第11話 子供な彼女と遊園地2
『――それが、アカツキさんの回答か?』
表情の読めないツキヨの言葉に僕は頷いた。ツキヨは『そうか』と呟いて、しばらく数学のワークを穴埋めした後に、僕の方に向き直り優しく微笑んでこう言った。
『大人ってやつは楽しくて、――アカツキさんも、他の大人と同じように楽しい日々を送っている。それなら、私なんかにこれ以上楽しい時間を使わせるのも申し訳ないな。だからさ、アカツキさん。家庭教師の契約は残り1週間にしようぜ』
『1週間?』
唐突なツキヨの提案に僕は戸惑った。
とある事情により、僕の雇い主はツキヨの親ではなくツキヨ本人だ。だから、雇い主のツキヨがこの関係を終わりにすると言うのであれば、基本的に僕にはそれを拒否する権限はない。だが、なぜ急にそんなことを言いだしたんだ?
『そう、1週間。ただし、アカツキさんには私が中学を卒業するまでの期間で契約を結んでいたから、その分の見なし給料をこの1週間の間にお渡しするよ。その代わり、この1週間は私と一緒に居てほしい。他のアルバイトや友人との交流を一時的に休んで、勉強以外の時間をすべて私と過ごしてほしい。……ダメか?』
しゅんとした様子のツキヨ。なぜ1週間なのか、最初に聞いたときは分からなかったが、その発言を聞いてなんとなく分かった。1週間というのは、ツキヨが自由にできるお金を使って僕を拘束できる時間をツキヨなりに計算した結果なのだろう。
「別に、僕は構わないよ。なんならお金も無くたって…「そんなこと言わないでくれよ、アカツキさん。私とアカツキさんの関係は、あくまでビジネスなんだろう? なら、それは最後までそのままでいい。そのままが良い。だから、引き受けてくれ、アカツキさん。これはあくまで仕事だ。アカツキさんの家庭教師の仕事だ。幼い私に大人の生き方ってやつを教えてくれよ」
僕の発言を止め、『ビジネス』という単語を強調するツキヨの言葉に、思わないことはないではなかったが、僕は頷いた。
最初にこの関係を仕事としていたのは僕の方だ。今までもこれからも、僕は自分が任された仕事以上のことをするつもりは無い。ツキヨの絶対的な味方になることは無い。ツキヨを人として愛してあげることも無い。だから、これで良い。
「分かったよ。これから1週間、僕はツキヨと一緒に過ごす。それが終わったらお別れだ。良いね?」
「――ああ、構わない」
こうして、僕とツキヨの関係は、普通の家庭教師と生徒の関係から、大人としての生き方を知る関係へと上書きされたのだった。
――そして、今に至る。
今、とはバイキングで死ぬ目を見た僕をベンチに置いて、生き生きとしたツキヨがジェットコースターの方へ走って向かったその時だ。
やれやれ、本当に死ぬかと思った。天辺で船が止まった時はこの世の終わりかと思った。ましてや逆回転するなんて、事前に分かっていたとしてもまったく理解出来ない。二度と乗るか。
よろめく足で何とか立ち上がり、僕は自販機を探すことにした。とりあえず、飲み物が欲しい。陽炎に飲まれそうになる夏の日差しに殺されそうだ。真夏の遊園地はどれだけ死に近いんだ。水で良い、というより水が欲しい、何か無いか。
自販機と言えば日陰、日陰と言えばとにかく日陰。とわけのわからないことを考えながら、日を避けることだけを考えて歩くと、いつの間にか目の前にあった自動ドアが静かに開いた。中から冷気と鈴の音が吐き出される。助かった。砂漠の中で見つけるオアシスってこんな感じなんだろうな、と僕は足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ」と女性店員の静かな声が屋内に響いた。どうやら土産屋のようだ。外にあふれる人からは想像できないほどに中に人影が少ない。商品に目を配るとすぐにその理由が分かった。ここには飲食物がないのだ。あるのは装飾物だけだ。
のどがからからで飲み物が欲しい身としては特に用事が無い場所ではあったが、この涼しさは惜しい。バイキングの待ち時間から考えると、それ以上に人気のあるジェットコースターからツキヨが戻ってくるまでまだ30分以上時間はありそうだし、もう少し涼ませてもらおうか、と僕は商品を眺め始めた。
流石に遊園地ということもあり、アトラクションや遊園地の名前入りのアイテムが多い。名前が入っている商品は、見るたびにこの日の思い出を振り返ることを目的としたものなのだろうか。大抵のものはただの服飾だが、中には機能的なものもある。
(双眼鏡、カメラ、録音機、行列でも使える手軽な遊びグッズ――録音機って珍しいな。遊園地で遊んでる時の声でも拾って遊ぶのかな。値段は1000円、うん、悪くないかも)
そんなことを思いながら、僕はメリーゴーランドの馬、多分ペガサスを模した録音機を手に取った。右の羽と左の羽の根本にそれぞれスイッチが3つあり、対応する右側が録音、左側が再生となっているようだった。録音時間は一つにつき5分。全部で15分、なかなか遊べそうなアイテムだった。
店員にそれを買う旨を伝え、購入することとした。せっかくだからツキヨが帰ってくるまでの時間はこれに言葉を吹き込むことにしよう。そして、録音機だって事実を伝えずにツキヨにプレゼントするのだ。いつか聞かれればよし。間違って録音ボタンを押されて消えてしまってもそれでよし。そうしよう。
あ、どうせなら、ツキヨのためになる話を入れようか。一週間後、僕が居なくなってからツキヨが道に迷ったときに少しでもためになる話だと良いな。なんの話がいいかな。
僕は少し考えてから、家族という存在についての話を入れることにした。
端的には僕という人間がどのように生まれ、どのように生きてきたか、という話だ。ツキヨの生き方にも少しは当てはまることだろう。僕とツキヨの家族構成は半分同じなのだから。
子供な彼女と大人な僕と 汐月夜空 @YozoraShiotsuki
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