【七夕特別企画】星に願いを

「さーさーのはさーらさらー、のーきーばーにゆーれる……」

 夏姫の何やら楽しげな鼻歌は、部屋に入る前から聞こえてきた。まず真っ先に部屋の片隅に立てた腰ほどの高さの竹に飾り付けをしている夏姫と、「処置なし」という顔で天井を見上げている崇が見えた。

「おーほしさーまーきーらきらー、きーんぎーんすーなーごー」

「……どうしたんだ、その竹」

「先生にもらったの。校内では使い道がないから、って」

 確かにミッション系の女学院で七夕はやりにくいだろうな、とは思う。それにしても、

「理由はわかったけど、ならどうしてここで飾るんだ?」

「あら、龍一には願い事がないの?」

 微妙に答えがずれている。「短冊も買ってきたから、代わりに書いといてあげる。何て書く?」

「いいよ、別にそんなもの」

「あらそう」だいぶと来たらしく、夏姫が露骨に頬を膨らませる。「じゃこっちで勝手に考えるわね。『かわいいお婿さん』っと」

「やめろ馬鹿娘」

「テシクさんはどう? あなたの国にも七夕みたいな行事はあるの?」

「一応ある。七月七夕チルォルチルソッという名前でな」中央のデスクで我関せずといった調子で電子部品をいじっていたテシクが返事する。「実際に願ったことなんてもう十何年も前だが」

「願い事があるとしたらどんなもの?」

「そうだな……古巣に帰りたい、かな」ぽつりとした返事。「地図にすら点でしか記されないような村が、の後じゃ完全に消えたがな」

 その言葉に龍一は思わず神妙な顔になる。夏姫もしゅんと黙り込んでしまったところで、テシクが言葉を続けた。「俺の代わりに書いてくれるっていうんなら、そう書け。他にあるわけでもない」

「う……うん」幾分か救われた顔の夏姫。「崇さんは?」

「金と女」

「もー、そういうのでなくって何か他にこう……ない?」

「それじゃ悪いのかよ?」崇が口を尖らせる。どちらが子供だかわかったものではない。「そうだな、じゃ、『太く長い人生』って書いとけ」

「崇さんらしいわ……さ、龍一、残るはあなただけよ。ないなんて言わせませんからね」

 短時間で包囲網が形成されてしまい、龍一は憮然となった。「そう言われてもなあ……」

「難しく考えすぎてない? こうなればいいな、っていう考えでいいのよ」

 ふむ、と龍一は腕組みしてしまう。俺の願い事、こうなればいいな、か。

 俺の一番やりたいこと、やるべきことは――今さら自分に問いかけるまでもない。あの人を死に追いやった者を地の果てまで追いかけて殺す。シンプルで変えようがない。 

 とは言え――短冊に書く文句としては「復讐」というのも何だか間抜けだ。書けるもんか。

「そうだな……幸せになりたい、かな」

 しばしの沈黙の後、立ち上がった崇が首を振りながら龍一の肩に手を置き、テシクが黙って電子部品を片づけた後で背後の物入れからチョコバーを取り出して龍一の前に置き、夏姫が龍一の手にそっと自分の手を重ねた。「晩御飯、好きなものを作ってあげるからね。何がいい?」

「皆やめろよそういう気の遣い方!」


「ところで夏姫は何て書いたんだ? 自分のは内緒なんて言わせないぞ」

「ふふ……『私の共犯者が長く幸せに生きられますように』よ」

「それ、俺のことだよな?」

「さあ、どうなのかしら?」

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