第4話 神と銃弾(幕間:そして動き出す影たち、12月30日)
「よ、おかえり。どうだった、南国のバカンスは?」
帰国した龍一へ崇が放った第一声はそれだった。どうもこうも、と龍一は苦笑する。「目が回るかと思った。時差ボケになっている余裕もなかったよ」
「そうだろうな」崇は真顔になる。「こちらもいろいろと動きがあった。来い、ORSの奴らも含めて話を詰める」
尾樫の用意した「偽装サイト」とは、街外れの寂れたビジネスホテルだった。暮れなずむ街を抜け、龍一たちは数台の車で時間を置いてサイトの地下駐車場へと入った。
「女癖の悪さがバレた警察のお偉いさんや、命を脅かされている証人を一時的に匿う施設なんだそうだ」
崇の説明を聞き、龍一は黙って頷いた。確かに必要不可欠な施設なのだろう。しかし、とも同時に思う――年端もいかない少女を長期間に渡って匿うような場所でもないな、と。
駐車場はそのままガレージに続いており、一目でオーバーオールの最中と知れる分解されたSUVと、機械油まみれになって取り組んでいるグェンが目に入った。龍一とさほど歳の変わらない褐色の肌の青年は、龍一たちの(特に夏姫の)方を見て相好を崩した。
「お疲れさん」崇は頷きながら、余念のない整備をされたSUVを見た。「大したもんだ」
「レベルⅢの地雷防護機能です。真下で地雷が炸裂しても爆風を逃す構造になってます。当然、タイヤは全部防弾。空気でなく防護ゴムを使っているので、完全破壊されないかぎり装甲は可能です。ウィンドウは防弾防圧防熱、対レーザーコーティングで目潰し対策も万全です」
「車のことは任せてよさそうだな」
「光栄です」青年は照れ臭そうに笑った。「元々、ボスに雇われたのは好きなだけ車を弄らせてもらえるって約束されたからなんです。俺はタクシーの運転手をやっていたんですがね、本当は軍の車両管理課に入りたかったのに書類審査で落とされてしまって。たまたま乗せたあの人にぽろっと愚痴をこぼしたんですよ。『軍に入っていたらなあ』って。その場で雇われたんですよ、お前をいつか『軍なんかに入らなくて本当に良かった』って思わせてやるからな、って」
尾樫という男がどれほど胡散臭くても、グェンに心から慕われていることは龍一にもよくわかった。
「なるほどな。頼むぜ。もうすぐ会議だそうだ、終わったら上に来てくれとよ」
「はい」にこやかに青年は崇たちを見送った。
次に訪れた部屋はなかなかの見ものだった。おそらくはホテルの従業員控え室として使われていたらしいロッカールーム全体が、銃器保管庫に改造されていたのだ。
「こりゃすごい」崇が感極まったように呟く。「警官に踏み込まれたら言い訳できないな」
室内で銃器のクリーニングをしていたORSのメンバーは迷惑そうな素振りは見せなかったが、笑いもしなかった。尾樫から崇の人となりをある程度聞いているのかも知れない。油断のない目で銃器に装着する光学サイトのチェックを行っていたテシクは、ただ黙って頷いた。
「ご苦労だったな」
「仕事だからな。報酬は確認した。ご当主によろしく伝えてくれ」
「オッケー。装備の方は決まったか、軍事アドバイザー?」
「この際個人の好みは抜きだ。狙撃手以外、HK416とグロックで統一させる」テシクは晩飯の献立を口にする調子で言った。「AKシリーズも悪くはないが、HKが使えるんならHKで決まりだ」
「わかった。手榴弾はどうする?」
「せせこましい市街戦だと役に立たない……と言いたいところだが、役に立つ局面もあるかも知れない。焼夷・発煙含めて各人に持たせる」
「ようし、みんな帰ったな」戸口からいつもの三つ揃いで着飾った尾樫が顔を見せた。皆を鼓舞する必要を感じてか、いつも以上に生気に溢れているように見える。「旅行疲れのところすまんが、上の会議室へ集まってくれ。作戦会議だ」
レクリエーションルームとして使われる予定だったらしい広い部屋には、既に夏姫がタブレット端末を睨みつけながら待機していた。一同が室内に入ると顔を上げ、龍一と目を合わせて「あら」という顔をした。
「おかえりなさい。しばらく見ない間に顔つきが変わったわね」
「そっちこそ、なかなかいい面構えになったな」実際、夏姫はどこか――具体的にはわからないが、何らかの自信に満ちているように見えた。
夏姫は苦笑いする。「何よ、女の子に向かってツラって。せめて顔って言いなさいよ。ま、そっちもだいぶ逞しくなったみたいだけどね」
「知らんのか? お嬢様学校では『男子三日会わざれば刮目して見よ』とは教えてくれないんだな」
「何よそれ。塵も積もれば大和男子とは習ったけど」
「そうかよ。後は野となれ大和撫子じゃないんだな」
「帰国して早々か」相変わらずお前ら仲いいな、と背後でテシクが呆れている。
「じゃれるのは後にしろ」対称的に崇は仏頂面だ。いつもあれだけ人の仲を冷やかす割りに勝手な奴だ、と龍一は訝しむ。
笑いを堪えるような顔で尾樫は中央のテーブルを示す。「こいつを見てくれ。ここが今俺たちのいるサイト、そしてここがゴールの『ホテル・シャーウッド』だ」
卓上に3Dプロジェクターで投影された戦術マップを眺めながら、6時間、と崇が呟いた。「市街地、高速、山間部道路を経て再び市街地か。ドライブならケツが痛くなる程度で済むんだが……」
「……普通のドライブならな。実際にはどんな罠でも仕掛け放題、襲撃地点もそのタイミングもより取り見取りの
「空輸なんて論外だろう。地対空ミサイルでも使われたらひとたまりもない」
「〈のらくらの国〉の闇市場なら入手は容易だ」と崇。「使ってこない方がおかしいくらいだぜ」
「同じ理由で新幹線も駄目だ。民間人は巻き添えにしないだろう、なんて敵の良識には期待できない。となると……」
「必然的に陸路、か」
「そうだ。当然、向こうもそれを予想しているだろうがな」
「対戦車ミサイルのような誘導兵器は高速の目標を狙うのには向いていないから、自動車で走り抜けてしまうのは一つの手だ」さすがにテシクの意見は頼もしかった。「むしろ無誘導のロケット弾による斉射や、地雷・
移動手段は限定され、ルートも移動時間もほぼ割り出されている――全員の表情が堅くなるのも無理はない。
尾樫が努めて明るく声を張り上げる。「使わないに越したことはないんだが、目的地までの数か所に
「助かる」
「それに、火力や防御力の強化には限界があるのは向こうだって同じなんだ。まさか往来に主力戦車を持ち出しはしないだろう。それに対し、こちらには切り札がある。夏姫とセルー、彼女たちがこちらの強みだ」
全員の目が一斉に夏姫に――セルーは別作業があるとかで席を外していた――注がれる。龍一を驚かせたことに、夏姫はその視線に怯むどころか、それに応えてはっきりと頷いてみせたのだ。もともと豪胆な娘ではあったのだが。
いちおう保護対象との面通しもしておくか、と呟きながら尾樫は壁際の電話機を取った。「ご苦労。悪いけどあの子を連れてきてくれるか?」
付き添いの刑事と警官たちに連れられて、
小学生も高学年となると、背のランドセルが冗談のように見えてしまうことはよくある。その年頃の娘としても大柄な方だろう。しかし子供だ、と龍一は(自分のことは棚に上げて)そう思う。まだ子供だ、と。
龍一たちを見るとやや表情を硬くしたが、黙って頭を下げた。短めに切られた、やや茶色がかった髪が微かに揺れた。
灰色のフード付きパーカーにチェックのシャツとジーンズという派手さのない服装だったが、髪や肌の色艶などから見て不健康そうにも、もちろん虐待されているようにも見えない。だが龍一は彼女のしおれた花のような生気のなさがひどく気になった。もっとも、彼女のような立場に置かれたら元気でいられる方がどうかしているとも思ったが。大の男でも音を上げそうだ。
刑事や、その背後の警官たちは複雑な表情をしていた。絶望的なまでに警官には見えない、胡散臭い男女たちに保護対象の少女を託すのは気が進まない――だが同時に、自分たちの力の限界も知ってしまっている、そういう顔つきだ。
「明日の移動で、君の護衛を担当する者たちだ。不自由なことがあれば遠慮なく言ってほしい」
尾樫はあくまでもにこやかに言ったが、彼女はますます脅えるようにキリンのぬいぐるみを固く抱き締めた。
「龍一、部屋まで送っていってやれ」
「俺が?」
彼女を連れてきた刑事や警官たちまでもが目を逸らしている。自分たちの役目は終わった、と言わんばかりだ。尾樫の手前、あからさまな反感は隠しているものの内心では煮えくり返っているのかも知れない。
「他に誰がいるよ?」崇は龍一の肩に顔を寄せて囁いた。「それに小娘転がしはお前の十八番だろう」
とんでもない言いがかりだと目を剥いたが、崇はさっさと顔を背けている。やむを得ず龍一は「行こう」と苑子を促した。すがるような思いで夏姫の方に目をやったところ、確かに私でなくていいの? と前へ踏み出そうとしたものの、大人しく歩き始めた苑子を見て「あらあら」と言って背後に下がった。何があらあらだ。ブルータスお前もか、と龍一は泣きたくなった。
大人しく付いては来たものの、無言は変わらなかった。本気で困った。小学生の女の子なんか、俺にどうしろというんだ。泣き出さないだけでも奇蹟だろう。
「飴、あるけど……食べるかい?」
「いらない」彼女は言った後で、わずかに龍一の表情を伺う目つきになった。「みんな、私に甘いものばかり食べさせようとするけど、甘いものはあんまり好きじゃないの」
「皆、君にどう接していいのかわからないんだよ。俺も含めて」
「そんなことで悩まないでよ。私なんかのために」苑子はぶっきらぼうに言った。「あなたたち、本当は警察の人じゃないんでしょ? あの刑事さんたちが頭下げてた人たち、外国の人も混じってたもの。警察に外国の人が採用されたなんて聞いたこともない」
白々しい嘘などとっくにお見通しというわけだ。「確かに、俺たちは警官なんかじゃない。君を護衛するために雇われてはいるけどね」
「わかってる。私の方で放っておいてもらいたくっても、誰も放っておいてくれない」
そう言われるとぐうの音も出ない。
彼女はまた龍一の顔を見て、少し穏やかな口調で言った。「でも、正直にそう言ってくれてありがとう」
子供なのにしっかりしているな、と龍一は思った。しっかりしているけどまだ子供だ、とも思った。
「明日は長くなる。君を安全な場所に連れていくからね」
「明日が過ぎたらどうなるの?」
「一時的にだけど、外国の報道関係者に会ってもらう。そうすれば君が狙われる心配もなくなる」
「その後は?」
「その後は……」龍一は答えに詰まった。帰ろうにも彼女の家はもうないのだ。
目の前で苑子が肩をすくめた。「わかってる。余計なことを言わず、いい子にしていればいいんでしょ」
しっかりしているどころではない。龍一の方が気を遣われている。
「難しいだろうけど、眠くなくても寝ておいてくれ。おやすみ」
努力はしてみる、と苑子は面白くもなさそうに笑った。「たぶん無駄だと思うけどね。おやすみなさい」
ドアが閉まった後で、龍一はひどく疲れた気分になった。自分まで帰り道がわからなくなったように思えた。
【
【総員戦闘配置。〈ジャバーウォッキー〉の起動を許可する】
――そして、影なる者たちは動き出す。
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