第10話 子供な彼女と遊園地1
「……どうしてこうなった」
僕は今、生まれて初めてのバイキングを体験するべく、その身を途切れることのない行列の一部としている。バイキングとは当然食べ放題の方ではなく、船型のブランコのことを指す。ただし、ブランコとは言っても、その大きさはただのブランコではない。5メートル以上の高さに支点を持ち、その周囲を右回り左回りと遠心力を利用して振り回す姿は、もはや人の乗るそれではない。整備側、案内側、乗客側のいずれかに、ほんの少しでも不手際があれば乗客が天高くに射出されることは想像に難くなく、リスクが高いわりにリターンは無いと言ってもいいほどに少ない。まったく、絶叫マシーンという存在は度し難い存在だと僕は思う。
夏休みを迎えた学生や休日を満喫する家族連れで混み合う遊園地の中は、人々からあふれ出る熱気と湿度で満たされ、さながら地獄の様相を呈していた。しかし、ひしめく人々の顔は明るく、歓声と笑顔が溢れている。表情だけでこの場を判断するならば、天国、だろうか。ここを地獄と勘違いするのは、僕と同じように死んだ魚の目をした、彼女同伴の男性諸君くらいだろう。僕の先に居る男なんか足をがくがくと震えさせていて遠目に見ててもかわいそうだ。
「……ってあれ? あいつって」
「おいおいアカツキさん、よそ見はしないで私だけを見てくれよ。私とのデート中にあんな乳だけの女に心奪われないでくれ。貧乳の私に対するあてつけか」
ぐい、と組んだ腕を引っ張られ、僕は横に居たツキヨの顔を見る。眉をハの字にひそめて軽蔑の視線を向ける彼女に僕は慌てて訂正した。
「誤解だよ。僕は男の方を見ていたんだ。どうも友達っぽかったからさ」
「友達? あのアロハシャツの軽薄で幸薄そうなやつが?」
「うん、そう。まあ、軽薄なのは確かだね。でも、友達なんだ。一緒に居た女も見たことあるような……」
ツキヨの発言からも思い当たる人物像が一つあった。ただ、あの二人が繋がっているとはなんとなく思えなかった。似たもの同士であるわりに方向性は真逆。磁石のN極とS極のような二人だ。きっと他人の空似というやつだろう。そもそもこちらからは顔は見えず、女性らしいふくらみを帯びた身体ぐらいしか特徴が分からないのだから、そこで判断するのはツキヨに軽蔑されてしかるべきだ。
「声、かけなくていいのか?」
「うん。お互いに見られたくない姿だろうし」
「それはどういう意味だい? アカツキさん」
「……魅力的な彼女を友達に取られたくない彼氏の気分かな。なんといっても、僕の彼女は別に貧乳でもない、かわいい
「ならよろしい」
僕の適当な物言いが気に入ったのか、途端に上機嫌になるツキヨ。ちょろい。
今日のツキヨは見慣れたセーラー服ではなく、水色と白のチェックのベレー帽に、白の半そでに水色のプリーツスカートを合わせたラフな恰好だ。今日のように日差しがきつい日には少し暑そうな気がするが、艶のある短めな黒髪ストレートで華奢な体格、世間で清楚系と言われるタイプであろうツキヨに非常によく似あっている。
「あ、アカツキさん。次はあれに乗ろうぜ」
と、ツキヨが指を差したのはジェットコースターだった。勘弁してくれ。
「ごめん、ちょっとあれはきつい、かな」
「あれ、アカツキさんって絶叫系は嫌いなのか? んー、分かった。無理させても辛いだろうし、あれは私だけで乗るよ。アカツキさんは先に土産でも見ていてくれ」
「……優しいんだな。無理にでも乗せると思ってたけど」
「は? アカツキさん、私のことを馬鹿にしてるのか? それは私が彼氏のことをモノのように扱うあいつらみたいな人間だと思ってたってことか?」
ツキヨの示した先には、ありえない量の荷物持ちをさせられている彼氏や、死にそうな顔をして彼女について回る彼氏の姿があった。見ていてかわいそうになる。
「いや、そんなことは無いよ。だけど、あの人達だってしたくてそうしたくてしているわけじゃないだろ? 本人からしてみたら気を使っていることの方が多いと思うし。基本的にツキヨの言う彼氏をモノのように扱う人っていうのは無自覚の方が多いかな、って。だから――」
「だから、私がそうしてもおかしくないだろう、って? 馬鹿にするな。私は自分がされて嫌なことは死んでも他の人にしない」
ツキヨは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。ああ、これはいけない。
「……ごめん、怒らせるつもりは無かったんだ。ただ、良い子だな、って思っただけだよ」
僕がそう言うとツキヨは一瞬こちらを振り向いて、「ずるい」と呟いてまたそっぽを向いた。その頬はさっきよりも真っ赤になっている。かわいいな、なんだこの子。
普段見ていない姿を見せられていると不思議な気持ちになってくる。こういうかわいい彼女が出来たらいいな、って素直に思う。
だけど、こうやって純真無垢な様子を見ていると、ツキヨはやっぱりまだまだ子供で、普段の大人びた姿は努力で作っているだけのキャラクターなのかもしれないな、と痛感する。知らず知らずのうちに僕がツキヨに無理をさせていたのかもしれない。
「お、アカツキさん、次だぞ。楽しみだなー。流石にこれは乗ってくれるんだよな」
途端にはしゃぐツキヨの笑顔に年甲斐もなく胸を高鳴らせながら、僕は答える。
「うん、これだけは乗ってあげる」
たまには良いだろう。
こんな素敵な休日を過ごすのだって。幸せな思い出を作るのだって。
JCと過ごせるなんて罪悪感、家庭教師の役得だって思って満喫すればいい。
どうせ。
――あと一週間で、ツキヨとはお別れするのだから。
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