彼女と大人な休日を

第9話 子供な彼女の××× 1

 ――どうして私は、この世界に生まれてきてしまったんだろう。

 そんなことを思わない日は、生まれてからこの方一日だって無かった。

 お金も愛も無い家族という枠組みの中で、私の心が満たされたことは無かった。

 生まれてから一度も、私は私という存在を祝福されなかった。自分でもそんなの嘘だろって言いたくなるけど、すべて本当のことだ。

 母は私を自宅のトイレで生んだ。医者に行くお金もなく、そのことが恥ずかしくて相談する親戚もいなかったそうだ。私が生まれてから、無感情にへその尾をハサミで切り、本を読みながらとりあえずの処置をして、そのまま床についたそうだ。起きたときに私が生きていようが死んでいようがどっちでも良かったらしい。私に対して愛情なんか欠片もわかず、ただただ母に対して無垢に愛情を注がれたがっている姿が醜いと思ったと後から繰り返し聞くことになった。

 父は私が生まれた時も、お金にならない中華料理屋で通常通り働いていたそうだ。父は父なりになんとかお金を稼ごうと必死だったのかもしれないけど、笑ってしまう。その日の売り上げは結局雀の涙にもならなかったそうだ。急に頑張ったって無理だってどうして分からなかったのだろうか。結局父はそのことを心苦しく思い、今でも私にどう接していいかいまだに分からないらしい。そんな昔のこともう覚えてるわけないんだから、気にせず接してほしかったと私は思う。


 そんな歪な家族関係がうまくいくわけもなく、私が中学校に入るころ、私の家族は当然のようにその実態を失い霧消した。

 私は物のように扱われ、父は金銭面で私を所有する資格が無いことから、私の所有権は母に渡った。その事実が決まった日、母から心底迷惑そうな目を向けられたことは、きっと私が死ぬまで忘れることはないだろう。

 私は母のことは嫌いだが、父のことは嫌いではなかった。彼はただ、お金が無かっただけなのだ。お金さえあれば私に無償の愛を注ぐこともきっとできたに違いない。今日も駄目だった、とすごすごと肩を落とした様子で深夜に家に帰ってきては、私の寝顔を見て笑うことを、私は知っていた。父は本当は良い人なのだ。ただ、人よりも商才が無いだけで。それが無償の愛を凌駕するほどに、致命的なだけで。


 父と母が別れてから、私はなおさら分からなくなった。

 自分はなぜ、今ものうのうと生きているのか。

 望まれていない命が、どうしておめおめと今も命を繋いでいるのか、さっぱり分からなくなった。

 どれだけ勉強をして好成績を収めても、どれだけ部活に打ち込み友人に囲まれていても、やっぱり分からないままだった。どうやら、私の心には大きな穴が開いているらしい。私には他の人がするように嬉しい気持ちを維持することがさっぱりできなかった。ほんのわずかに芽生える自尊心も、あっという間にこぼれてどこかに消えていってしまう。

 どうせ私は、要らない子だから。生まれてきてはいけなかった子だから。

 という思いの前には、何もかも無駄になってしまうのだ。

 今となっては父と母が一緒になった理由もわからない。私から見てあの二人ほど相性の悪い二人は居ないのだ。楽をして生きたい母と楽しいことをして生きたい父、一見似ているけれど、それらの価値観がかみ合うことは永遠に訪れない。

 ――楽と楽しいは、まったく違うものなのだから。


 なにはともあれ私はそれから、母に疎まれながら生きてきた。

 それでも、私にとっては、私という害悪を生んでくれた存在だから、出来るだけ迷惑をかけないように生きてきた。

 それはとても苦しい、生き地獄のような日々だった。

 そんな私を救ってくれたのは、父が離婚間際にした約束事だけだった。

 その約束事とは、私が自立するまで父が選んだ家庭教師を私につけること。

 それが私が自覚できる唯一の父の愛であり、それが私という存在が意識的に排除された家の中で、たった一つ自由にできる契約なのだった。

 だから、私は家庭教師の、この時間が好きなのだ。

 私が唯一、家の中で心を安らげられる時間。

 父が選んだ、私の大好きな人と一緒に居られる時間。

 私は今、そのためだけに生きているのだ。


 ――どんなにつらい目にあっていても、そのためだけに生きているのだ。

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