第5話 大人な僕と暗闇な彼 後編

「オレにとってのオトナとはセキニンをハたせるソンザイだな」

「責任を果たせる?」

「そうだ。セキニンをモつことはコドモでもできるが、セキニンをハたすことはオトナにしかできない」

「……少しイメージがしにくいかな。もう少し具体的にお願いできる?」

 ツキヨの質問とアサギリ教授の回答をかみ砕いて伝えると、ヤミナカは「オトナ……オトナねえ……」と何度か口の中で呟いてから回答をくれた。

 大人とは責任を果たせる存在である、と。

「いや、そんなにムズかしいことじゃない。つまるところは、セルフマネジメントがデキるかどうかというハナシだ。タトえばイツまでにナニかをしたい、というモクテキやヨクボウがあったとして、それをジブンのセキニンでハたせるようサイダイゲンのドリョクをするのがオトナだ。コドモはシゴトとしてアタえられたことであればジブンでデキるが、ジブンがしたいことのためにそこまではしない。タイテイはシメキりをノばすか、そもそもキゲンをモウけない。いつかできたらいいなあ、でモノゴトをハジめるケイコウがある。まあ、オトナにもそういうやつはいるが、そういうやつはタイテイオトナらしくミえない。トシだけでオトナぶってるコドモってやつだな」

「……少し耳が痛いかな」

「まあ、タシかにアカツキはまだまだコドモっぽいかもな」

 ヤミナカはそう言って、ははは、とわざとらしく笑った。ヤミナカのこういうところには敵わない。こいつは普段ふざけてるくせに意外に大人なのだ。少なくても僕から見たヤミナカは僕よりずっと大人だ。だから、この発言も否定できない。

 僕とヤミナカの出会いは、大学の講義の試験で一度隣に座ったというだけのあっさりとしたものだ。本来ならば親交が深まるはずもない、人生のニアミスで終わるはずだったが、ヤミナカは良い意味で普通では無かった。その試験時、ヤミナカは答案用紙をじっと眺めてからサラサラとペンを走らせ、開始15分後から机に突っ伏して寝ていたのだ。僕は隣に座りながら、ふざけたやつだ、と呆れながら答案に取り組み、開始30分で終了し、退室可能時刻になったため席を立った。

 すると、僕の立ち上がる音で目が覚めたのか、ヤミナカまで立ち上がり僕と一緒に退室したのだ。他の誰もが苦戦している試験だというにも関わらず、だ。僕は思わず退室後に廊下で尋ねた。

『今回の試験は諦めたの?』

『は? あんなカンタンなシケンをアキラめるわけないだろ』

『簡単?』

『ああ、おマエだってカンタンだったからデてきたんだろう? おマエにデキることならオレにだってデキる。ドウリだろ?』

 いや、いやいやいや。と僕は内心で動揺した。僕が出来たからといってヤミナカが出来るとは限らない。僕はこの試験のために誰よりも勉強を重ねてきた自信があるのだ。それなのに、目の前のヤミナカはそんな僕よりも早く回答を終えて、しかも自信があると言うのだ。納得できるわけがないだろう。

「そんな馬鹿な。少なくても15分で出来るような試験内容じゃなかった――」

「ダイモン4のコタえはBだ」

「は?」

「あれだけマンテンカイヒのためのヒッカケだった。ツウジョウのテジュンでケイサンするとコタえはAになるが、あれはモンダイブンにコタえがカいてあるタイプのヒッカケだ。コタえはB。おマエのカイトウは?」

「……A」

「そりゃおつかれさん。あれをケイサンでダさなきゃいけないんだったら、オレだってアト5フンはカラダをオこしてたぜ。まあ、ジッサイはツクエにツっプしてるアイダにアンザンしたけどよ。あれをトいて30プンならミナオシフクめてジョウデキだろ」

「待ってくれ。納得できない」

「――おタガいツギのコウギもあるわけだし、ここでハナしててもジカンのムダだな。どうしてもオレのことがキニなるっていうならオレのダイガクのコジンメールにでもオクってくれ。オレのナマエはヤミナカだ」

 そう言って立ち去るヤミナカを僕は追えず、後ほど言われた通りに大学メールにメールを送ったことから、僕とヤミナカの交流は始まった。

 ヤミナカが試験で僕以上に早く回答出来た理由は簡単だった。なんてことはない。ヤミナカが僕以上の努力家であったということに他ならない。努力家、というよりは習慣家、と言った方が近い。ヤミナカ曰く、「どうせオボえなければならないのなら、タンキキオクでスませるのはもったいないだろう?」とのことだ。つまり、ヤミナカの勉強は授業で習った日に復習し長期記憶に焼き付けることで完結しており、僕のように試験前に集中して短期記憶に収めるような勉強はしないのだ。

 今にして思えば、ヤミナカのこういう勉強方法もヤミナカの言う「セキニンをハたす」ことなのだろう。世間にはいろいろな言い訳が用意されているが、大学生の責任とはやはり勉強することなのだ。決してアルバイトをして社会勉強をすることでも、サークルで連帯感や責任感を勉強することでもなく、学業に勤しむことなのだ。それが出来ていないのならそれは大学生では無い。

「まあ、ベツにコドモっぽいことをワルくイうつもりはねえよ。それはそれでビトクだ。ユメをユメのままにオえるっていうのはあるシュサイノウだよ。フツウのオトナはユメをゲンジツにオトシコミたくなるもんなんだ。じゃないと、エイエンにタドりツけないフアンカンにオしつぶされちまうからな。それをしないってことは、そいつがラッカンテキなのか、ただナニもカンガえてないだけなのか……ってあまりフォローになってないな。まあ、アカツキはラッカンテキなホウだろ、ってハナシ」

「それは誉め言葉、なのか?」

「まあホめコトバだ。スコしウラヤマしくオモってるぜ」

 残り少なくなったメロンソーダの氷をヤミナカが振り鳴らした。これで、この話はおしまい、という合図だ。いろいろと考えることを与えられた気がする。中でも夢を現実に落とし込みたくなる、というのは印象的だった。責任を果たすこと。つまるところは、子供は夢を見る者であり、大人は夢を叶える者と言い換えてもいいのかもしれない。大人とは夢の叶え方をしっていて、それを実現するために努力出来ることが必要だということだろう。

「おっと、まだ聞いてなかった。ヤミナカ、大人って楽しいか?」

「……やりがい、ってやつがウまれればタノしいかもな。だけど、キホンはつまらないだろ。コドモのコロはジカンとテマさえかければナンでもデキるってバクゼンとオモっていたことが、オトナになればデキないとすぐにワかるっていうこともよくある。ケッコウなゼツボウだぜ、それって」

「……そうだね」

 ボクはヤミナカの言葉に頷いたのだった。

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