マリナはどうでしょうか?」


 マリアとそう変わらない名前が出て来やがった。悩んでそれかよ、お前……。

 いや、まぁ……考えてくれたんだから、ケチは付けたくねぇけどよ。そんな女らしい名前にされても、こんな女っぽくない奴には似合わねぇだろう。そもそも女じゃねぇけどな。


 だけど、好きに呼べって言ったのはこっちだ。しょうがねぇ……。


「何でも良い」


「分かりました。それじゃあマリナさん、あなたはこの世界に来て、どうするつもりだったんですか?」


「お前、異世界から来たって事を信じるのか?」


「それを前提で聞いてます」


 なるほどな……信じるか信じないか言ったところで押し問答か。それなら、別の世界から来たという事を信じて話した方が、スムーズだわな。


 でも、俺ばかり話してたら、不公平だろうが。それに、あの場にこいつがタイミング良くいたのが、俺には引っかかってしょうがねぇんだよ。


「それじゃあ、先ずお前から答えろ。なんで俺のいた所にやって来たんだ? 見た所、あそこには何もなかっただろう? 用事でもない限り、あんな所に行く事はない」


 そもそも、村に案内すると言われて、もうだいぶ歩いてんだわ。俺がいたあの場所、村からだいぶ離れてんじゃねぇか。そうなると、ちょっと散歩で寄るような場所じゃない。

 それなら、あそこにこのガキがやって来たのは、目的があったからだ。それを聞かないとな。


「なるほど……観察力がありますね。簡単です。僕の用事のついでに、村の人達から、あの辺りで暴れているオーガゴブリンを、駆除して欲しいという依頼があったので、駆除をしていただけです。そして、僕は目的を達成した。だから、村に帰ってるんです」


「その用事ってのはなんだよ?」


 そこが重要だろうが、ぼかしやがって。

 そんでその途中で、くちばしがキリみたいになってる鳥が飛んできて、俺達を突き刺そうとしてきたけれど、ジルがあっという間に凍らせてしまった。話ながら変な術使うなよ……。


「あなたですよ、マリナさん」


「……俺?」


「そうです」


 すると、俺の前を歩いていたジルが、立ち止まって振り向いてくる。その目は結構真剣で、俺をしっかりと見ている。しかも、品定めもしているような……。

 そういう目はな……イライラするから止めて欲しいところだな。昔からやんちゃな事をしていたから、他の人は常に、俺を害虫を見るような目で見てきた。そして初めて会う奴は、俺を品定めするような目で見てくるんだよ。それで、俺が不良だって分かった瞬間、ビビって逃げ出すんだよ。


 まぁ、逃げ出して背中見せた瞬間、袋叩きにしてやったがな。

 ビクビクしながらも、一声かけて去って行くのはまだ許せるが、それもなしに逃げ出すのは、失礼だろうが。そんな奴には制裁してやったよ。だが、いつも捕まるのは俺の方だ。


「……その目で見んな」


「あぁ、ごめんなさい」


 そして俺は、威圧するようにしながらジルにそう言った。だが、そのガキは臆する事なく、普通に返して来やがった。

 おいおい、どう考えてもまだ小学生くらいだろう? ちょっとしっかりし過ぎてねぇか?


「とにかく、僕が住んでいる国の聖女が、1ヶ月前にあなたの出現を予言されたんで、僕がやって来たんです」


「へぇ……」


「『東の地にて、世界を救う救世主か、もしくは世界を壊す破壊者が現れる。どちらになるかは出会う人次第、だが……』」


 そう言った後、ジルは黙った。なんだ、何か言いたくない事でもあるのか? 全部言えや。


「てめぇ、隠し事が好きだな、おい」


「ごめんなさい……ただ、僕は色んな人達から、最強の魔道士と言われています。そして、王から直々に勅命を受けているんです」


「あぁっ?」


 その後、その王から受けた勅命というのを、そのガキは凄く言い辛そうにしながら言ってきた。


「あなたを……殺せと」


「……ちっ」


 なるほどな……その予言とやらの言えない部分に、世界が酷い事になるとか、そんな事があるんだろうな。それで、わざわざ最強の魔道士と言ってきたのは……。


「ですが……やっぱり僕には、直ぐに殺す判断は出来ない。なので、出来たら僕の住む国まで来てくれませんか?」


 自分からは逃げられないし、逃げようとしたら殺すと、遠回しに言ってやがるな。目つきもそんな感じで、少し威圧してきてやがるな。


「その予言に、よっぽど酷い事があったのか?」


「そう……ですね。ですが、不確定過ぎます」


「それなのに、人を簡単に殺せと命じるんだな、てめぇの国の王様はよぉ!」


 なんだかむしゃくしゃしてきたな。自分勝手過ぎるぞ、王様ょ……。


「……あの人を、悪く言わないで下さい。怖がってるだけなんです。魔王の復活を……」


 あぁ? なんだそりゃ……魔王って……なんかのゲームかっつ~の。流石に魔王とかは分かるけどな。ちょっと待て、とういうことは、この世界ってゲームの中の世界なのか?


 いや、あり得ないな。俺は死んでるんだっての。だけど、そういうゲームとやらの世界に、この世界は似ているのか? やばい、ゲームなんかほとんどやった事ねぇから、分かんねぇぞ。


 とにかくだ、俺は腕を組みながら、前を歩くジルに話しかける。このまま殺されてたまるかっての。


「そんなもんにビビって、無実の人間を殺す方が、よっぽど悪じゃねぇのか? 魔王とかいうやつなんて、ぶっ殺しちまえば良いだろうが」


 んっ……? 俺が喋り終えた瞬間、首の後ろをなにかに掴まれたような……。


「言いたい事は分かります……が、文献によると、魔王は相当の実力者で、小指1本で大陸を消滅させてしまうほどです。だから、誰もが怖がって当然なんです……それなのに、あなたは凄いですね。怪鳥に吊されながらも、ぶっ殺しちまえば良いなんて、良く言えますね」


 分かってんなら助けろや。気付いたら吊されてたんだよ、この野郎!! 連れて行かれるぞ!!


「止めろ、このバカ鳥! 離しやがれ!」


 だけど、当然俺の攻撃なんか効かず、結局ジルに助けて貰ったのは、言うまでもねぇよな。あぁ、自分が情けねぇ。

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