第7話 誘拐者のゲーム

 高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュ、という言葉がある。社会的特権はそれを持たない人々への義務によって釣り合いが持たれるという富裕層への戒めめいた言葉だが、鼻持ちならないエリート主義に過ぎない、というとかくの批判もある。わからなくはない。少なくとも今のこの国で、生まれつき人にかしずかれる何不自由ない暮らしをしようとすれば、その何十倍もの人々が貧しさを生涯の友としなければならないのだから。

 実際、彼女――昭島あきしま香里かおりは、そのような生活以外を知らない。だからあなたはいわゆる富裕層でしょうと指摘されれば、まあそうだろうな、と頷くしかない。

 では、アメリカ大統領でもなければ乗れないような完全防弾・耐爆・耐ガス・アンチクラッキング、各防御システムの塊のような装甲リムジンに自分が乗せられて、学園までのたかだか数キロを毎日通わなければならないのも、何かの義務を果たしている、ということになるのだろうか。

 もちろん、そんな馬鹿なことはないだろう。まだ17歳、高校2年生の香里には学生としての本分以外、何らかの社会的義務があるわけでもない。

 ただし、拒否権もない。

「……まあ、お父様のご心配もわからなくはないの」

 香里は喉元に手を当てて制服のリボンがずれていないかどうか確認した。装甲リムジンも武装ドローンも、屈強なボディガードの軍団も何一つ気に入らないが、だからこそ彼らの前では無様な姿は見せられない。

「でも、だからってこれはないんじゃないの? いったいお父様は何から私を守るつもり? 麻薬王の私設軍? それとも海から上がってくる形容しがたい何か?」

 香里の三白眼を、真横に座った久住くすみ――護衛チームの責任者だ――は柔らかく微笑んで受け流した。

「それだけお嬢様のことを心配なさっているのでしょう。営利誘拐が新たなビジネスモデルになりかねない、などという嫌な風潮が今の未真名市にはありますからね」

 さすがにMD――〈ダビデの盾マゲン・ダヴィッド〉日本支社から直接派遣されたボディガードだけあって、遥かに年下である香里に対してもうやうやしい、それでいて嫌味になりすぎない態度と距離を崩さない。彼の部下たちも非の打ち所がない態度で接してくる。

 少なくとも不愉快な男ではなかった。気に入らないのは一つだけ、「私の」ボディガードという一点のみだ。

 もちろん、これは八つ当たりである。彼らは自分たちの職務を全うしているだけに過ぎないのだから。

「それに、故のないこととも言い切れません。近年の犯罪組織の重武装化は著しい。車両ごと爆薬やロケット砲で吹き飛ばして人をさらっていくような、荒っぽい手口も皆無ではありません」

「……誘拐と攻撃は違うと思うのだけど」

 本当に荒っぽい話ね、と香里は呆れる。それで誘拐する相手が死んでしまったらただのコントではないか。殺される方はコントでは済まないが。

「それにしても大げさすぎるのではなくって? 少し前に未真名市警にも犯罪予測システムが導入されたのでしょう?」

「自暴自棄になった素人の突発的犯行、あるいは腹を据えたプロの犯行は、現状の技術ではまだ予測は困難です。当分は人間の勘に頼るしかない、というのが正直なところなのですよ……残念ながらね」

 筋は通っているが、それにしてもそればかりを四六時中警戒した生活というのもパラノイアックが過ぎるのではないか、と香里には思えてならない。この世には交通事故や過激なダイエットなど、プロの傭兵や狂信的なテロリストよりも遭遇確率の高い死因もあるのだから。

 傍らの通学路を見ると、黄色帽の小学生たちが巡回警備員に誘導されて列を作っている。半年前まであの傍らを自転車で通学していたのだが、それがもう十年ぐらい昔のことに思える。何しろ今ではこの大仰な装甲リムジンに加えて、前後を護衛用の車両にサンドイッチされた大名行列じみた車列でなければ、通学どころか気晴らしの買い物にさえ行けやしないのだ(ちなみに車内からでは小さな点程度にしか見えないが、上空からも機銃装備のスナイパードローンが数機、無機質な目で慮外者の接近を警戒している)。

 どうにもならない苛立ちを抑えるために香里はゆっくりと深呼吸した。久住たちに当たり散らしても何がどうなるわけでもない、それがわからないほど彼女は幼くもなかった。ただ、腹の底に言えないことや言うべきでないことが澱のように、日に日に溜まっていっている気がする。

「お疲れのようですね。到着までお休みになられては?」

「気遣いなら結構よ」無意識のうちに声が尖った。女心へ配慮できる男が常に傍らへ控えているというのも、それはそれで気詰まりだ。

(〈ダビデの盾〉は女性ボディガードも派遣しているが、考えた末に香里は断った。同性だから気が合うとは限らないし、そんな些末な部分で機嫌を取られるなど真っ平だと思ったからだ)

 少しでも気を紛らわせるために、香里は鞄からプリントを取り出して読み始めた。生徒会長である彼女は常に生徒会の雑事に追われている。それに加えて自分の勉学まであるのだから「身体がいくつあっても足りない」状態だった。

 こういう時だけは、このリムジンの乗り心地をありがたいと思う。床下からのエンジンの振動もまるで伝わってこない。当然、冷暖房は完備。まるで水槽の中の魚になったような気分だ。

 不意にリムジンが進路を変え、香里はもう少しでプリントを取り落としそうになった。警備上の都合でルートが不定期に変更されることは珍しくないが、それにしても急な変更だった。

「どうしたの?」

「交通整理による渋滞のようです。予備ルートに切り替えます。ドローン班に通達」

 久住がやや表情を引き締める。「道路工事にしては急だな……交通情報センターは何と?」

「中央区でボヤ発生、社員が避難中。現状死者及び怪我人はないようですが、一部交通規制が敷かれています」

 香里の視線に気づいた久住はやや表情を緩めた。「どうぞご心配なく。朝礼には充分間に合いますよ。ただし、シートベルトは引き続きご着用ください」

 香里は頷いた――自分でもややぎごちない頷き方だと思った。今日に限っては、多少遅刻しようと何事もなければそれでよいという気分にさえなってきた。

 無線に耳を澄ませていた運転手が緊迫した声を上げる。「……高速でもトラック横転事故による渋滞? 久住さん、これでもう3つめですよ」

「偶然にしてもタイミングが良すぎる……いや、悪すぎるか。警戒態勢を青から赤へ。周囲に気を配れ」

 何か妙だ。車内の温度が確実に数度下がった。

 車列は通学路を外れ、竹林の中の道路を走り始めていた。周囲にあるのは民家やまばらな倉庫のみ、街外れの舗装さえいい加減な人気のない道路だ。

「どんどん正規ルートから追いやられています……明らかに環境操作系の妨害サボタージュですよ」

「ドローン班、何か見えるか」

【上空のミサゴ各機、不審人物および不審車両は見当たらず】

「緊急対応チームに出動要請。……杞憂に終わればそれまでの話だ」

 香里の手からプリントが滑り落ちた。すかさず久住が拾う。ごめんなさい、と受け取ろうとして――香里は自分の指先が小刻みに震えていることに気づいた。

「後方2号車より入電、【周辺の電波状況が急速に悪化している。指示を乞う】」

「市内の携帯通信会社数社に爆破予告が出ました! 全社員が避難を開始、業務を停止しています」

「……外部からの不正侵入に対し、ドローンの安全機構が作動しました。市街地での墜落を避けるために一時離脱します」

 一秒ごとに空気が冷えていく。久住が部下たちと交わす言葉の全てを理解したわけではなかったが、幾重にも用意された安全策が周到な悪意を持って一つ一つ潰されていく、その様だけは手に取るようだった。

「市内の混雑がさらに拡大――車両による緊急展開が困難になっています」

「最寄りの警察関連施設、あるいは業務提携中の警備会社敷地へ避難しろ。とにかく停車するな。応援が到着するまでの時間を稼げ!」

 突如、目の前に壁が出現した。

 もちろんそれは比喩だ。傍らの倉庫を突き破って出現した、冗談のように巨大なタイヤを備えたモンスタートラックが、リムジンの前方を走っていた護衛1号車をミニカーか何かのように跳ね飛ばした。金属が裂ける不愉快な音と何かが砕ける甲高い音が交差する。車内からの悲鳴は即座にかき消された。

警戒状況黒コードブラック! 全車、後退しろ!」

 別人のような険しい表情で久住が号令を出す――正しい判断だったが、遅すぎた。

 反射的に振り返った香里は見てしまった――後方の2号車が、道端の倉庫を扉ごと突き破って出現した巨大なロードローラーに押し潰される様を。

 悪夢の中から飛び出してきたような、小山のように大きく戦車のように黒光りするロードローラーだった。それが一瞬で護衛車両にのしかかり――車内でわずかにきらめいた光は小火器のものだろうが、それさえも意に介さず押し潰した。悲鳴が一瞬で止んだ。

「回避しろ!」久住の必死の号令を轟音がかき消した。対戦車地雷にさえ耐えられるはずのリムジンが小舟のように揺れる。何かが割れて砕ける音。耳の奥で金属音が木魂し、自分の口から漏れる悲鳴さえ聞こえない。シートベルトのおかげで座席から投げ出されることはなかったが、それでも胸元と腹部を嫌というほど絞めつけられて息が詰まった。ベルトの位置が悪かったら首が絞まっていたところだ。

 ――数秒間ほど気を失っていたらしい。かすんだ眼をどうにか開く。何かの薬品か、リムジン扉のロックから微かな白煙が立ち昇り、やがて強引にこじ開けられた。仮面をかぶった男が3人ばかり車内を覗き込む。ポロシャツとスラックスという何の変哲もない服装だけに、南国めいた極彩色の仮面が一層異様だ。手には散弾銃かライフルか、とにかく黒光りする銃身がある。悲鳴を堪えるために、香里は力一杯自分の口を押えなければならなかった。

 前方の1号車からも、仮面の男たちがボディガードたちを引きずり出し、拳銃で一人ずつとどめを刺して回っている。

 シートベルトが手際よくナイフで切断され、久住も香里も、他のボディガードたちも路面へ投げ出された。

 立ち上がろうとする久住の腹に銃床がめり込み、うずくまった背にも容赦なく打撃が振り下ろされる。その頭部にも銃口が向けられた。

「やめ……」

 大声で叫んだつもりだったが、まるで舌がぼろ布にでもなったように動かない。仮面の男は難なく香里の手を跳ねのけたが、やがて考え直したように懐から噴霧器を取り出し、彼女の顔面に吹き付けた。

 刺激臭が鼻を突き、全身から力が抜けた。何かを考えるのさえ億劫になるほど、その眠りは心地よかった。


 水底から浮かび上がるように意識がゆっくりと戻ってくる。頬に当たる固く冷たい床の感触に目を覚ました香里は、自分がまだ悪夢の続きを見ているのだと思う。

 目の前には、三脚の上に乗せられたビデオカメラ。そしてあの仮面の男たちだ。

 どこかの建物のようだが、それにしては奇妙なほど明るい。天窓でも全開になっているのか、香里の髪や頬にぱらぱらと霧雨が降りかかってくる。

 反射的に身を起こして身体を探るが、スマートフォンが取り上げられている以外は異常なかった。縛められてもいなければ、着衣の乱れもない。

 立ち上がろうとした瞬間、仮面たちの一人が口を開いた。「

「何……?」

 聞き返そうとして、足元がぐらりと動いた。反射的に足元を見た香里はかすれた悲鳴を上げてその場へ腹這いになった。はしたないと思う余裕さえなかった。

 彼女が今まで寝ていたのは床ではなく、数階分のビルの吹き抜けに吊るされたただの鉄板だった。広さはせいぜい畳一枚分。柱も鉄骨もなく、支えは頭上から鉄板の四方を吊っているロープのみ。

 香里の今いるビルが本来は使われていない、建築途中で放棄された廃ビルであることは一目瞭然だった。ただの「アジト」なのだろう、無人の廃ビルに手を加えているだけにすぎない。要するに、助けなどまるで当てにできない場所、ということだ。

「私が君なら、まあじっとしているね」最初の仮面が再び口を開く。意外に穏やかな声だった。服装も、他の仮面たちがありふれた格好をしているのに対し、彼だけは均整の取れた肢体をオーダーメイドとおぼしきピンストライプのスーツに包んでいる。けばけばしい民族風の仮面だけがミスマッチだ。「安全マットの類は取り外しておいたし、そこから落ちれば数階分の高さを真っ逆さまだ。それにほら……」

 彼は手に持った小型のリモコンを示した。頭上でモーター音が響き、鉄板を吊っているワイヤーの一方がかすかに伸びた。身体がずるずると滑り、香里は必死で鉄板にしがみつく。だが何の手掛かりもない金属板で、どこまで人間一人の体重を支え切れるのだろう――そしてもっと鉄板が傾いたら?

「お……お金のことでしたら、父に連絡してください……!」そう声を上げるのがやっとだった。踏み潰された蛙のような姿勢で自分を拐した男たちに懇願するのは屈辱の極みだったが、ちらりと見えた階下の光景は彼女をすくみ上らせるのに充分すぎた。この高さならまず助からない。「父ならきっと用意できます……!」

 だが仮面のリーダーは腹が立つほど穏やかに首を振ってみせた。「言われなくても要求はした。実際、君のお父様……昭島氏は金に糸目は付けないと約束したよ。現在、こちらの指定した場所に向けて現金輸送車が移動中だ」

「でしたら……!」

 心なしか、仮面のリーダーの声がかすかに低くなった。「……と言うより、どうも取引を失敗させたい者が君の親族にいるようでね」

「え……」

「正直、気に食わないね……私たちはこの街に営利誘拐をビジネスとして根付かせたいだけであって、金を積まれて誰かの喉首を掻っ切る殺し屋とは違うんだ。だが、それがお互いの利益になる、と説き伏せられれば、それを突っぱねるほどの聖人君子でもない」

「……それはどういう」

 その意味を理解した瞬間――目の前が真っ暗になった。腹這いになっているのに身体のバランスを失いかけたほどだ。

「となれば後はの問題のみだ。もちろん君ではなく、私たちの問題だが」

 彼らは、最初から香里を生かして返す気がなかったのだ。

 だが絶望している暇さえもなかった。頭上で再びモーター音が響いた瞬間、彼女は無我夢中で鉄板の端にしがみついていた。ロープが伸び、傾いていた鉄板がさらに傾斜する。ぱらぱらと落ちたタイルの破片が、はるか足元で乾いた音を立てた。

「がんばるね。少し惜しくなってきたよ。エミリー・ディキンソンの詩に曰く――『私は人間の苦痛の表情が好きだ。なぜなら、それは真実の表情だからだ』か」

「卑怯者っ……!」自分にこんな声が、と驚くほどの濁った怒声が勝手に迸った。そう言わずにはいられなかった。「最初から、お父様との約束を何一つ守るつもりがなかったくせに……!」

「良心が痛むよ」まるで意に介さない調子でリーダーは肩をすくめる。「先ほども言った通り、私たちは営利誘拐をビジネスと捉えている。身代金を払えば人質は返す、ただし払わなければ殺す……そういうポーズを形だけでも維持しなければ、世間も警察も態度を硬化させるからね。今回はまあ、あくまでといったところだ」

 恥ずかしくて、情けない。こんな奴らに、一瞬でも命乞いをした自分が心底惨めだった。

 だがその憤りも、今やそれどころではなくなりつつあった。鉄板の傾斜はほとんど垂直に達し、香里は自分の体重を二本の腕のみで支えているという状態だ。多少体力に自信があったところで、ビル数階分の高さからぶら下げられ、しかもいつ来るかわからない――来ないかも知れない助けを待てる者がどれだけいるというのか。

 ぱらぱらと顔に霧雨が降りかかる。涙がこぼれそうだった。私の人生は、こんな廃ビルで、こんな卑劣漢たちの手にかかるためにあったのか。

「――助けてって言わないの?」

 不意に、声が響いた。自分の声でも、あの仮面のリーダーの声でもない。香里と同年代の少女の、静かな声。

 最初は幻聴だと思った。死にたくない一心で自分の心が生み出した声なのかと。

「自分の命が終わるかどうかの瀬戸際なのに、声を上げることもできないの?」

 だが――突っ立っていた仮面たちが、初めて戸惑ったように左右を見回しているのが見えて、これは現実の声なのだと気づいた。

「……でも私は、そのような人のために来た!」

 朗々と少女の声が響く。反射的に見上げた香里はその一瞬、完全に恐怖を忘れた。

 霧雨の降る鉛色の空を背景に、手足を広げた人影がゆっくりと舞い降りてくる。伸びやかな肢体を黒いヘルメットと黒いライダースーツに包み、顔は見えない。その手が、

 あ、と滑らせた香里の腕を、しっかりと掴んだ。

 反対側の手が宙を奔る――そこから射出されたワイヤーが踊り場の支柱に絡み、そのまま振り子のように2人を階下へ降り立たせた。

 うろたえる仮面たちの中でただ一人、あのリーダーだけが納得したように頷く。「来たか。犯罪者を狩る犯罪者ども」

「助けに来ました、昭島香里さん。もう大丈夫よ。遅くなってごめんね」

「あ……」香里は目を瞬いた。自分と大して変わらない細さの腕は力強く、温かかった。自分が助かったという実感がまるで湧かず、呆気に取られた声しか出ない。「あなたは……誰?」

 甲冑めいたヘルメットが展開し、生気に満ちた少女の大きく明るい目が覗いた。彼女は悪戯っぽく目元のみで笑ってみせる。「ただの運送屋よ」

 自分がいわゆる「お姫様抱っこ」をされてきたことに気づき、香里は今さらながら大いに狼狽えた。「お、下ろしてください! 自分で立てます!」

「そんな生まれたての小鹿みたいに足をぷるぷるさせながら言っても、説得力ないわよ」

 改めて香里が真っ赤になった時――予め伏せられていたのだろうか、門柱の影から仮面が一人ぬっと現れた。大型の散弾銃を無造作に少女の背に向ける。

「危ない……!」

 だが少女が振り向くより早く、そのさらに真後ろから走ってきた鋼鉄の塊が仮面を跳ね飛ばした。ごん、という鈍い男が響き、男は人形のように吹っ飛ぶ。香里は思わず身をすくめたが、少女は朗らかに笑った。「ありがと」

【どういたしまして】男でも女でもない柔らかな電子合成音で喋ったのは、夜から抜け出てきたような艶のない黒一色に塗装されたバイクだった。少女と香里の前まで滑るように音もなく走ってくると、ご丁寧にも乗りやすいよう車体を傾けてくれた。

「……喋った?」

【私はヒューマン・リンク・AIの一系統です。現在はこの偵察戦闘用特殊二輪〈スナーク〉の運動管制システムを制御しています】

「そゆこと。さ、お父様がお待ちよ」

 香里ははっと気づいた。「待って。あなた、もしかして……軍事請負会社ミリセクの人なの? お父様から依頼されて、私を助けに来た?」

 少女は片眉を上げてみせた。「なかなかいい線行ってるわね、惜しいところだけど」

「違うの? だったらどうして?」

「人を助けるのに理由がいる?」

 混ぜっ返されて香里が目を白黒させている隙に、少女はバイクにまたがった。仮面たちが銃を構え、リーダーが声を上げる。「待ちたまえ。まだ昭島氏との取引は完了していない。勝手にご令嬢を連れていかれては困るね」

「心行くまで困ったら?」少女は鼻で笑ってみせた。無数の銃口を向けられているとは思えない恐ろしく不遜な笑い方だった。「取引が聞いて呆れるわ。あなたの言うそれは背中から撃つ類の取引でしょう、〈笛吹き男パイドパイパー〉」

「君たちに私のビジネスを理解してくれとは言わんよ、請負人」

「あら、私たちも有名になったもんね」少女は肩をすくめる。「今日は彼女の『配達』がメインだもの、のはまた今度にしてあげる」

「それは……月並みではあるが、君たちがここを出られたらの話だろう」

 ぷっ、と少女はわざとらしく噴いてみせた。「あなたみたいなな男のプライドを傷つけたぐらいで殺されていたら、命がいくつあっても足りやしないわ。……しっかり掴まってて!」

 慣性など物ともせずバイクが急発進し、振り落とされそうになった香里は悲鳴を上げて少女の背にしがみつく。少女は嬉しそうに笑う。「そうそう、その調子!」

 柱の陰からさらに数名、仮面たちが躍り出る。ボディアーマーにSMGという出で立ちの、数段重武装の男たちだ。

 ヘルメットに隠れていても、少女が不敵に笑っているのが肩越しに伝わってきた。「あなたたちも銃に生き、銃に死す者なら――」

 速度を緩めるどころかバイクはさらに加速する。「自分が半殺しにされても文句を言わないことね!」

「言うと思うわ!?」

 思わず突っ込んでしまった香里の声を、立て続けに響く鈍い音が遮った。暴れ馬のように突進するバイクが、仮面たちを跳ね飛ばす音だ。あまりにも冗談のように人体が吹っ飛ぶので、香里は自分がスラップスティックの中に紛れ込んだような気分になってきた。

 天から助けに来た少女、喋るバイクに〈笛吹き男〉を名乗る人さらい。私はいつの間にこんなおかしな世界に迷い込んだのだろう?

 生ゴミと壊れた調度品が散乱するホテルの廊下を、少女はほぼ平地と変わらない速度で疾駆する。香里は声も出ない。

 何か軽い、シャンパンの栓を抜くような音が弾けた。身を預けていた少女の背が緊張する。

 前方から射出された黒い点は緩い放物線を描いてこちらに飛び、一瞬で展開して内部に収容していた幾何学模様を展開させた。

 暴徒鎮圧用のネット弾――!

 少女の逡巡は一瞬だった。「頭を下げて!」

「え、や……!」

 悲鳴すらまともなものにならなかった。少女は車体を大きく傾け、ほとんど肩が床面に触れんばかりの姿勢でバイクを突っ込ませた。

 射出されたネットが少女のヘルメットと香里の髪をかすめ、後方へ飛び去る。

 体勢を立て直す間もなく、仮面がネットガンの台尻で殴りかかってくる。

「近接専用ブレード、用意レディ

展開オープン

 バイクのボディ側面から蟷螂の鎌めいた黒光りする刃が繰り出され、仮面の脚を深々と貫いた。仮面が獣じみた悲鳴を上げて倒れ伏す。

 散発的に発砲してくる仮面たちを(文字通り)蹴散らし、一息に階段を駆け下りる。だが瀟洒な正面玄関には、廃材でバリケードが築かれていた。

衝撃砲ショックカノン、障害物除去モード。用意レディ

 少女が獰猛な笑みを浮かべたのがわかった。「発射ファイア

 反動はほとんどなかったが、威力は絶大だった。積み上げた廃材が一瞬で四散し、バイクどころかワゴンが通れそうな大穴が開く。降りかかる破片をものともせずにバイクは悠々と大穴を通過した。

 バイクが一気に屋外へ躍り出る。

「ここは……」

「自分がどこにいるかわかった? よ」

 ――鉛色の空の下、うち捨てられた無人の邸宅がどこまでも広がっている。瀟洒で閑静な住宅地や、高層ビルが立ち並ぶ中央区とはかけ離れた爆撃されたような廃墟だ。自分が世界の裏側――書き割りに迷い込んだような錯覚を覚えた。誘拐グループが人質を隠すにはもってこいの場所だろう、という納得もする。

「さ、後はあなたを送っていくだけね」

「ありがとうございます……本当に何と言ったらいいのか」

「……前言訂正。お礼を言うのはまだ早いと思うわ」

「えっ?」

 近くの廃屋が内側から爆発したように弾け、あの巨大なロードローラーが突進してきた。

 ――壁が走ってくるようだった。道路の幅ほどもあるローラーが廃材もアスファルトの破片も何もかも巻き込んで砕きながら走ってくるのを見ただけで、香里は危うく気を失いかけた。

「ちょっとするからね。目は回してもいいけど、手は離さないで!」

「え、ひ!」もう悲鳴なんか上げるもんですか、と堅く決意していた香里がやはり悲鳴を上げることになったのは、少女の駆るバイクがまるで平地のように壁を奔り始めたからだ。「重力が変化しているわけじゃないから、手を離したら遠心力で吹っ飛ばされるからね! ……あ、でも手さえ離さなければ割りと平気だから安心して?」

 滅茶苦茶だ。

 悪路を物ともせずに走るバイクに対し、ロードローラーは間にあるもの全てを踏み潰し、粉砕しながら走り続ける。距離を離すどころか、じりじりと間を詰められつつある。

「……呆れた。あれ民間車両どころか、イスラエル製のれっきとした戦闘工兵車じゃない。よく入手できたわね……あ、まずっ!」

 ロードローラーの車体が一部めくれ上がり、蜂の巣状の内部機構が露出した。

 いきなりバイクが走り出し、香里はもう少しで放り出されるところだった。無数の散弾で一瞬前までバイクが走っていた路面が大きくえぐり取られる。

「アクティブ防御システムは人に向けてぶっ放すもんじゃないのに」少女が不満げにこぼす。「このバイクじゃなかったら危ないところだったわ」

「今も充分に危ないところでした!」

「なかなかいいじゃない」少女の笑い声。「よく頑張ったわね。たった今が届くわ」

「……何が届くですって!?」聞き捨てならない単語に香里は叫び返した――が、たった今通り過ぎた崩れかけた建物の屋上に、異様な影が立ち尽くしているのを見た。

 いつの間に現れたのか――人影と呼ぶには巨大すぎるシルエットが出現していた。

 遠目には筋骨たくましい大男に見えないこともなかったが、立方体を幾つも組み合わせたような幾何学状の頭部と、金属とも生体ともつかない滑らかな灰色の体表は明らかに生物のものではない。

 それが両手を上げ、構えていた三銃身のガトリング砲――明らかに戦闘機に搭載するような巨大なサイズだ――の砲口を上げた。

 地上で無数の花火をまとめて水平発射したような火花が生じた。ぶおおおおお、というモーターの駆動音のような轟音が上がり、金色の薬莢が盛大に舞い上がった。

 まるで見えないボクサーの乱打を食らったかのように、ロードローラーの車体が無数の火花に包まれた。安定感のある平べったい車体が大きくバランスを崩し、カーリングの石のように傍らのガソリンスタンドに突っ込んで止まった。

 軽々と降りてきた巨人は無造作にガトリング砲の銃身を機関部に突き入れ、発砲した。今度こそロードローラーは内側から爆発した。

【おつかれ】巨人は少女に向けて手を振ってみせる。【大活躍だったな】

「当然でしょ。私はスーパーガールなんですからね」

【言ってろ。荷物パッケージは大丈夫なのか?】

「平気です」香里はだいぶむっとして巨人の前に立った――全身をバイクにシェイクされすぎ、銃口にさらされすぎ、鉄の塊に身体をかすめられすぎてまだ足元がふらついていたが、それでも立たなければならない時だと思った。荷物呼ばわりされて黙っていられるほど人間できてはいない。

 ふむ、と巨人は妙な声を発した。馬鹿にしたような口調ではない。「なかなかいい面構えだな」

「何よ、年頃の女の子を掴まえてツラって。せめて顔って言いなさいよね」

【そいつは失礼した】

 親しげに言葉を交わし合う二人(一人と一体?)を、香里は言葉もなく見比べるしかなかった。自分が世界の主役と何の根拠もなく思い込んでいたのが、実は単なる端役と耳打ちされたような気分だった。

【聞きしに勝る乱暴さだ】ふいに大破したロードローラーから響いた声に、香里は飛び上がりそうになった。少女が反射的に香里をかばい、巨人はガトリング砲を構えて一歩進み出る。【そちらの彼はな。遠隔操作式の全身擬体か?】

 こわごわと背後から覗き込む香里に、巨人は妙に人間臭い仕草で肩をすくめてみせた。【大丈夫だ。誰も乗っていないよ】

 確かに、装甲の裂け目から見えるコクピットに人影はなかった。ハンドルやペダルと直結した装置が座席に取り付けられている。遠隔操縦装置だろう。

 装置の一部が点滅し、あのリーダーの声を発した。【だがあまり笑ってもいられないな……力技とは言え、私のビジネスプランを市内同時二箇所で物理的に潰すのは偶然の産物ではないだろう。警察もMDもここまで迅速に動けまい。どんな魔法を使ったんだね?】

【天に祈ったのさ】巨人が大真面目に言う。【それと、別に笑っていても構わないんだぜ? その方がからな】

「できるだけ月並みな言葉を避けて言えば――『震えて眠れ』ってこと。あら、月並みになっちゃった」

【小癪な請負人。私の負けだよ……今日はね】

 装置は沈黙した。今度こそ終わったみたいね、と少女は溜め息を吐く。

「待って。あなたたちのこと、何て話したらいいの?」

 巨人がまたも肩をすくめる。【話したいことを話したらいいさ。俺たちは別に困らない】

 不意に――脳裏に何かの光が灯ったような感覚を覚えた。

「……警察が、あなたたちの活動を黙認しているのね?」

「ご想像にお任せするわ」

 口元の薄い笑みが肯定していた――そうだ、と。

「心配してくれてありがとう。でもね、あなたが思っているより私たちはもうちょっと慎重なの。本当に危なくなってもあと二、三手ほど用意してあるから安心して」

「安心してって言われても……」

【ああ、そうだ】目を白黒させている香里の足元に、巨人が数段重ねにしたアタッシュケースをどんと積み上げる。【身代金は取り返しておいたから、君から警察に説明してくれ】

「え、あの」

 香里が二の句を継げないうちに、巨人はバイクに負けない速さで遠ざかっていってしまった。足の裏に何らかの走行装置が仕込まれているらしい。

 香里は唖然と呟く。「……どうすればいいのよ、これ」

 その時になってようやく、PCのサイレンが近づいてきた。


「嫌われていると思っていましたよ」

「誰が誰に?」

「私があなたに、です。だから意外でした」

「別に……あなたで駄目なら、他の誰でも駄目だと思っただけよ。亡くなった人たちのことは……気の毒だったわ」

「……ありがとうございます」

 あの事件の後、久住とは特に親しくなったというわけではない。ただ、会話を交わす時間は増えた――もちろんセキュリティに支障が出ない程度で、ではあるが。

「意外と言えば、私も意外ではあったわ」

「と言いますと?」

「警備の縮小よ。信用に関わる問題だとは思わなかったの?」

 MDの対応は実際素早かった。護衛車両が襲撃され顧客の令嬢が誘拐されたのだから当然ではあるが、香里が救出されたその日のうちに情報漏洩の原因を探り出していた。大まかなスケジュールを知る学園教諭が一人、そして昭島家親族としての立場を利用してMDから情報を引き出していた企業重役が一人。

 だがMDと連携した市警察が踏み込んだ時には、学園教諭は既に自室のドアノブにネクタイを結んで縊死し、企業重役の方は拘留中、看守の注意が逸れた隙に独房の便器に首を突っ込んで溺死するという奇妙な「自殺」を遂げていた(この街の男たちは街角のごろつきから企業CEOに至るまで拳銃で問題にケリをつけるか、さもなければあの世に逃避したがる、というのは物心ついた頃から香里が知っているありがたくない法則だ)。

 昭島家側にも身内から情報漏洩を発生させたという負い目はあったのか、結局MDの過失を問わない、という形で久住の失態は(実に日本式に)うやむやとなった。護衛チームリーダーである彼の責任を問う声もなくはなかったが、香里は今後も彼の抜擢にこだわった。理由は、彼女自身にもよくわからない。

 久住は苦笑してみせる。「顧客がダウンサイジングを望むのであれば、それに対応するのがサービスというものです。それにセキュリティも大事ですが、お嬢様のお心も大事ですよ」

「……ありがとう」

「どういたしまして」


「それじゃ、昭島さん。お先に」

「はい、お疲れ様でした」

「……あの、昭島さん」

「はい?」

「何か悩みがあったら相談してね。できるかぎり聞くから」

「……ありがとう。でも、大丈夫です」

 気づかわしげな同級生に手を振って送り出してから、香里はふーっと息を吐き出した。事件から半月程度では腫れ物を扱うような扱いでも無理はないか、と自分に言い聞かせる。いや、自分だって同級生が同じ目に合ったらどう接していいのかわからなくなるだろう。

 教諭や同級生の気遣いを時に疎ましく思い、疎ましく思う自分を持て余す。これがPTSDやそれに類する症例なのか、香里には判断がつかなかった。

 日常への復帰は容易だった。むしろその容易さに、香里は混乱した。自分の心根を弱いとは思っていなかったが、それほど強いとも思っていなかった。鏡の前で身づくろいする自分が、生まれてから一度も邸宅の外へ出ていない愛玩用の猫か、さもなければ使う当てもない来客用の銀食器のように思えた。なぜかそのような妄想が香里を悩ませた。

 ――無性にあの少女に会いたかった。今となっては、あれが幻覚でないことを証明してくれるのは彼女しかいないのだ。

 傾きかけた夕日の中で腕時計を見る。久住の送迎車が到着するには、まだ少しある。

 どうも今日に限って待合室で久住を待つ気にならなかった。ふと、裏の温室で咲き誇る蘭を観たくなった。園芸部員たちが丹精込めて世話している南国の花々と本格的な温室は、香里の密かなお気に入りの場所の一つだった。

 不思議なことと言えば、あの2人のことだ――怪物じみたバイクを駆る少女と、機械仕掛けの巨人。香里は何もかもを正直に話した(実際、かばい立てする義理もない)はずだったのに、各報道機関には「犯人グループの内紛による自滅」という欠片ほども真実でない発表しかされなかったのだ。

 玄関を通り過ぎ、温室に足を踏み入れて、香里は息を呑んだ。

 あの少女がライダースーツではなく、学園の制服に身を包んで立っていた。

「……来てくれたの? どうしてここに?」

「アフターサービス」少女は肩をすくめた。スカートの裾をつまみ上げる。「似合う?」

「ええ……まあ」さすがによく化けたものね、と面と向かって言えるほど香里も図太くはないが、正直そういう感想だった。

 夕日の中で少女は目を細める。「……綺麗ね」

「――どうせ私ではなく『花が』と言うつもりなんでしょう?」

「両方よ」

 夕方でよかった、と香里はつくづく思った。頬が熱い。「またそういう言い方を……」

「本心よ」

「余計始末に負えないわ」香里は溜め息を吐いた。「……来てくれて、ありがとう」

 少女はやや表情を改めた。「だいぶ参っていたみたいね」

「……正直、ね。あなたが羨ましい……と言ったら、気を悪くする?」あんな風に自分に加えられる悪意を直接殴り返したら、どれほどすっきりするだろう――それはそれでまた別の厄介事を生みそうだが。

 だが、少女は意外にもきっぱりと首を振った。「気を悪くはしないけど、お勧めもしない。私は自分の生き様を恥じたくはないけど、誇りたくもないの」

「感謝はしているわ。でも、あんな……あんな滅茶苦茶をいつまでも続けるつもりなの? 続けられるの?」

 正義の自警活動を快く黙認するほど、日本の司法機関も鷹揚ではないだろう。それに、警察と犯罪者たちの取引自体、薄氷の上を歩くような危うさがあるのだ。事が公になれば、警察はどんな手を使ってでも取引自体のあらゆる証拠を消去するだろう――人も物も。

「そうね。頬っぺたを夕日のごとく染めて恥じらうかも。今のあなたみたいに」

「真面目に聞いて」香里は憤然となった。

 少女は黙って香里を真正面から見つめた。少し、鼓動が速まる。「やめてほしいって思う?」

「……わからないわ」目の前の少女は確かに命の恩人ではあるが、それと違法行為を黙認するかどうかは別だ。「大体、私がやめてと頼んでもあなたは聞かないでしょう」

「まあね。でもあなた以外の人に頼まれても、私がやることはたぶん変わらないと思うの。私にとって大切な――私を大切に思ってくれる人の頼みなら、なおさらね」

「あなた、私と同じ歳でしょう」勝手に声へ怒りがこもった――目の前の少女へ無意味な怒りをぶつけているという自覚はある。「漫画のヒーローでもあるまいし、その身を犠牲にして犯罪者を狩れなんて誰も頼んでない。頼む方がおかしい!」

 少女が弾かれたように顔を上げた。まるで目の前の香里を初めて見るような眼差しだった。

 ようやく、香里はわかりかけていた――わかってしまった。これは警察内部の権力闘争が関わっているのだ。おそらく、近年導入された犯罪予測システムをめぐってのものだろう。犯罪予測AIの推進派と、それを拒み別のシステムを擁立しようとする者たちの。

 

 だが、今の香里には素直に頷くことができなかった。それは本当に「解決」なのだろうか。警察の対応力を遥かに越えた武装集団に「問題」そのものを「消去」させるのは、巡り巡って大きな災いを別の形で呼び覚ますのではないか――?

 ややあって、少女は口元だけで笑った。「ありがとう。あなたの言葉も少し真剣に考えてみるわ。とりあえず、ビジネスとしての営利誘拐がこの街で成り立つ余地なんて粉微塵にしてからね」

 思い切り壁を殴ったような徒労感が襲ってきた。拒絶することも、されたことも、今まで数えるほどしかなかった香里が、生まれて初めて感じるような徒労感だった。

「あなたは……それでいいの?」

「いいも悪いもないわ――それにね」口元に笑みを浮かべたまま、少女は踵を返す。止める間もない速さだった。「人間は一度死ねば、二度は死なないのよ」

「待って……!」思わず口から漏れたが、自分でもなぜ呼び止めようとしたのかわからなかった。言うべき何かがあるとも思えなかった。

 日が陰り、今度こそ香里は温室の中に一人残される。彼女は再び呟く。

「……あなたは、それでいいの……?」


【感想を聞こうか】

【あなたのおっしゃる通り尋常ならざる相手ではあります。一山いくらの傭兵部隊と引き換えにした甲斐はありましたよ――その火力、練度、装備、そして

【初回でそこまで見て取れるのであれば、私から言うことはない。行け。君のとやらを、あの街に根付かせてみせたまえ、〈笛吹き男パイドパイパー〉】

【ご期待に添えるよう、努力いたします。〈犯罪者たちの王プレスビュテル・ヨハネス〉】

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